上 下
8 / 30

8.駄々っ子には勝てない

しおりを挟む
 可愛い女の子に「放課後、体育館裏に来て」なんて言われたら青春の始まりを予感させるだろう。
 しかし、相手が赤髪ヤンキーとなれば話は別である。勘違いする余地もない。行ってしまったら最後、血祭りにされるに決まっている。

「ちょっと能見くん! 何帰ろうとしてんのっ」
「放せっ! 俺はまだ命が惜しいんだ!」

 メッセージを見なかったことにして帰宅しようとしたが、雛森に気づかれて捕まってしまった。

「さっきスマホ見たよね? メッセージも見たんでしょ。なのになんで帰ろうとしてんのっ」

 雛森は俺を逃がすまいと腕を抱え込んできた。ぎゅっときつくホールドされる。
 そうすると自然に胸が押しつけられるわけで……。腕から伝わってくる未知の感触に動きを止めざるを得ない。

「あのな、ほとんど面識のない古川さんが俺に用があるってなんだよ。教室で言うならともかく、わざわざ体育館裏っておかしいだろ」

 表情は平静を保つ。決してたわわな胸を押しつけられているだなんて気づかれてはならない。気づかれたら最後、男子高校生の俺は問答無用で有罪判決を下されるだろう。
 自分の胸を俺に押しつけていることに気づかない金髪ギャルは「えーと」と呑気に考え込む。無自覚な犯行らしい。

「誰かに聞かれたくない話とか?」
「なおさら怖いわ」
「だ、大事な話だったらどうすんのっ」
「例えば、俺に愛の告白でもするとかか?」
「え」

 我ながらあり得ねえたとえだ。想像すると余計怖くなって乾いた笑いを零してしまう。

「……」
「あれ?」

 だけど雛森は思いのほか真剣な顔をして黙り込んでしまった。ちなみに胸は押しつけられたままだ。腕が動かせなくて困っちゃうなぁ。
 ていうかマジっぽくなるからやめてほしい。あれだけ睨みつけられてそんな勘違いできるほど頭お花畑にはなっていない。

「どどど、どうすんの!? 能見くん、りっちゃんに告られたらどうすんの!」
「とにかく落ち着け」

 なぜに雛森がテンパっているのか。ああ、友達の恋が気になってんのか。
 女子って友達の恋を応援するとか言って首を突っ込みたがるよね。それだけならまだしも、余計なことを言うのはやめてほしかった。中学時代、好きな子に告白する前に「みんなが能見はやめた方がいいって言うから……ごめんね」って断られたのを思い出した。
 俺、まだ何も言ってなかったんだけどなぁ……。あれで中学の時は女子から距離を置かざるを得なかった。
 なんか話逸れたな。俺は目がぐるぐる回っている雛森に向き直った。

「万が一古川さんが俺に告白してきたとしても、俺は絶対断るよ」

 ここはきっぱりと言っておく。告白もしていないのに無駄に振られたくないし。女子のネットワークは怖いのではっきりその気はないと伝えておいた方がいいだろう。同じ轍は二度も踏まないと決めている。

「そっか……そっかぁ……」

 心底安堵したという顔をする雛森。
 俺が友達の彼氏に相応しくないとでも思っていたのだろう。はっきりと言って安心してくれたようだ。ちょっと複雑な気持ちなのはなぜだろうね?
 腕の拘束がふっと緩む。逃げるチャンスだ!
 その隙を逃すことなく一気に腕を引き抜いた。

「ひあぁんっ!」
「!?」

 腕が解放された代わりに、甘い悲鳴が体を震わせた。
 腕を引き抜いて擦れたのだろう。どこがとは言わないが。しかもちょっと手に当たってしまった。どこがとは言わないが!

「ちょっ、逃がさないからねっ!」

 今の事故を気にしているのかいないのか、固まった俺とは違って雛森はすぐに体勢を立て直した。またもや腕をホールドされてしまう。感触再びっ。

「もうりっちゃんは行ってんだから。能見くんも行ってくんなきゃ困るよ」

 教室を見渡せば赤色の頭はなかった。わざわざ待ち構えなくてもいいのに。

「これで行かなかったらりっちゃんすっごく怒るよ。約束破ったら怖いんだからねっ」

 俺は約束した覚えはない。普通なら知らなかったー、で済ませられるはずだ。
 でも、赤髪ヤンキーが怒り狂ったらどうする? 通常時でさえあの睨みつける攻撃だ。怒ったらどうなるか、想像するだけで身震いが止まらない。
 それに、これだけ雛森が行けと言うのだ。ちゃんと話を聞きに行かなきゃいけない気になってきた。
 少なくとも、こいつに悪意はないからな。

「……わかった。行くよ」

 これ以上は不毛なやり取りだ。駄々っ子に根負けする親の気分である。

「ほんとに?」
「本当だ。だから腕放してくれ」
「……信用できない」
「は?」

 雛森はじと目になった。

「だってさっき逃げようとしてたじゃん」
「いやまあ、そうだけどさ」
「ここで逃がしたらりっちゃんに悪いし、あたしが連れて行く」
「へ? お、おいっ」

 ぐいっと、掴まれている腕が引っ張られる。そのまま強制的に歩かされた。
 力はさほど強くない。だけど無理に振り払おうとすればまた変な声を上げさせてしまうかもしれない。密着しているから擦らないように脱出するのは難しい。どこがとは言わないけどな!

「……」

 雛森め、なんて声を出してくれやがったんだ。あの声を思い返すだけで前屈みになってしまう。
 そんなわけで、金髪ギャルが前屈みの男子を引きずっていくという、ちょっとした羞恥プレイじみた状況となってしまったのであった。


  ※ ※ ※


「お前……やっぱぶっ潰す!」
「俺は無実だ!」

 体育館裏まで雛森に引っ張られていったら、待っていた古川さんが目を丸くした。それで終わればよかったのに、彼女は目尻をこれでもかと吊り上げて怒りを露わにした。
 結局怒るのかよ。やはり帰宅を選択していた俺の判断は間違っていなかった。恨むぞ雛森……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園中が俺をいじめで無視しているかと思ったら認識阻害されているだけでした。でも復讐はします

みずがめ
恋愛
学園中のみんなが俺を無視する。クラスメイトも教師も購買のおばちゃんでさえも。 これがいじめ以外の何だと言うんだ。いくら俺が陰キャだからってひどすぎる。 俺は怒りのまま、無視をさせてなるものかと女子にセクハラをした。変態と罵られようとも誰かに反応してほしかったのだ。そう考えるほどに俺の精神は追い詰められていた。 ……だけど、どうも様子がおかしい。 そして俺は自分が認識阻害されている事実に思い至る。そんな状況になれば日々エロい妄想にふけっている年頃の男子がやることといえば決まっているよな? ※イラストはおしつじさんに作っていただきました。

僕が砂夫になった理由

キングリンク
青春
砂川伸夫13歳将来は公務員か医者になる事を目指す華の中学2年生って中2じゃまだ華もないただのガキか。 そんな俺はクラスではのび君と呼ばれて馬鹿にされている。そんな俺はある日転校して来た猛雄と会って仲良くなってくそんな話だ。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

処理中です...