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8.駄々っ子には勝てない
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可愛い女の子に「放課後、体育館裏に来て」なんて言われたら青春の始まりを予感させるだろう。
しかし、相手が赤髪ヤンキーとなれば話は別である。勘違いする余地もない。行ってしまったら最後、血祭りにされるに決まっている。
「ちょっと能見くん! 何帰ろうとしてんのっ」
「放せっ! 俺はまだ命が惜しいんだ!」
メッセージを見なかったことにして帰宅しようとしたが、雛森に気づかれて捕まってしまった。
「さっきスマホ見たよね? メッセージも見たんでしょ。なのになんで帰ろうとしてんのっ」
雛森は俺を逃がすまいと腕を抱え込んできた。ぎゅっときつくホールドされる。
そうすると自然に胸が押しつけられるわけで……。腕から伝わってくる未知の感触に動きを止めざるを得ない。
「あのな、ほとんど面識のない古川さんが俺に用があるってなんだよ。教室で言うならともかく、わざわざ体育館裏っておかしいだろ」
表情は平静を保つ。決してたわわな胸を押しつけられているだなんて気づかれてはならない。気づかれたら最後、男子高校生の俺は問答無用で有罪判決を下されるだろう。
自分の胸を俺に押しつけていることに気づかない金髪ギャルは「えーと」と呑気に考え込む。無自覚な犯行らしい。
「誰かに聞かれたくない話とか?」
「なおさら怖いわ」
「だ、大事な話だったらどうすんのっ」
「例えば、俺に愛の告白でもするとかか?」
「え」
我ながらあり得ねえたとえだ。想像すると余計怖くなって乾いた笑いを零してしまう。
「……」
「あれ?」
だけど雛森は思いのほか真剣な顔をして黙り込んでしまった。ちなみに胸は押しつけられたままだ。腕が動かせなくて困っちゃうなぁ。
ていうかマジっぽくなるからやめてほしい。あれだけ睨みつけられてそんな勘違いできるほど頭お花畑にはなっていない。
「どどど、どうすんの!? 能見くん、りっちゃんに告られたらどうすんの!」
「とにかく落ち着け」
なぜに雛森がテンパっているのか。ああ、友達の恋が気になってんのか。
女子って友達の恋を応援するとか言って首を突っ込みたがるよね。それだけならまだしも、余計なことを言うのはやめてほしかった。中学時代、好きな子に告白する前に「みんなが能見はやめた方がいいって言うから……ごめんね」って断られたのを思い出した。
俺、まだ何も言ってなかったんだけどなぁ……。あれで中学の時は女子から距離を置かざるを得なかった。
なんか話逸れたな。俺は目がぐるぐる回っている雛森に向き直った。
「万が一古川さんが俺に告白してきたとしても、俺は絶対断るよ」
ここはきっぱりと言っておく。告白もしていないのに無駄に振られたくないし。女子のネットワークは怖いのではっきりその気はないと伝えておいた方がいいだろう。同じ轍は二度も踏まないと決めている。
「そっか……そっかぁ……」
心底安堵したという顔をする雛森。
俺が友達の彼氏に相応しくないとでも思っていたのだろう。はっきりと言って安心してくれたようだ。ちょっと複雑な気持ちなのはなぜだろうね?
腕の拘束がふっと緩む。逃げるチャンスだ!
その隙を逃すことなく一気に腕を引き抜いた。
「ひあぁんっ!」
「!?」
腕が解放された代わりに、甘い悲鳴が体を震わせた。
腕を引き抜いて擦れたのだろう。どこがとは言わないが。しかもちょっと手に当たってしまった。どこがとは言わないが!
「ちょっ、逃がさないからねっ!」
今の事故を気にしているのかいないのか、固まった俺とは違って雛森はすぐに体勢を立て直した。またもや腕をホールドされてしまう。感触再びっ。
「もうりっちゃんは行ってんだから。能見くんも行ってくんなきゃ困るよ」
教室を見渡せば赤色の頭はなかった。わざわざ待ち構えなくてもいいのに。
「これで行かなかったらりっちゃんすっごく怒るよ。約束破ったら怖いんだからねっ」
俺は約束した覚えはない。普通なら知らなかったー、で済ませられるはずだ。
でも、赤髪ヤンキーが怒り狂ったらどうする? 通常時でさえあの睨みつける攻撃だ。怒ったらどうなるか、想像するだけで身震いが止まらない。
それに、これだけ雛森が行けと言うのだ。ちゃんと話を聞きに行かなきゃいけない気になってきた。
少なくとも、こいつに悪意はないからな。
「……わかった。行くよ」
これ以上は不毛なやり取りだ。駄々っ子に根負けする親の気分である。
「ほんとに?」
「本当だ。だから腕放してくれ」
「……信用できない」
「は?」
雛森はじと目になった。
「だってさっき逃げようとしてたじゃん」
「いやまあ、そうだけどさ」
「ここで逃がしたらりっちゃんに悪いし、あたしが連れて行く」
「へ? お、おいっ」
ぐいっと、掴まれている腕が引っ張られる。そのまま強制的に歩かされた。
力はさほど強くない。だけど無理に振り払おうとすればまた変な声を上げさせてしまうかもしれない。密着しているから擦らないように脱出するのは難しい。どこがとは言わないけどな!
「……」
雛森め、なんて声を出してくれやがったんだ。あの声を思い返すだけで前屈みになってしまう。
そんなわけで、金髪ギャルが前屈みの男子を引きずっていくという、ちょっとした羞恥プレイじみた状況となってしまったのであった。
※ ※ ※
「お前……やっぱぶっ潰す!」
「俺は無実だ!」
体育館裏まで雛森に引っ張られていったら、待っていた古川さんが目を丸くした。それで終わればよかったのに、彼女は目尻をこれでもかと吊り上げて怒りを露わにした。
結局怒るのかよ。やはり帰宅を選択していた俺の判断は間違っていなかった。恨むぞ雛森……。
しかし、相手が赤髪ヤンキーとなれば話は別である。勘違いする余地もない。行ってしまったら最後、血祭りにされるに決まっている。
「ちょっと能見くん! 何帰ろうとしてんのっ」
「放せっ! 俺はまだ命が惜しいんだ!」
メッセージを見なかったことにして帰宅しようとしたが、雛森に気づかれて捕まってしまった。
「さっきスマホ見たよね? メッセージも見たんでしょ。なのになんで帰ろうとしてんのっ」
雛森は俺を逃がすまいと腕を抱え込んできた。ぎゅっときつくホールドされる。
そうすると自然に胸が押しつけられるわけで……。腕から伝わってくる未知の感触に動きを止めざるを得ない。
「あのな、ほとんど面識のない古川さんが俺に用があるってなんだよ。教室で言うならともかく、わざわざ体育館裏っておかしいだろ」
表情は平静を保つ。決してたわわな胸を押しつけられているだなんて気づかれてはならない。気づかれたら最後、男子高校生の俺は問答無用で有罪判決を下されるだろう。
自分の胸を俺に押しつけていることに気づかない金髪ギャルは「えーと」と呑気に考え込む。無自覚な犯行らしい。
「誰かに聞かれたくない話とか?」
「なおさら怖いわ」
「だ、大事な話だったらどうすんのっ」
「例えば、俺に愛の告白でもするとかか?」
「え」
我ながらあり得ねえたとえだ。想像すると余計怖くなって乾いた笑いを零してしまう。
「……」
「あれ?」
だけど雛森は思いのほか真剣な顔をして黙り込んでしまった。ちなみに胸は押しつけられたままだ。腕が動かせなくて困っちゃうなぁ。
ていうかマジっぽくなるからやめてほしい。あれだけ睨みつけられてそんな勘違いできるほど頭お花畑にはなっていない。
「どどど、どうすんの!? 能見くん、りっちゃんに告られたらどうすんの!」
「とにかく落ち着け」
なぜに雛森がテンパっているのか。ああ、友達の恋が気になってんのか。
女子って友達の恋を応援するとか言って首を突っ込みたがるよね。それだけならまだしも、余計なことを言うのはやめてほしかった。中学時代、好きな子に告白する前に「みんなが能見はやめた方がいいって言うから……ごめんね」って断られたのを思い出した。
俺、まだ何も言ってなかったんだけどなぁ……。あれで中学の時は女子から距離を置かざるを得なかった。
なんか話逸れたな。俺は目がぐるぐる回っている雛森に向き直った。
「万が一古川さんが俺に告白してきたとしても、俺は絶対断るよ」
ここはきっぱりと言っておく。告白もしていないのに無駄に振られたくないし。女子のネットワークは怖いのではっきりその気はないと伝えておいた方がいいだろう。同じ轍は二度も踏まないと決めている。
「そっか……そっかぁ……」
心底安堵したという顔をする雛森。
俺が友達の彼氏に相応しくないとでも思っていたのだろう。はっきりと言って安心してくれたようだ。ちょっと複雑な気持ちなのはなぜだろうね?
腕の拘束がふっと緩む。逃げるチャンスだ!
その隙を逃すことなく一気に腕を引き抜いた。
「ひあぁんっ!」
「!?」
腕が解放された代わりに、甘い悲鳴が体を震わせた。
腕を引き抜いて擦れたのだろう。どこがとは言わないが。しかもちょっと手に当たってしまった。どこがとは言わないが!
「ちょっ、逃がさないからねっ!」
今の事故を気にしているのかいないのか、固まった俺とは違って雛森はすぐに体勢を立て直した。またもや腕をホールドされてしまう。感触再びっ。
「もうりっちゃんは行ってんだから。能見くんも行ってくんなきゃ困るよ」
教室を見渡せば赤色の頭はなかった。わざわざ待ち構えなくてもいいのに。
「これで行かなかったらりっちゃんすっごく怒るよ。約束破ったら怖いんだからねっ」
俺は約束した覚えはない。普通なら知らなかったー、で済ませられるはずだ。
でも、赤髪ヤンキーが怒り狂ったらどうする? 通常時でさえあの睨みつける攻撃だ。怒ったらどうなるか、想像するだけで身震いが止まらない。
それに、これだけ雛森が行けと言うのだ。ちゃんと話を聞きに行かなきゃいけない気になってきた。
少なくとも、こいつに悪意はないからな。
「……わかった。行くよ」
これ以上は不毛なやり取りだ。駄々っ子に根負けする親の気分である。
「ほんとに?」
「本当だ。だから腕放してくれ」
「……信用できない」
「は?」
雛森はじと目になった。
「だってさっき逃げようとしてたじゃん」
「いやまあ、そうだけどさ」
「ここで逃がしたらりっちゃんに悪いし、あたしが連れて行く」
「へ? お、おいっ」
ぐいっと、掴まれている腕が引っ張られる。そのまま強制的に歩かされた。
力はさほど強くない。だけど無理に振り払おうとすればまた変な声を上げさせてしまうかもしれない。密着しているから擦らないように脱出するのは難しい。どこがとは言わないけどな!
「……」
雛森め、なんて声を出してくれやがったんだ。あの声を思い返すだけで前屈みになってしまう。
そんなわけで、金髪ギャルが前屈みの男子を引きずっていくという、ちょっとした羞恥プレイじみた状況となってしまったのであった。
※ ※ ※
「お前……やっぱぶっ潰す!」
「俺は無実だ!」
体育館裏まで雛森に引っ張られていったら、待っていた古川さんが目を丸くした。それで終わればよかったのに、彼女は目尻をこれでもかと吊り上げて怒りを露わにした。
結局怒るのかよ。やはり帰宅を選択していた俺の判断は間違っていなかった。恨むぞ雛森……。
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