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3幕 美女画の怪
31 甘美な毒 ※R18表現あり
しおりを挟む碧玉が天祐の肩に頬を預けて目を閉じていると、天祐は碧玉の頭に軽い口づけを落とす。額やこめかみから、左耳に移動して、やわく食んだ。
くすぐったさに、碧玉は身じろぎをする。
天祐は微笑を浮かべ、碧玉の顎を指先ですくいあげ、優しく唇を合わせた。最初は触れるだけの口づけだったが、下唇をやわらかく噛まれて、口を開けるように催促される。何げなく目を開けた碧玉は、天祐の甘い眼差しを正面から見てしまい、思わず身を引いた。
「兄上? 嫌でした?」
「……そうではなく」
こうなったら一夜を過ごすのだろうと予測はできたので、碧玉はすでに覚悟を決めている。
しかし、どうにも顔が熱い気がする。
「そなたのその目を見るのは、久しぶりだ」
「その目とは?」
天祐は不思議そうにしながら、碧玉の長い銀髪を指先にからめた。
好意を隠さないまっすぐな視線のせいで、碧玉はいつもやけどするのではないかとたじろぐというのに、本人は相変わらず無意識だ。
「はあ、もうよい。そなたは風呂に入らないのか?」
「気になりますか?」
「いや」
碧玉の煮え切らない態度に、天祐は首を傾げる。
「兄上、もしかして照れてます?」
「お前の目には慣れたと思っていたのだがな。いや、今回のことは、お前が悪いから知らぬ」
ふいっとそっぽを向くと、天祐は口角を上げた。
「ああ、もう。なんてかわいらしいんですか! 照れているお姿も、すねていらっしゃるお姿も、どちらも好きです」
天祐は碧玉を抱えて立ち上がると、そのまま牀榻に向かう。碧玉をそっと下ろして横たえると、上に覆いかぶさった。
「わかりました。では、この天祐。兄上がまた慣れるように、精一杯努めさせていただきますので、それでお許しください」
「ふん。許すかどうかは、そなたの今後次第だ」
碧玉は天祐の頬に右手で触れる。
「天祐、お前は天才ゆえに傲慢なところがある。お前の未来は険しいものになるやもしれぬと、父上が心配されていたのはこういうことなのだろう。こたびはどうにかなったが、毎回、私が助けてやれるとは限らぬのだ。自重を覚えなさい」
「それは無理ですよ」
天祐はあっけらかんと言い放つ。
「兄上に言われたくありません。皆が止めるのも聞かず、一度は死を選びましたよね。俺にもそういう無茶をせねばならない時があるでしょう。もし兄上が危険だったら、俺はそうします」
碧玉は眉をひそめ、天祐の頬をつねった。
「天祐、年長者が説教をしている時は、気を付けますとだけ答えればよいのだ。わかったな?」
「……気を付けます」
兄の理不尽さでもって、弟を黙らせたところで意味はない。碧玉自身、それをよく理解しているが、今はその一言を聞きたかった。
天祐は素直に返事をしたが、表情には不満が現れている。
「兄上が心配してくださるのはうれしいですけど」
その上、天祐がぼそぼそと口答えをしようとするので、碧玉はその顔を両手で引き寄せ、口づけをすることで遮った。
「反省した良い子には、ご褒美をやらねばならぬな」
我ながら強引な話題変更だったが、天祐には効果てきめんだった。天祐はぱっと表情を明るくする。
「はい!」
不満をあっさりと放り捨て、天祐は碧玉に口づけを返す。
合わせた唇の隙間から、天祐の舌が入りこんでくる。碧玉がそっと舌をからめ返すと、天祐は息を奪うような激しい口づけを始めた。
「ふっ、んっ、んんっ」
性急に追いこまれ、碧玉の目の前がくらくらする。苦しいのに、離れたいとは思わない。
天祐がようやく満足して唇を離すと、碧玉は深く息をした。
「はあ……」
「ああ、兄上。あなたはいつでも香しいですね」
天祐は目を細め、碧玉の頬に口づけを落とし、首へと移動する。すでにほとんど消えている切り傷を、ぺろりとなめた。碧玉の身がふるりと震える。
「覚えていないとはいえ、怪我をさせてしまうとは。申し訳ありません」
「元に戻ったゆえ、もうよい」
「右手も、治るまでちゃんと手当てしますから。ああ、そうだ」
次に天祐は碧玉の右手の平に口づけを落とし、ふと思いついた様子で喉を差し出す。
「お返ししていいですよ」
「……は?」
時折、天祐は突拍子もないことを言い出す。碧玉は目を丸くした。
「だから、俺の首や右手に傷つけて構いません。おあいこになるでしょう?」
「天祐、私が幼いお前にしたことを忘れたのか。お返しというなら、むしろ私への反撃が足りぬではないか?」
天祐の要望を遠ざけようと、碧玉は嫌々ながら過去を持ち出した。それで仕返しをされるのは嫌だが、小説のように毒殺されるよりはましなので、甘んじて受け入れる気でもいる。
「兄上のしつけのことですか? もう忘れましたし、俺はあなたを傷つける気はありません。――ああでも、そこまでおっしゃるなら、今晩は俺がすることを拒絶しないと約束していただいても?」
押しの強い笑みを見て、碧玉は自分が藪を突いて蛇を出したことに気づいた。
「な、何をだ」
「怖がらなくても、痛いことなどしませんよ」
碧玉の声が震えたのに気づき、天祐はなだめるように口づける。甘い眼差しには、嗜虐心など見当たらない。普段の碧玉なら断っていたかもしれないが、今は、ようやく取り戻した天祐の希望をできるだけ叶えてやりたい気持ちが勝っている。
「……わかった。約束する」
「では」
天祐が碧玉の室内着の帯をシュルリと解いて、碧玉の両手首を重ねて掴む。
「……ん?」
鮮やかな手際で、天祐は碧玉の手首を縛って、頭上に押さえつけた。
「な、なんだ、どうして縛る?」
「兄上、約束しましたよね」
「そうだが……んっ」
天祐が碧玉の首筋に顔を近づけると、ちくりとした痛みが走った。すぐに何をしたかに気づいて、碧玉は慌てる。
「お、おいっ。見える所に痕をつけぬようにと、いつも言っているだろう?」
「兄上、約束は?」
「ぐっ。これがお前のしたいことだと?」
「そうですよ。はあ、まったく。兄上は女装ですら、人々を魅了するのですから困ります。紫曜殿だけでなく、黄夏礼まで邪な目で……っ」
天祐は目を細めて、不愉快そうにつぶやいた。
(黄夏礼はわかるが、紫曜がなんだと?)
婚約者のふりをさせたのが、天祐には腹立たしいことだったのだろうか。
天祐が嫉妬の炎に燃えている様を、碧玉はあ然と眺める。
「他のふらちな者も近づく気も失せるようにします」
◆
「うう……はあ……いい加減にせよ……」
どれくらい時間が過ぎたのだろうか。
碧玉はすっかり熱を持て余し、潤んだ目で天祐を見た。
腕を縛られているせいで、上衣と中衣だけが腕に引っかかっており、それ以外は全て取り払われて牀榻の下に落とされている。
なすすべもなく天祐の前に裸体をさらしている碧玉の身には、あちこちに赤い痕が散っている。
あれから天祐は碧玉の首や上半身、背中だけでなく、体のいたるところに所有印をつけていった。特に鎖骨回りは鬱血痕だらけで、ひどい有様だ。
「これほどしつけをしたか?」
天祐が仕返しの代わりにというわりに、数が多すぎではないだろうか。
「申し訳ありません。つい、夢中になってしまい」
天祐は悪びれない態度で謝って、碧玉の唇に口づけを落とす。あちこち吸いすぎて、天祐の唇はすっかり赤く腫れており、つややかな様が目に毒だった。
くしくも、全身をゆっくりと愛撫される羽目になった碧玉は、無意識に足をすり合わせる。
天祐は碧玉の手首を縛っていた帯を解くと、牀榻の外へと捨てた。
「俺もやりすぎたので、兄上もどうぞ」
こちらが先に進みたいと思っていることもお見通しだろうに、天祐が悠長にそんなことを言うので、碧玉はいら立った。
「望み通りにしてやろう」
碧玉は天祐の首に嚙みついた。口吸いなどしてやるつもりはない。甘噛みとはいえ予想外だったのか、天祐の身がビクリと震える。
「ふん。これにこりたら、余計なことは言わないのだ……な?」
碧玉は目の前に差し出された天祐の右手を凝視する。天祐は怒るどころかうれしそうだ。
「こちらもお願いします」
「……馬鹿ではないか?」
「兄上がつけてくれる痕ならばなんでもうれしいので」
碧玉はため息をつく。
拒絶しないと約束したのを思い出し、天祐の右手を掴んで引き寄せた。指の先だけちろりとなめ、軽く甘噛みをする。
「なあ……天祐。そなたのせいで、熱くて苦しいのだ。この兄を助けてはくれぬのか?」
さっさとその気にさせてしまおうと、碧玉はとどめにもう一度指をなめる。天祐が分かりやすく硬直し、かあっと顔を赤くする。
「……っ」
天祐は右手をそっと取り返すと、碧玉に覆いかぶさり、両足の間に体を割り入れた。そして、碧玉の唾液で濡れた指先を、碧玉の後ろに押し当てる。
愛撫のせいで碧玉の体は受け入れる体勢になっているが、久しぶりなのでそこは少々きつい。
「くそっ」
天祐自身はまだ外出着のままだったが、じれったそうに服を緩めて、たもとから小瓶を取り出した。それは花の甘い香りがする香油だ。
碧玉が天祐の腰の革帯を引っ張ると、天祐はすぐに察して、服を脱ぐ。鍛えられた体躯が現れた。
「兄上……碧玉……あなたは本当に甘美な毒のような人ですね。俺をたぶらかして楽しいですか?」
碧玉に煽られて余裕を失った天祐は、どこかすねたように問う。焦らしているのはそちらだろうと碧玉は言い返したかったが、その前に、天祐は香油を右手に出して、碧玉の後ろに当てる。
今にも暴走しそうな様子に反し、天祐は碧玉の後ろを優しく解した。
「ん、ん、んんっ」
天祐の指が中を蹂躙し、良い所を押す。碧玉はそのたびに身を震わせ、甘い声を上げた。
「もう……いいから……」
これ以上待たされるのもつらい。懇願の目を向けると、天祐の喉がごくりと鳴る。
そして、ゆっくりと中へ押し入ってきた。
「はあ、はあ、ううっ」
「……苦しくはありませんか」
「大丈夫……あっ」
圧迫感にうめきながら、碧玉は問題ないと告げる。承諾を得た途端、天祐の動きから遠慮が消えた。
最初は腰をゆっくりと前後させ、だんだん強くなっていく。
「ひっ、あっあっ、ああっ」
奥を突かれて悲鳴を上げ、碧玉は天祐の首に腕を回してしがみつく。
「はあ、はあ、兄上の中、温かい。ああ、もっとください」
「……あああっ」
唐突に両足を持ち上げられ、天祐の肩の上に乗せられる。急に角度が変わった上に、深々と貫かれた。碧玉はたまらず声を上げ、首を横に振った。
すっかり情欲に染まっている天祐は恍惚としている。
「あっ、待て、急に……っ」
「兄上、ここはどうですか? 奥が好きですよね」
「ああっ」
苦しいのに、良いところをえぐられて、体から力が抜ける。甘い声が勝手にこぼれるのが、碧玉としては聞いていられない。自然と涙が目に浮かぶのを見て、天祐は碧玉自身に手を伸ばした。
「ああ、まだ達していないから苦しいですよね。どうぞ、いってください」
「ああああっ」
同時に凶暴な快楽に襲われ、碧玉はあっけなく達する。白濁が飛び散って、自身の顔や胸のあたりを汚した。
それに遅れて、天祐がぐっと陽物を奥に突き入れる。碧玉の中に精が放たれ、その刺激でも碧玉は刺激を受けた。
「ああ……っ」
ぐったりと息をする碧玉を眺め、天祐はうれしそうに微笑む。
「兄上、愛しています。今日はとりわけお美しい」
天祐の手の平が碧玉の頬に触れ、汚れをそっとぬぐう。
「俺にしかさらさないそのお顔を、もっとお見せください」
強い執着の眼差しを見て、碧玉は背筋をゾクリと震わせる。それでもその独占欲の重さが、不思議とかわいいものに思えるのだから、碧玉もどうかしているのだろう。
(毒なのはどちらなのだか)
あきらめにも似た心地で、碧玉は天祐へと手を差し伸べた。
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