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第一部

 02 ゴシップ

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     *****


 朝食後、長椅子に移動して、ルイスは新聞に目を通す。
 涼しい見た目に反し、甘いものが大好きなクロードはまだ食事を続けていた。たっぷりのジャムとクロテッドクリームを、スコーンにつけて頬張っている。山になっていたスコーンがあと数個になっていた。

「またあの殺人鬼が出たらしいな」

 クロードが思い出したように言った。

「あのって?」
「レディ・クロエとかいう、女殺人鬼だよ。新聞でよく見るだろ?」
「ああ、あれな」

 ルイスは新聞をめくり、記事を選んで、クロードに見せる。

「これだろ?」
「昨日も出たのか、世も末だな。ルイス、お前はほとんど屋敷から出ないから大丈夫だとは思うが、戸締りはしっかりしておけよ。相手は選ばないみたいだが、被害者は男が多いらしい」
「やけに詳しいな。お前ってそんなにゴシップ好きだったっけ?」

 そう問いながら、ルイスは新聞を折りたたみ、ローテーブルに放りだす。

「俺の従兄弟が警官をしてるんだ。あの女殺人鬼を取り逃がしてばかりだとかで、愚痴を聞かされるんだよな。明日は非番だから、今晩も酒に付き合えって……面倒くさい」
「ちょっと聞いてみたい気もするな」
「連れてこようか? それとも連れていく?」
「いや、言っただけ。お前の従兄弟でも、家に入れたくないし、人の多い所は苦手だ」
「そっか。ルイスと酒を飲みに行くのも楽しそうだけど、諦めるとするよ。――よし、じゃあ俺は帰るよ。ごちそうさま」

 ひょいと立ち上がるクロードに、ルイスは呆れの目を向ける。

「本当にいつも、食べるだけ食べて帰るよな、お前。レインズ家の料理人も腕は良いだろ?」
「ルイスと食事するほうがおいしい」
「……そ、そうか」

 さらりと殺し文句を口にされ、ルイスは目を泳がせる。

「それに、こうやって俺が顔を出さないと、すぐに食事を抜くだろ? せめて朝晩くらいは」
「小言はいいから! ……まあ、いつでも来いよ。食事くらいは出してやる」

 その時、クロードがルイスのほうに顔を近付けた。ぎくりと肩を強張らせたが、クロードはすんと鼻を鳴らして首を傾げる。

「たまには風呂くらい入れよ。くさいぞ、お前」

 遠慮のない言葉に、恥ずかしさでカッと頭に血が昇る。

「うるっさい! 一言多いんだよっ、とっとと帰れっ」
「なんで怒るんだ」

 とんちんかんなことを言っている幼馴染に腹を立てながら、ルイスはクロードを屋敷から閉め出した。


     *****


(まったく、クロードの奴。少しは考えて物を言えよな)

 その日の午後、ルイスは朝のことを思い出しては怒りを再燃させながら、セント・エミリア教会へと出向いた。

「おやおや、ルイス様。ご機嫌ななめのようですな。――当ててみましょう、原因は幼馴染ですか?」

 茶化す声に目を向けると、玄関脇の柱の陰に白い長衣ちょういの男が立っていた。
 四十代前半で、背筋が良く、纏う空気は温かい。ちょうど花の手入れをしていたらしく、右手にはさみ、左手にかごを持っていた。
 白い石造りの教会はこぢんまりとしているが、敷地は広い。庭師も雇っているようだが、花壇の世話はこの男がしているのを、ルイスはよく知っていた。
 自然と笑顔になり、帽子を脱いで、男にお辞儀する。

「リーベルト神父様、こんにちは。大当たりです。あいつ、いつまでたっても進歩しないんですよ。今度、神父様からもガツンと言ってくれません?」
「ほっほっほ。構いませんが、余計に嫌われてしまいそうですな」
「あ、そっか。やっぱりいいです」

 ルイスがすぐに頼みを取り下げると、リーベルトは肩をすくめた。
 クロードはリーベルトも敵視しているので、逆効果にしかならない。

「リーベルト神父様、アップルパイがあるんです。お茶にしませんか?」
「ええ、是非。中へどうぞ」

 リーベルトは籠に道具を仕舞うと、玄関扉を開けて促した。



 聖堂を通り抜け、奥の応接室に入る。
 石造りの建物だが、床は板敷きなので、ほんのり温かい雰囲気の部屋だ。
 事件以来、外出を嫌って引きこもるようになったルイスは、毎週水曜日だけは聖堂にやって来る。
 アップルパイの入った籠をリーベルトに渡す。

「おお、ありがとうございます。すぐに切り分けてまいります」
「俺は結構です」
「左様ですか、では私も後程いただきますよ」

 リーベルトは応接室を出て、すぐに紅茶を淹れて戻ってきた。しばし茶を楽しむ。

「今週は平和ですか、神父様」

 しばらくしてから、ルイスは世間話のように問いかけた。
 ここにお茶や談笑だけをしに来ているわけではない。もちろん、リーベルトと語り合う時間も穏やかで好きだが、ルイスにはもっと大事なことがある。

「残念なことに、東のほうが騒がしいようです」
「東区? それとも旧市街地でしょうか」
「旧市街地よりの東区ですね」
「……貧民街?」

 リーベルトは頷いて、茶器をテーブルに置く。懐から手紙を取り出した。

「一度は栄光をつかんだのに、そこから転落する。悲しいことです。――神のご加護を」

 ルイスは手紙を受け取ると、上着にしまいながら立ち上がる。まるで雑談の先への言葉のようだが、ルイスへの祈りだ。会釈をして、ルイスは応接室を出る。

「お茶は楽しかったですか?」

 廊下で待っていたサラのにこやかな問いに、ルイスは頷く。

「ああ、有意義だったよ。……とても」

 手紙に意識を向けながら、ルイスはにやりと不敵に微笑んだ。
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