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第一部
06 のみの市当日
しおりを挟むついてきたがるクロードに、一緒に来たらのみの市には行かないと突き付けると、渋々引き下がった。
「意味が分からない。どうせ来たって、神父様をにらむだけなのに」
「本当に仲良しさんですわね、ルイス様達」
「うん? 幼馴染だからな」
当然だと頷くと、何故かサラには残念そうな目で見られた。
セント・エミリア教会でリーベルト神父に会い、昨日の報告をする。助けてくれた人には良くしてもらうように話し、契約石の残骸を渡した。
契約石を壊すと魂は消えるが、器になっている石はそのまま残るのだ。だからこそ、契約石を壊すことが魂の救済になるのだ。
聖堂で祈って、昨晩の女と犠牲者の冥福を祈る。そして、兄を連れていった悪魔ノワールの手がかりが入るように、地上神に訴えるのが日課だ。
(悪魔ノワール、奴は上級悪魔らしい。危険すぎて近付ける者がいない)
だが戯れに姿を見せることがあるらしく、たまにだが、目撃情報は入ってくる。
「今日も情報は無し……か」
「いずれ入ってまいりますわ、ルイス様」
サラの気休めの言葉に、ルイスは頷く。
こうして希望を抱いて待ち続けるほかない。あの悪魔は神出鬼没なのだ。
それから屋敷に戻ると、クロードが玄関先で待っていた。イライラと歩き回っている。その傍にはグエンタールも控えていた。
「戻ってきたか、行くぞ。今度は俺との約束だ」
ルイスが馬車を下りると、クロードは大股で近付き、ルイスの手を引っ張った。突然のことに、ルイスは足を踏ん張って止める。
「え? 昼ごはんは?」
「外で食べる」
「ええー」
ルイスにとって外食は苦痛なのだが、クロードは構わず、自分の馬車のほうへとルイスの腕を引っ張る。あいにくとクロードのほうがルイスよりも力が強い。ルイスはやむなくそちらへ向かう。
「おい、待てよ。財布を取ってこないとならないし、グエンタールも連れていかないと」
「安心しろ。財布なら俺が預かっている」
「え!?」
まさかの返事に驚いて、ルイスはグエンタールを振り返る。目が合った彼は一礼した。
「クロード様がお二人でお出かけになりたいと、あんまりしつこ……いえ、どうしてもとおっしゃるので。そちらの鞄には筆記具と小切手も入れておりますので、ご利用ください」
――おい、本音が出てるぞ。
ルイスはグエンタールに心の中でツッコミを入れた。
御者が座席への扉を開ける横で、クロードが不本意そうに言う。
「多少のものくらい、俺が買ってやる」
ルイスはとんでもないと首を大きく横に振った。
「俺の買う古書、小遣いレベルじゃないから駄目だよ」
「……じゃあ、買えるやつは俺が買う」
「なんでちょっとむきになるんだ? いらないよ、俺、ハイマン伯爵なんだぜ?」
「うるさい。買うったら買うっ」
「うわ、ちょっと!」
クロードにぐいぐいと背中を押されるまま、レインズ家の馬車に乗りこむ。戸惑っているうちにルイスは後ろの右側の席に座った。クロードが扉を閉め、御者席のすぐ後ろの壁をコンコンと叩く。
その合図で伝わったのか、馬車が動き始めた。
「そんなに緊張しなくても、ちゃんと個室のある料理店にするよ」
隣に腰掛けて、クロードが言った。考えてくれていたようで、内心ほっとする。
「それならいいんだけど」
「本当は貴族連中に、ルイスが俺の友人だって自慢したいんだけどな」
「……帰る」
「嫌がるからしないって。握手するのも嫌なんだろ?」
クロードはやれやれと息をついた。ルイスは慣れない馬車なので落ち着かない。どこを見ていればいいかも分からず、困って窓から外を見ると、街路樹のイチョウが黄色く色づいていた。地面に木の葉が舞っている。
「二人で出かけるなんて初めてだ。デートみたいだな」
「へ?」
ドキッとして振り返ると、クロードはいつもと変わらない無愛想な顔をしている。
「ユニークな冗談だな」
平静を装いながら、ルイスはそう返す。
(急に、ときめくことを言うのはやめて欲しい)
心臓はバクバクと鳴っている。でも口から出るのは、いつも通り、距離を置いた言葉だ。
「大事な幼馴染に、そう言ってもらえると光栄だ」
「どうしていつも壁を作るんだ」
「なんの話?」
「『大事な幼馴染』って。……もう、うんざりだ」
クロードは眉をひそめていた。うんざり。その冷たい響きに、ルイスの背筋がひやりとする。
(え? 俺、友達ですらいちゃ駄目なのか?)
朝は友だと言ってくれたのに。混乱していると、だんだん気分が悪くなってきた。
「ご、ごめん、ちょっと止めて。吐きそう」
「えっ」
クロードは慌てて御者に声をかけ、ルイスは馬車を降りると、道端に置いてあったベンチに座り込んだ。風が涼しくて、少しだけ気分がマシになった。クロードはルイスの前にかがみこみ、心配そうに覗きこむ。
「おい、大丈夫か? そんなに出かけるのが嫌だなんて思わなかった」
「ごめん……」
「どこかで水を買ってくるか。あ、あそこに屋台が」
駆けて行こうとするクロードのフロックコートを、ルイスはがしっと掴んだ。クロードはつんのめり、けげんそうに姿勢を戻す。
「なんだ? 水は嫌か?」
「そうじゃなくて……」
ぼそぼそと返すと、クロードは隣に座って覗き込む。ルイスは情けなくて涙目になっている。
「そんなに具合が悪いのか?」
「ごめん」
「責めてない」
「そうじゃない。なんか、俺、気に障ることをしたんだろ? だから幼馴染がうんざりなんて言うんだ。俺みたいな根暗と、お前みたいなすごい奴が仲良くしてくれるだけで奇跡なのに。なんかごめんな」
迷惑だったと考えるだけで、胸の奥が痛む。耐えられなくて、涙が頬を伝う。
「俺、もう引きこもって、お前の邪魔なんかしない。置いてっていいから、そっとしといてくれ」
「置いていけるか、馬鹿。違うだろ。俺がお前の家に押しかけて、お前の邪魔をしてるっていうのが正しいだろ。いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて」
クロードは灰色の髪をがしがしとかいて、深い溜息を吐いた。降参だと両手を挙げて、渋い声で白状する。
「……悪かった。俺が子どもだったよ。お前があの神父ばっかり頼りにするから、なんかムカついて」
「神父様とは、小さい頃からの付き合いだ。俺にとっては父親代わりだよ」
「ああ、分かってる。だけど俺はもう騎兵隊で働いてるし、爵位も継いだ」
それが神父とどう関わるのだと、ルイスはきょとりとする。
「うん?」
「大人になったんだ。分かるだろ? もっと寄りかかっていいのに。いつも神父様神父様って」
口をへの字にしているクロードを見ていて、なんとなく思い浮かんだことを口にする。
「やきもちみたいだな」
「そうだよ! 俺はお前の助けになれるんだから、あいつより頼って欲しいんだ!」
勢いよく告げるクロードの顔は、赤く染まっている。ルイスは首を横に振って、静かな微笑みを浮かべた。
「いいんだ、クロード。俺はいつも通りで充分なんだ。俺にとっては、お前が最後の家族だから。元気で生きていてくれるだけでいい」
クロードは眉を寄せ、口を引き結ぶ。
「お前がそんなんだから、俺は……」
「え?」
「なんでもない。飲み物を買ってくるから、ここにいろよ。ハンス、ついていてくれ」
「畏まりました、旦那様」
御者に命じて、クロードは屋台のほうへ駆けていく。
「本当に、旦那様はルイス様が大事なんですねえ。微笑ましいですな」
「幼馴染だし、家族同然だからな」
袖口で涙を拭ってから顔を上げると、何故か御者は苦笑していた。
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