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本編

2:二回目は、もふもふから始まる

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 ――バシャン!

 水面にぶつかったかと思えば、硬い石にひじをしたたかに打ちつけ、翠はうめいた。

「いってえええ」

 じんとしびれる右腕を押さえながら起き上がる。

「あはは、少年、ころんで噴水に突っ込むなんてかわいそうに」

 差し出された大きな手の平は、ピンク色に黒いごま模様が入った肉球だった。

(き、着ぐるみ?)

 そのまま上を見て、翠は目を丸くする。
 大きな金色の目が、にかりと笑った。灰色に黒の模様が入ったサバトラの猫がそこにいた。二足歩行で青い服を着て、言葉を話す猫である。

「……猫?」

 翠はぽかーんと口を開け、猫を凝視する。

「にゃんだ? もしかして、ヌコ族を見たのは初めてなのかい?」
「ヌコ? ネコじゃなくて?」
「そうだぞ。もしかして頭でもぶつけたのかい? フーリー王国には獣人なんてたくさんいるだろうに」
「え……?」

 ここに至って、翠は仰天した。
 昼間の往来まっただ中、大きな広場の噴水に、翠は尻餅をついていた。
 きっとあの神殿みたいな場所に出るのだと思ったから、予想外の状況だ。
 それでも、いつかのあの夢みたいに、言葉は通じている。

「もしかして」

 急いで水面を見下ろし、翠は恐る恐る髪に手を当てる。
 やはりそうだ。いつかの夢みたいに、銀髪碧眼に変化している。顔立ちは平凡なままなので、失敗したゲームのキャラメイク画面みたいに、違和感がひどい。
 翠は再び周りを見回す。

「空だ! ねえ、あれって偽物じゃないよね?」

 レンレシア神聖国はほとんど半分が水底にあり、結界におおわれているせいで、空は遠くてよく見えなかった。翠の逃亡を恐れてか、翠が見ることができたのは、天井に魔法で投影された蜃気楼の空ばかりだった。

「大丈夫かにゃあ。頭をぶつけたんだねえ。おいで、お兄さんがコフィでもごちそうしてあげるよ」
「こふぃ?」

 よく分からなかったが、翠の質問は、猫男の同情を誘ったようだった。
 猫男に手招きされるまま、翠は荷物を抱え、ふらふらとついていった。



 猫男――エドア=エリは広場の近所にあるコフィ店の店長らしい。
 奥さんのシュシュ=エリは白い長毛の猫人で、青と緑の目が綺麗だ。
 獣人なんて初めて見た翠でも、シュシュが美猫だと判別がつく。

 獣人には初めて会った。どうやらエドアが名前で、エリが家名のようなものらしい。厳密にはヌコという種族の、エリ族のエドアという意味らしい。だが、「人間風に言えば家名だから、それでいいよ。どうせヌコ族同士でないと分からないことだし」とエドアは言っていた。
 シュシュはおっとり優しそうな雰囲気でいて、とても世話焼きだ。

「あらあら、人間ってすぐに風邪を引くのに、どうしてびしょ濡れなの? 休んでいきなさい」

 と、すぐに店の奥の自宅に翠を連れていき、タオルと服を手渡して着替えるように言った。
 翠は荷物を漁って下着を替えたものの、せっかくなので、藍染のシャツに着替えた。白い糸の刺繍が綺麗で、どこか砂漠の民を思い出させるワンピースだ。
 翠は丁寧にお礼を言う。

「タオルや着替えまで貸してくれて、ありがとうございます」

 シュシュはこてんと首を傾げる。

「あら、エドアのシャツだと、人間には大きすぎたわね。あなた、転んで噴水に突っこんだ挙句、頭をぶつけたんですって? お名前は分かるの?」
「スイです」
「家の名前は?」
「はせく……」

 支倉と答えようとして、言っていいのかと悩む。名前の雰囲気が西洋っぽいから、和名はここでは浮くような気がした。

「スイ・ハセク? おいくつ?」
「二十三歳です」

 翠の答えに、猫人の夫婦は毛を逆立てて驚いた。

「二十三!?」
「たった二歳下なのかにゃ! 十五歳くらいかと……」

 シュシュは固まり、エドアは失礼なことを言う。

(この猫は二十五歳なのか)

 翠にも猫人の年齢など分からないから、お互い様だと思うことにした。

「あの、すみません。子どもだと思ったから親切にしてくれたんですね……」
「いやいや、大人でも助けたよ。放っておいたら、きっと君は困ったことになるだろうと思ってね」
「え……?」

 ドキリとした。
 慎重にうかがう翠に、エドアは声をひそめて返す。

「ボク、実は君が水の中から現れるのを見たんだにゃん。優れた魔法士は、自然物を媒介にして移動することがあると聞いたよ。この国は最近、魔法士狩りをしているから」
「魔法士狩り……?」
「とりあえず、コフィでも飲むにゃん。甘いものを食べれば、元気が出るにゃん」

 彼らが善意で言っているのは間違いない。翠はそれでも警戒しながら、どうしても気になることがあった。

「ところで、コフィってなんですか?」

 翠の質問を聞いて、猫人達は再び毛を逆立たせて驚きを見せた。
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