2 / 6
本編
2:二回目は、もふもふから始まる
しおりを挟む――バシャン!
水面にぶつかったかと思えば、硬い石にひじをしたたかに打ちつけ、翠はうめいた。
「いってえええ」
じんとしびれる右腕を押さえながら起き上がる。
「あはは、少年、ころんで噴水に突っ込むなんてかわいそうに」
差し出された大きな手の平は、ピンク色に黒いごま模様が入った肉球だった。
(き、着ぐるみ?)
そのまま上を見て、翠は目を丸くする。
大きな金色の目が、にかりと笑った。灰色に黒の模様が入ったサバトラの猫がそこにいた。二足歩行で青い服を着て、言葉を話す猫である。
「……猫?」
翠はぽかーんと口を開け、猫を凝視する。
「にゃんだ? もしかして、ヌコ族を見たのは初めてなのかい?」
「ヌコ? ネコじゃなくて?」
「そうだぞ。もしかして頭でもぶつけたのかい? フーリー王国には獣人なんてたくさんいるだろうに」
「え……?」
ここに至って、翠は仰天した。
昼間の往来まっただ中、大きな広場の噴水に、翠は尻餅をついていた。
きっとあの神殿みたいな場所に出るのだと思ったから、予想外の状況だ。
それでも、いつかのあの夢みたいに、言葉は通じている。
「もしかして」
急いで水面を見下ろし、翠は恐る恐る髪に手を当てる。
やはりそうだ。いつかの夢みたいに、銀髪碧眼に変化している。顔立ちは平凡なままなので、失敗したゲームのキャラメイク画面みたいに、違和感がひどい。
翠は再び周りを見回す。
「空だ! ねえ、あれって偽物じゃないよね?」
レンレシア神聖国はほとんど半分が水底にあり、結界におおわれているせいで、空は遠くてよく見えなかった。翠の逃亡を恐れてか、翠が見ることができたのは、天井に魔法で投影された蜃気楼の空ばかりだった。
「大丈夫かにゃあ。頭をぶつけたんだねえ。おいで、お兄さんがコフィでもごちそうしてあげるよ」
「こふぃ?」
よく分からなかったが、翠の質問は、猫男の同情を誘ったようだった。
猫男に手招きされるまま、翠は荷物を抱え、ふらふらとついていった。
猫男――エドア=エリは広場の近所にあるコフィ店の店長らしい。
奥さんのシュシュ=エリは白い長毛の猫人で、青と緑の目が綺麗だ。
獣人なんて初めて見た翠でも、シュシュが美猫だと判別がつく。
獣人には初めて会った。どうやらエドアが名前で、エリが家名のようなものらしい。厳密にはヌコという種族の、エリ族のエドアという意味らしい。だが、「人間風に言えば家名だから、それでいいよ。どうせヌコ族同士でないと分からないことだし」とエドアは言っていた。
シュシュはおっとり優しそうな雰囲気でいて、とても世話焼きだ。
「あらあら、人間ってすぐに風邪を引くのに、どうしてびしょ濡れなの? 休んでいきなさい」
と、すぐに店の奥の自宅に翠を連れていき、タオルと服を手渡して着替えるように言った。
翠は荷物を漁って下着を替えたものの、せっかくなので、藍染のシャツに着替えた。白い糸の刺繍が綺麗で、どこか砂漠の民を思い出させるワンピースだ。
翠は丁寧にお礼を言う。
「タオルや着替えまで貸してくれて、ありがとうございます」
シュシュはこてんと首を傾げる。
「あら、エドアのシャツだと、人間には大きすぎたわね。あなた、転んで噴水に突っこんだ挙句、頭をぶつけたんですって? お名前は分かるの?」
「スイです」
「家の名前は?」
「はせく……」
支倉と答えようとして、言っていいのかと悩む。名前の雰囲気が西洋っぽいから、和名はここでは浮くような気がした。
「スイ・ハセク? おいくつ?」
「二十三歳です」
翠の答えに、猫人の夫婦は毛を逆立てて驚いた。
「二十三!?」
「たった二歳下なのかにゃ! 十五歳くらいかと……」
シュシュは固まり、エドアは失礼なことを言う。
(この猫は二十五歳なのか)
翠にも猫人の年齢など分からないから、お互い様だと思うことにした。
「あの、すみません。子どもだと思ったから親切にしてくれたんですね……」
「いやいや、大人でも助けたよ。放っておいたら、きっと君は困ったことになるだろうと思ってね」
「え……?」
ドキリとした。
慎重にうかがう翠に、エドアは声をひそめて返す。
「ボク、実は君が水の中から現れるのを見たんだにゃん。優れた魔法士は、自然物を媒介にして移動することがあると聞いたよ。この国は最近、魔法士狩りをしているから」
「魔法士狩り……?」
「とりあえず、コフィでも飲むにゃん。甘いものを食べれば、元気が出るにゃん」
彼らが善意で言っているのは間違いない。翠はそれでも警戒しながら、どうしても気になることがあった。
「ところで、コフィってなんですか?」
翠の質問を聞いて、猫人達は再び毛を逆立たせて驚きを見せた。
71
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
俺は異世界召喚された『セイジョ』として。
田子タコ
BL
性別種族全く関係なく結婚できて、子供も授かれる。
そんな世界には、300年ごと大災厄が訪れる。
その大災厄を防ぐ為、勇者の中から選ばれた勇者、勇聖者と聖女は、この世界に点在する聖地を巡る旅をする。
その聖女が何故、俺だ?!
名前負けとしか言いようのない、一欠片の幸でなんとか生きてきた、立花幸多、31歳、性別男!
そんな俺が、『セイジョ』として異世界召喚されたった。
『セイジョ』なのは、自動翻訳が聖女と漢字表記してくれないからであってな。
しかも、お前も『ユウセイシャ』じゃないか!!
魔法チートあれども、制御不能で使用してはいけないと言われ凹むが、連れが最強チートだからまぁいっか。
料理も開拓もなーんにもしないのに、聖地を巡りながら、なぜか各地でキューピッド。
知らない内にもキューピッド。
俺らが通った後は結婚ラッシュ、ベビーラッシュ、仲直りと笑顔が源泉掛け流し状態。
この聖女、人をくっつけるキューピッド機能付き。
各地でキュピリながら、のんびり高速移動の旅。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
タイトル※付きは、R描写ありますが、軽く薄く色々と足りないです。
じっくり書くのが嫌でして、足りないときは脳内付与施して頂けると良いかと思われます。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
死に戻り悪役令息が老騎士に求婚したら
深凪雪花
BL
身に覚えのない理由で王太子から婚約破棄された挙げ句、地方に飛ばされたと思ったらその二年後、代理領主の悪事の責任を押し付けられて処刑された、公爵令息ジュード。死の間際に思った『人生をやり直したい』という願いが天に通じたのか、気付いたら十年前に死に戻りしていた。
今度はもう処刑ルートなんてごめんだと、一目惚れしてきた王太子とは婚約せず、たまたま近くにいた老騎士ローワンに求婚する。すると、話を知った実父は激怒して、ジュードを家から追い出す。
自由の身になったものの、どう生きていこうか途方に暮れていたら、ローワンと再会して一緒に暮らすことに。
年の差カップルのほのぼのファンタジーBL(多分)
なぜか第三王子と結婚することになりました
鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!?
こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。
金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です
ハッピーエンドにするつもり
長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~
狼蝶
BL
――『恥を知れ!』
婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。
小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。
おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。
「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい!
そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる