上 下
10 / 16
第一部

 07 ランチ

しおりを挟む


 それからルイスが落ち着いたので、クロードの案内で、個室のある料理店で昼食をとった。子牛のローストをナイフで切ると、肉汁に混じって血がにじむ。

(もう少し焼いてもらおうかな)

 店員を呼ぼうかと考えていると、クロードが口を開いた。

「そういえば昨晩、あの女殺人鬼に会った。レディ・クロエとかいう」

 ルイスはぎくりとした。大袈裟に反応しないようにしつつ、それより気になることがある。

「どうして急にそんなことを思い出したんだ?」
「ほら、ローストから血が出てるだろ」

 やっぱりだ。それから何を連想したのか考えると気分が悪くなり、ルイスはフォークとナイフを置いた。

「食欲が失せるからやめろよ。デリカシーがない」

 呼び鈴を鳴らし、やってきた店員にもう少し焼くように頼む。そんな話を聞いた後では、とてもじゃないが血のにじむ肉なんて食べられない。店員はクロードの皿も取り上げようとしたが、クロードは断った。ルイスのメインディッシュがいったん下げられると、ルイスはうんざりしながらクロードに問う。

「で、女殺人鬼がどうしたって?」
「昨日、従兄弟に誘われて東区の酒場に行ってな。なんでもそこの酒場の歌姫とやらが、あの駄目警官のお気に入りらしい」
「駄目警官?」
「従兄弟は警官なんだ。コネで入って、いつも空回りして、上司に怒られてる」

 クロードからの評価もそうなのかと、感心すら覚えた。

(頑張れ、カーマイン警部補。その調子で、捜査の足を引っ張ってくれ)

 そのほうが助かるので、ルイスはエールを送った。

「お前が酒場の歌姫に会いに行くなんてな。なんだよ、その後は、よろしくやったって話?」

 想像するだけでムカつく。

「歌は上手いが、あれは酒と暗がりのマジックだな。美人じゃない」
「……まさかそれを本人に言った?」

 恐る恐る問うと、クロードはこくんと頷いた。

「出ていけって言われた」
「当たり前だろ。お前さ、実は俺より社交性が低くないか? 大丈夫か?」
「事実しか言ってないのに、何故怒るんだ」
「優しい嘘ってのがこの世にはあんの! ああ、その駄目警官がかわいそうだ……」
「あいつはチップを多めに払って許してもらっていたぞ」
「……世知辛いなあ」

 歌姫にとっては、カーマインは上客なんだろう。

「で、外に出たら、レディ・クロエとぶつかったんだ。暗くてなんとなくしか見えなかったが、結構美人だったぞ。化粧の濃さで誤魔化している感じの美人」
「お前、もう女を褒めるのはやめておけ」

 でないと、いずれ血を見そうだ。やれやれと思いながら、ルイスはまっとうな助言をした。そこに店員があぶりなおしたローストを運んできたので、食事を再開する。
 再び個室に二人きりになった。

「ルイスのほうが美人だ」

 手が滑って、ナイフがガリッと皿に当たる嫌な音がした。ルイスは冷静を装う。クロードはたいして考えていないはずだ。

「はは、クロードに言われてもなって感じだ」

 クロードは黙っていれば美青年だ。彫刻のような、見目麗しい男。騎兵隊に選ばれるだけはある。
 ルイスは頭を切り替え、ローストを口に運ぶ。前菜やスープもおいしかったが、メインは格別だ。

「ここの料理、おいしいな」
「……そりゃあどうも」

 クロードはむすっと横を見ている。

「なんで急に不機嫌?」
「別に」

 もしかして料理が口に合わなかったのだろうか。あんまり料理に興味がなさそうなわりに、意外に美食家だなあと考えていると、クロードはワインをぐいっと飲み干した。

「で、気になったから、しばらく捜査を手伝うことにした」
「……は?」

 話の飛躍についていけず、ルイスはぽかんとクロードを見る。

「だから、レディ・クロエが気になるから、捜査を手伝うんだ。女王陛下のお膝元を騒がす輩は許せない」
「え? そもそも騎兵隊って、警察とは部署が違うだろ?」
「そうだな。違うが、こちらの権限が上だから、明日にでも上司に頼んでみる。俺がいると風紀がどうのこうのとうるさいから、お払い箱にできてちょうどいいだろ」
「クロードはそんな扱いでいいのかよ!」

 思わず腹が立って、ドンとテーブルを叩く。

「そりゃあ、お前のその失言ぶりはまずいとは思うけど、真面目だし正義感も強いだろ。警備は向いてるじゃないか」
「しばらく大きな行事がないからな、出張に回されるよりマシだ」
「出張……? たまに視察で留守にするのって、まさか」
「煙たがられて、遠方にお遣いに行かされるだけだよ。植民地視察は面倒だから、あんまり行きたくないんだよな。何故か、普通に話していたのに、急に殺し合いになる。おかげで植民地の駐屯地連中から死神って呼ばれてるんだ。奴らのネーミングセンスはユニークだよな」
「適材適所って言葉を知らんのか、騎兵隊ーっ」

 ルイスは頭を抱えた。
 ユニークで片付けるクロードの鉄のメンタルも信じられないが、失言製造機をあんな繊細な政治力がいる場所に送りつける騎兵隊もどうかしている。

(女王陛下の猟犬で、植民地では死神とか……。有能なんだけど、こいつ、本当に問題児なんだよなあ)

 屋敷で有閑貴族ぶりを楽しんでいるほうが平和だろうが、クロード本人は国のために働くのを好むので、誰にも止められない。

「そういう時ってどうするんだ?」
「制圧するよ。あいつらには気の毒だけど、暴発しそうな爆弾を抱えているわけにはいかないからな。たぶん、俺が視察に行く時期と、鬱憤がたまって緊張状態の時期が重なってるんだろう。体のいいガス抜き扱いだ」
「……そういうことにしておく」

 だが、分かっていてクロードを送りつけるなら、そういった側面もあるのかもしれない。今の女王はやり手で有名だ。

「えっと……でも、殺人鬼相手だろ? 気を付けろよ」
「心配してくれるのか?」

 クロードが灰色の目でじっと見つめるので、ルイスは頷いた。

「当たり前だろ」
「そうか」

 クロードは頷いて、今度は機嫌が良さそうに目を細めた。



 夕方、ルイスはハイマン家の屋敷に戻ってきた。
 玄関先でクロードと別れ、屋敷に入る。のみの市ではたいした収穫はなかったが、クロードと出かけるのは楽しかった。

「お帰りなさいませ、ルイス様」

 すぐに玄関に現れたグエンタールが、ルイスの外套や帽子を預かる。

「ただいま、グエンタール、サラ」
「楽しかったようでございますね」

 にこにこしているサラの差し出す水盆で手を洗い、タオルで拭きながら、ルイスは肯定を返す。

「ああ、だが悪い知らせもある」

 ルイスがクロードの話をすると、グエンタールとサラは顔を見合わせて天を仰いだ。

「最悪です。あの酒場にクロード様を連れていったぽんこつ警部に、今度、嫌がらせをしましょう。でないとわりに合わない」
「ルイス様、おつらいのでは?」

 悪態をつくグエンタールに対し、サラはルイスの心配をする。

「とにかく逃げる手段を確保しよう。あいつ、トラブルが絶えないから、護身術はやたら得意なんだ。俺も身体能力は自信あるけど、クロードに怪我はさせたくないし」
「最悪、ここに極まれり――ですね。よりによってルイス様の弱点が、我々の猟犬になるとは」
「お前は例えが上手いなあ、グエンタール」
「笑いごとではございません」
「悪かった」

 グエンタールに叱られ、ルイスは素直に謝った。

「教会にも伝えておきましょう。他のエクソシストの身も危ない」
「そうだな」

 ルイスはグエンタールに連絡を頼み、自室へと歩き出す。
 まったくもって困ったことになった。
 それに、幼馴染なのに、クロードの仕事をよく知らなかった自分に驚いている。

(そういえば仕事の話はあっさりとしかしないもんな。出張に行くとか、しばらく行事が多くて忙しいとか……)

 クロードは十六歳から騎兵隊に勤めているが、ルイスは外で働いたことがない。だから王宮務めはそんなものなのかと思っていたのだ。

(クロードが多忙なら、エクソシストの仕事がやりやすいなんて、ゆったり構えてた自分を殴りたい)

 まさか植民地に出かけて、争いに巻き込まれているとは知らなかった。クロードのことだからあえて言わなかったのだろうか、それとも。

(俺が聞かなかったから、とか? うわあ、言いそう)

 ときどきコミュニケーションのとりかたがずれているので、それもありえる。

(レインズ家の皆はまともなのに、なんでああなったかな)

 不思議だが、レインズ家とハイマン家は家族ぐるみの付き合いで、小さい頃からのことだ。

(クロードに捕まるわけにはいかない。全力で逃げよう)

 いくらクロードの頼みでも、エクソシストを辞める気はない。

(俺は人殺しだけど、お前の幸せを祈ってるよ、クロード)

 ――元気に生きているなら、それで充分。
 その気持ちはやはり変わらないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

処理中です...