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第一部

 02 チャリティーパーティー

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 王都ガーネシアンでは珍しい秋晴れの空の下、セント・エミリア教会の庭では、にぎやかなパーティーが開かれていた。
 ルイスが主催者となっているチャリティーイベントで、ルイスが所有している値の張る古書の販売会だ。慈善事業に関心のある貴族や富裕層を招いて、売上をそのまま寄付する形式をとっている。
 主催ではあるものの、ルイスが他人を苦手としているので、運営はリーベルト神父にお願いしている。だから招待客も、教会と懇意こんいにしている人が中心だ。
 だが、ルイスは立場上、客へあいさつしなくてはならず、珍しく盛装せいそうして社交場に出ていた。
 お陰で、滅多と人前に出ない若き伯爵を見ようと、興味本位の貴族や富裕層も訪れている。古書を買わなくても、彼らはこういった場で伝手つてを作るので、参加するだけでも得なのだ。

「隠居暮らしとはもったいない。いかがですか、今度、我が家のパーティーにご招待したい」
「お心遣いは嬉しいですが、遠慮いたします。ああいった華やかな場所は苦手でして」

 ルイスは微笑を浮かべつつ、狸腹をした中年男の手から、そっと右手を引き抜いた。某侯爵の親戚筋というこの男に握手を求められたのだが、彼は両手で握手をしたかと思えば、そのまま右手を撫で回してきた。汗で湿った手と仕草が気持ち悪い。

「ルイス」
「クロード、ちょっと遅刻だぞ」

 声をかけられてそちらを向くと、灰色のフロックコートに身を包んだクロードが右手を挙げたところだった。ルイスは男にあいさつして場を離れる。これで一通りあいさつが終わったので、あとはリーベルト神父に任せて退席しても構わない。

「助かったよ、クロード。あのおっさん、ベタベタしてきて不愉快だったんだ」

 食べ物や飲み物を用意した、セルフサービスになっているテーブルの前に移動して、ルイスはクロードに小声で礼を言う。脇に設置されている水盆すいぼんで手を洗い、綿の布巾ふきんでぬぐった。

「悪い。夜勤明けだったんでな、着替えてから来たら遅くなった。大急ぎで来たのに、もう遅かったか」
「え? まだ古書販売は始まってないよ」
「そういう意味じゃない」

 不機嫌に返し、クロードはグラスに赤ワインを注いで、ぐいっとあおる。ルイスは小皿にパンとチーズをよそい、クロードに渡す。

「朝食がまだなんだろ。空きっ腹に酒を入れるのは良くない。これも食べるといい」
「ありがとう」

 クロードも手を洗い、皿を受け取ってチーズを口に放り込む。

「うまい。ハイマン家の料理へのこだわりは最高だな」
「その賛辞は、サラに伝えておくよ。来たばかりで悪いけど、俺の役目は済んだから帰るよ」
「それがいい。戦略的撤退せんりゃくてきてったい
「こういう場は苦手なんだから、しかたないだろ」

 茶化してくるクロードに、ルイスは言い返す。数人と握手しただけで、腕は鳥肌だらけだ。その間にも、クロードは皿の中身をたいらげ、ワインを飲み干して、イベント手伝いの教会の使用人に渡した。

「あら、もう帰ってしまわれるの? ハイマン伯爵」

 客の一人、緑色のドレスに身を包んだ、細い面立ちの子爵夫人が残念そうに言い、友人とともにやって来る。そちらは黄色いドレスを着ていて、ふっくらとしている男爵夫人だ。見た目は対称的だが、どちらも性格は温和だ。もう一人が渋い顔をした。

「残念。ちょうど面白いうわさ話をしていたところだったのよ」
「噂ですか?」

 クロードはずいと身を乗り出し、礼儀として帽子を脱いでお辞儀する。夫人達もあいさつを返す。

「レインズ伯爵もおいでだったのね。教会嫌いなのに、珍しいこと。あなたのお母君がよく嘆いていてよ」
「デイジー、お二人は幼馴染だから当然よ」

 子爵夫人の小言に、クロードは無表情ながらうんざりした空気を漂わせている。

「お二人はお知り合いですか?」

 ルイスの問いに、クロードは答える。

「母上の友人。おかげで、小さい頃から、一緒になって小言ばっかりだ」
「あなたのその失礼で不遜な態度がなければ、そんなことは言いませんよ」

 子爵夫人は澄まし顔で返す。クロードの失言に慣れているのか、皮肉交じりの注意も見事に決まっている。この流れは不利だと悟ったのか、クロードは話を変えた。

「それでその噂とは?」
「やだわ、怖い顔。主催者の悪口なんて言うわけがないでしょう? 最近、西区の貧民街に出るお化けの話よ」
「……怪談?」

 まさかの話題に、ルイスは興味を示す。ルイスの食いつきに気を良くして、子爵夫人は話を続ける。

「ええ。人喰ひとくいの聖母せいぼというのですって」
「人……喰い……」

 字面じづらのおぞましさに、ルイスは声を失くす。クロードが皮肉っぽく返した。

「信心深いわりに、教会の庭でよくこんな話をできますね」
「ここなら教会の加護があるから、安全に話せるわ」

 それっぽい理屈を返され、クロードは黙り込む。お手上げだと言わんばかりに肩をすくめ、手振りで続きを促した。

「なんでも、青いベールを着た女が夜な夜な現われて、許しを請う罪人の血をすするんですって」
「そう。でも、被害者が全員、手配書にるような凶悪な罪人ばかりらしくて。復讐者ではないかって話よ」

 男爵夫人が楽しげに付け足す。
 彼女達には関わりない貧民街の出来事だ。有閑ゆうかん貴族らしく、噂話が好きなのだ。さすがに茶うけにするのは、血なまぐさすぎる話だが。
 そこへリーベルト神父が歩み寄ってきて、やんわりと注意する。

「皆さん、そのような話はここまでにしてください。悪人だろうと、その憐れな死者には冥福をお祈りしましょう。――神のご加護を」

 リーベルトが祈りを捧げると、ルイス達もそろって祈った。

「ありがとうございます。さあ、これから古書の販売を始めますよ。あちらのお席へどうぞ」

 リーベルトに促され、夫人達はルイスに会釈をすると、会場に設けられた椅子席に移動した。

「神父様、先ほどの噂は本当なんですか?」
「いいえ、何かの見間違いでは?」

 彼はそう返したが、ルイスには、目はイエスと言っているように見えた。

「ルイス、帰るぞ」

 急にクロードがルイスの腕を引いて、帰宅を促した。リーベルト神父を嫌っている彼は、ルイスを近づけたがらない。あからさまな態度に、ルイスは眉をひそめる。

「おい、クロード」
「あ、お待ち下さい、ルイス様。落とされましたよ」
「え?」

 足を止め、ルイスは振り返る。その手に、リーベルトは封のされていない封筒を渡した。ルイスは無言で目を丸くする。この手触り、中にはカードが入っているようだ。

「……ありがとうございます、神父」
「いえ。お気を付けてお帰りください」

 そつなく情報をルイスに渡し、リーベルトはお辞儀をして古書の販売会のほうへ行く。ルイスは封筒を上着の内ポケットに仕舞う。

「なんだ? 手紙?」
「いや、神父が招待客に配っている宗教画のカードだよ。俺もいただいたんだ」
「ああ、そういえば入り口でもらったな。お前も好きだよな」

 誤魔化しが成功して、ルイスはにこりと微笑む。

「まあね」
「俺の母も好きで、チャリティーイベントに顔を出しては、そういうカードやらメダイやらを集めてるんだ。教会は客引きも上手いよな」
「失礼だぞ」

 クロードに小言を返し、ルイスはイベント会場を後にした。
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