白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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3幕 美女画の怪

25 決行

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 深夜、半月が雲に隠れると、碧玉は闇にまぎれて離れに近づいた。
 当然、暁雪に扮して地味な装いをし、髪は頭の上半分だけ結って簪でまとめ、雪瑛を抱えている。青鈴は部屋で待つように言いつけてある。

(待ち人はすでに来ているようだ)

 離れの障子紙が張られた窓から、光がこぼれている。中にいる誰かが身じろぐたびに、ろうそくの火がちらちらと揺れた。
 碧玉が扉を静かに開けると、中から線香のにおいが漂ってきた。
 見れば、美女画の前で、夏礼が座布団に正座をし、故人に線香をたむけている。
 扉を半端に開けたままにしておいて、碧玉は離れの中に入り、夏礼にあいさつをした。

「これは黄宗主様ではございませんか。夜分遅くに、このような格好で失礼いたします」

 それから部屋を見回して問う。

「こちらに紫曜様がいらっしゃるはずですが……」

 夏礼が座布団から立ち上がり、碧玉と向き直った。宮廷で会った時は気にしていなかったが、思ったよりも上背がある男だ。天祐と同じくらいの背丈はあるかもしれない。黄土色の上衣の腰に下げている香袋から、桂花の甘い香りが漂った。

「申し訳ないが、暁雪さん。先ほどまで黒公子と酒を飲んでいたのだが、飲ませすぎたようで彼は寝てしまったんだ。代わりに私が調査に立ち会おうかと」
「黄宗主様がですか?」

 碧玉は戸惑うそぶりをした。というのも、夏礼と二人きりになるように、紫曜に仕向けさせたのは碧玉だからだ。しかし今は、貞淑な娘・暁雪を演じているので、困った顔をしなくてはならない。

「それでしたら……日を改めますわ」

 碧玉は後ずさりをして、扉のほうへ振り返る。夏礼は回りこみ、出口への道をふさいだ。
 碧玉は眉を寄せた。そういう流れになるかもしれないと思っていたが、実際にされると不快だった。そもそも碧玉は夏礼を嫌っている。こんなことでもなければ、同室にいたくない。

「暁雪さん、黒公子と婚約するために貞淑をよそおっているのだろうが、本当はそのような清廉な女人ではないのだろう?」
「何をおっしゃいます?」
「あなたの足取りを調べたところ、酒楼に世話になっていたとか。金に困った婦女子が、一夜を売ることなどよくあるもの」

 夏礼は碧玉の髪をひとすじすくって、髪に口づけを落とし、こちらを見て怪しげに微笑んだ。

「何も恥ずかしいことではない」

 碧玉の腕の中で、雪瑛の毛が逆立った。

(気持ちはわかるぞ、雪瑛。私も鳥肌が立っている)

 あからさまに口説かれて、不愉快なあまり、背筋がぞわぞわとした。

(本当にこの男は……。天祐が言うならば『クソ野郎』か? そもそも、婚約者のいる娘を口説くな)

 とはいえ、倫理観が低いのは、碧玉としては好都合だ。遠慮なく仕返しできる。

「つ、つまり……どういうことでしょうか」

 雪瑛の声が震えている。碧玉も口の端が引きつるのを我慢した。

「存外、にぶいものだな。結婚する前に、私と一夜を遊ぼうと誘っているのではないか」

 夏礼が白けたように言った。

「ご遠慮いたします。わたくし、調査に来ただけですので」
「ああ、その美女画には幽鬼はいない。白宗主が引き受けてくれたようなのでな」

 碧玉は驚くふりをした。

「そんな……それをご存知でしたのに、黄宗主様はこちらにいらっしゃいましたの?」
「そうでもなければ、下女の子である白天祐などに、側室の次女とはいえ、黄家の娘を与えたりしない。未婚の娘が、独身男の居室に看病で出入りするのは外聞が悪い。黄家の恥をその身に封じてくれたのだから、黄家としては責任をとって、家のつながりくらいくれてやったのだ」

 碧玉はいらっとした。
 どこまでも上から目線であるし、責任をとったと言うならば、天祐を酒楼から徒歩で帰らせるような無礼を働くなという、天祐の義兄としての至極まっとうな怒りである。
 黙りこくっている碧玉を、夏礼はしげしげと眺める。

「ろうそくの明かりでも、あなたの美しさは揺らがないのだな。それにしても、先代の白宗主とそっくりだ。遠縁ならば、奇跡的な容貌だな」

 絵を鑑賞するような様子で、夏礼は感想を口にした。それから、首を横に振る。

「しかし、その背丈は醜いな。背が低く小柄な娘のほうがよい。だからあなたは嫁ぎ先に困って、放浪していたのだろう?」

 これほど碧玉の神経を逆なでする男も珍しい。

(仮にも口説いている途中で、醜いなどと口にするか? 美しい女人の条件とはいえ、背丈を気にしていたら傷つけるだけではないか)

 碧玉は自分の性格が悪いのは自覚しているが、他人の見てくれをわざわざあげつらうことはない。そんなものよりも、忠誠心や仕事ぶりのほうが大事なのだ。ましてや、口説こうとしている相手ならば、余計なことは口にしないに限る。

「わたくし、帰らせていただきます」

 碧玉が夏礼の手を払いのけると、夏礼は不快そうにするどころか、楽しそうに笑った。

矜持きょうじの強さも、私の好みだ。そういう女を従順にしつけるのは面白い」

 碧玉の腕に、鳥肌が増えた。

(黄夏礼、貴様もか! どうしてこう、嗜虐しぎゃく趣味の者ばかり寄ってくる?)

 これまでに出くわした悪縁を思い出して、碧玉はうんざりした。
 やはり直感とはあなどれない。夏礼が暁雪を見る目には、「どういたぶってやろうか」という攻撃的なものが含まれていると感じたが、それも間違いではなかったのだ。

(落ち着け。どちらにせよ、策は用意してある)

 夏礼が抱いている歪んだ欲は予想外だが、それ以外はおおむね想定通りに進んでいる。
 碧玉はすげない対応をしているが、「婚約者のいる貞淑な娘」ならば当然するだろう態度をとっているだけだ。

「黒家の若様に対して、ひどい真似をしているとは思いませんか」
「なに、あの男には新しい女を紹介してやるさ」

 もしここに紫曜がいたら、碧玉の仕返しを全力で後押ししてくれそうな言葉である。
 ふと出口のほうを見て、碧玉は天祐の到着に気づいた。天祐は様子をうかがっているようだ。中のやりとりが見えるように、わざと半端に扉を開けておいたのだ。

(記憶が混乱していたとして、天祐の善性は変わらぬ。助けに入るべきか迷うだろうと思っていた)

 これで遠慮なく、夏礼を突き放せる。

「……失礼いたします」

 話が通じないとばかりに、碧玉は夏礼に会釈をしてその場を去ろうとした。当然、そのまま見逃す夏礼ではないので、碧玉の左腕をつかむ。

「待て。退室していいとは言っていない」
「離してください」
「もったいぶるな。ほら、こっちに来い」

 夏礼の態度にいら立ちが混じり始め、碧玉を強引に引っ張った。

「……雪瑛」
「ケンッ」

 碧玉が指示すると、雪瑛は待ってましたと言わんばかりに碧玉の腕を蹴って抜け出すや、夏礼の顔に飛びかかった。

「ぐっああああ!」

 鼻に噛みつかれ、夏礼は悲鳴を上げる。血が飛び散った。雪瑛は床に着地すると、顔をしかめる。

「主様~、くそまずいです~」

 口の中にある血をペッペッと吐き出し、雪瑛は心底嫌そうに身震いをした。

(そういえばこやつ、偏食の肉嫌いであったな)

 雪瑛は下級妖怪だが、血なまぐさいことを嫌っている。後で褒美の菓子をたっぷり与えることにしようと、心の中で決めた。

「貴様っ、卑賎ひせんの分際で私によくもっ」

 床に座りこんで顔を押さえながら、夏礼が怒りに燃える一瞥を寄越す。
 碧玉はそれにおびえたふりをして、扉のほうを振り返る。天祐と目が合った。碧玉はできるだけ高い声が出るように意識をし、天祐の中にいるもう一人へ叫ぶ。

「助けてください、黄張偉様!」
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