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第一部
03 赤子を連れた契約者
しおりを挟むその後、ハイマン家の屋敷に戻ると、クロードはいつも通り食卓について、遅い朝食を山盛り食べている。
サラには、チャリティーイベントにクロードを誘ったことを伝えていたので、大量の料理が用意されていた。準備時間がたっぷりあったおかげで、いつもよりも肉が多めの豪勢な食事だ。ルイスは胸焼けしそうな量を、クロードはあっという間に食べてしまう。
クロードは身長はあるが、大柄というわけではない。いったいどこに食事が消えるのか、幼馴染ながら不思議だ。
紅茶を飲みながら、ルイスは果物を摘まむ。
「そういえばクロード、警察に異動する件、どうなったんだ?」
「上司には嬉々として送られた。俺は夜勤を中心にしているから、毎晩忙しい」
「殺人鬼のために?」
「ああ。だが、奴は異動してから出ていない。暇だから夜間の巡回をしてるんだが……なぜかここでも死神呼ばわりだ」
ルイスは紅茶を噴き出しそうになった。
「え? 待って、警察ってそんなに殺伐としてたっけ?」
「俺が歩くと死体に当たる、とかで。指名手配犯も捕まえてるのに、ひどいと思わないか」
「色々とツッコミどころが満載なんだけど、死体がどうしたって?」
額を押さえ、ルイスは慎重に問う。
「そのまま。他殺体にやたら遭遇する」
「なんというか……運が悪いな」
言葉に迷い、うめくように呟く。クロードは淡々と返す。
「王都の路地裏は、こんなに危険なものなんだな。死体を見つけたから、ついでに周りで聞き込みしてたら、柄の悪い奴に襲われてな。反撃したら、そのうち兄貴って呼ばれるようになって」
「なんで一週間かそこらでそんなことになってるんだ!? 意味が分からない!」
「そいつらが腹を空かしてたから、情報量で金をやったら、ちょっとしたネットワークになった。適当に、ネズミって呼んでる」
「変なところで有能……って、ネズミ呼ばわりは可哀想じゃないか?」
「そうか? 影をこそこそしてそれっぽいだろ」
クロードは首を傾げて、そんなことを返す。
「でも、あいつら、レディ・クロエについては口を閉ざすんだ。きっと裏社会のボスなんだろ」
「そ、そうか……」
何も言えず、ルイスは新聞で顔を隠して誤魔化す。面と向かっていると、目が泳ぎそうだ。
(いや、俺はそいつらのボスじゃないけどな。彼らが気にしてるのは、教会とのつながりだろうなあ)
教会の支援者は、路地裏にこそ多い。彼らはエクソシストへの手助けの見返りを得ているので、表社会に秘密を漏らせないのだ。もし不用意に話せば、支援が打ち切られると知っているのである。
これもエクソシストを守るためだ。持ちつ持たれつの関係なのだ。
「いつもどの辺りを巡回してるんだ?」
「西区を中心にしてるが、旧市街のこともある。旧市街は金融街だから、金持ち目当ての追いはぎがよく出るんだ。お前も銀行に行く時は気を付けろよ」
「へえ、あの辺はそんなに危険だったのか。分かった」
ルイスは新聞を畳み、椅子を立つ。
「それじゃあ、俺は疲れたから、少し寝るよ」
「添い寝しようか?」
「子ども扱いするなよ。眠いなら、客室を使っていい」
あくび混じりに返し、ルイスはきょとりと瞬きをする。
「なんで不機嫌?」
どうしてかクロードがむすっと口を引き結んでいる。ルイスの問いに、クロードは首を振る。
「……別に。俺も屋敷に戻るよ。今日も夜勤だ」
「ああ、今日はパーティーに来てくれてありがとうな」
ルイスが改めて礼を言うと、クロードは無言で右手を振り、そのまま食堂を出て行く。食器を下げに来たサラが、閉まった扉を不憫そうに眺める。
「なんだかクロード様が可哀想になってきました」
「なんで?」
ルイスの問いに、サラは微苦笑を返すだけで答えなかった。
*****
――青いベールをまとう美しき女が、夜にさまよい出る。貧しい者の西の地にて、罪人の魂を求めてさすらう。その腕には赤子を抱え、慈愛の目を注いでいる。
リーベルト神父にもらったカードの裏にはこんな言葉があり、表には聖母の宗教画が描かれていた。
チャリティーイベントで聞いた噂とそのまま同じだ。
「赤子か……。今回は嫌だな。できれば担当したくない」
悪魔との契約者は、母親なのか。どうにも気乗りしない。
「ええ、私も。しかし正体は確かめなくては」
グエンタールも気が重い様子だ。
彼は冷たいが、信心深く、弱者には親切だ。赤子を連れた母親は、彼にとっては助けるべき相手なのだ。――もちろん、ルイスにとっても。
夜も更けると、夕方のうちにとった宿から、それぞれ変装して外出する。今回はいつもの服装の上に、フード付きのマントを着て、外見を分かりにくいように工夫した。クロード対策だ。
「もし、母親が契約者でしたら、どうします?」
「……分からない」
グエンタールの問いに、ルイスは言葉を濁す。
「とりあえず、会ってから考える」
「そうですね。噂が本物なら、命を奪う相手は凶悪な犯罪者ばかりです。死刑が早まったと考えればいい」
「この国は法治国家だ。どんな相手でも、法で裁くのが正義だろう」
「指名手配書に、生死問わずとあっても?」
容赦ない問いに、ルイスは沈黙する。狭い通りの真ん中で立ち止まり、うつむいて地面を見つめた。
「俺が甘くて、中途半端なのは分かってるんだ。これまでも契約者の命を奪ってきたのに、何を今更と言いたいんだろう?」
「そうですね。あなたがもう少し図太くて、利口だったら、悩んだり傷付いたりしなくて済むのでしょう。――ですが、勘違いしないでください。そんな冷酷なあなただったら、私は相棒にはなりません」
意外に思って、グエンタールの顔を見上げる。暗い上、顔の上半分に仮面を付けているので、あいにくと表情は読めない。
「契約者は、悪魔による憐れな被害者に過ぎない。生かしておけば、途方もない数の人間が死ぬ。しかし、人間なんです。常に良心の呵責と戦うことが、我々の責務では? 心が麻痺して、何も思わずに契約者を滅ぼすようになったら、我々は悪魔と変わらない」
「……お前でも、悩むのか?」
常にポーカーフェイスで、心の内を読ませないグエンタールだ。割り切っているのだと思っていた。
「何を当たり前のことを。私も人間ですよ」
「……すまない」
「いいんですよ、よく誤解されますからね。冷血漢だと」
「そこまで言ってないよ。ただ、正義感が強いから、敵だと斬り捨てているのかと」
自分が正しいと信じている時、人はどこまでも冷酷になれる。グエンタールはその類の人間だと思っていた。
「我々の敵は悪魔です、レディ・クロエ。契約者となるのは、誰にでも起こりうること。私も、あなたも。しかし、化け物になっても構わない……それほどの願いとは、どんなものなのでしょうね。正直なところ、彼らのことがうらやましくなることもあります」
「え?」
グエンタールは空を仰いで、深々と息をつく。
「だってそうでしょう? そこまでの熱情を向けられるものを持っているということです。私は周りにたいして興味を持てないので、その気持ちが分からない」
「まだ出会ってないだけだろう。見つけたら、きっと一途だろうな。シャドーは真面目だから」
「ちょっと、本物の隠居みたいなこと言わないでくださいよ。若いうちからそんなだと、老人くさすぎますよ」
照れ隠しなのか、グエンタールは皮肉を返す。ルイスは彼の気持ちが分かっているので、微笑んだ。
「不幸は、嫌でも精神的に成長させる。達観してるのは知ってるよ」
「レディは青い火のようですね。冷たそうなのに、実際は熱い。復讐と兄君への義務感や使命感で、静かに燃えている。引きこもりの隠居伯爵なんてほざいている連中に、見せて差し上げたいと思う時がありますよ。――あなたは、本当は強い方だ」
「……買いかぶり過ぎだよ」
いつか、ルイスは罪悪感に押しつぶされて、消えたくなる日が来るだろう。
「ただ、柔軟ではないから衝撃を受けやすいので、傍で支える方が必要ですね。――クロード様とか」
驚いてグエンタールを凝視すると、彼の口元が、にやりと半月みたいな形をえがいた。
「お好きなんでしょう? どうしていつもつれなくされるんです」
「す、好きだけど……つれなくしているつもりは。幼馴染として振る舞ってる」
「え? もしかして気付いてないんですか?」
「何を?」
あっけにとられた問いに、ルイスは聞き返す。
その時、遠くから男の悲鳴が聞こえた。ルイス達は瞬時に走り出した。
「こちらです!」
先導するグエンタールを追いかけ、ルイスも路地裏を走る。
そして、声の聞こえた辺りに辿り着き、ルイスとグエンタールは立ち止まった。
青いベールをつけた金髪の女が、がたいの良い男の首に噛みついている。男は目を見開き、びくびくと痙攣していたが、女が手を離すとその場に倒れた。下弦の半月の明かりの中、女は血に濡れた唇をぺろりとなめる。それがいやに艶めかしく、ルイスは知らないうちに見とれていた。
しかしその時、近くの木箱の裏から、赤子の泣き声が響いて我に返った。
「ああ、坊や。よしよし、お腹が空いたのね」
こちらに背を向け、授乳を始めた女を、ルイスは呆然と眺める。彼女の横顔に月明かりが差しかかり、額についた青い宝石がキラリと光った。
「お前が、人喰いの聖母……?」
ルイスの問いに、女は頷く。
「ええ、そうですわ。エクソシスト様。罪深き私を、どうかお許しください」
そして、彼女は覚悟を決めた者の目で、ひたりとルイスを見つめ返した。
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