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3幕 美女画の怪

21 幽鬼の封印先

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 翌日。碧玉が朝の遅い時間に紫曜の部屋を訪ねると、紫曜は牀榻にうつぶせに倒れこんでいた。
 まるで行き倒れたかのような有様だ。
 碧玉は片方の眉を上げ、扉を閉めてから、紫曜に問いかける。

「そなた、また二日酔いか?」
「違う……。お前が新しい鉱物など持ってくるから、気になっておちおち寝ていられなかったんだ。依頼通り、あの粒を取り出して、軽く磨いておいたぞ」
「なんだと?」

 茶几のほうに行くと、道具箱や道具が散乱しており、やわらかな絹の布に包まれ、透明な石粒や転がっていた。美しい輝きを放っている。

「昨夜、お前が言っていた確認法を試した。コンゴウセキとやらで、どうやら間違いなさそうだ。朝日が出てから観察したが、こんなふうに光を通す玉は初めて見た」
「そうか。それは良かった。……うわっ」

 茶几の傍に丹青が倒れているとは思わず、その足に引っかかって、碧玉は転んだ。丹青のうめき声が聞こえてくる。

「ううーん……」
「どうしたのだ、これは」

 無様に転ぶ羽目になったが、驚きのあまり怒りも湧かない。

「丹青も研究者気質だからな。一緒に徹夜をしたんで、この有様だな。請求書は今度作るから……寝かせてくれ。その絹の布ごと持っていって構わんぞ」
「ああ」

 碧玉は立ち上がり、白い絹の布で金剛石を丁寧に包む。
 二人の死屍累々の様子を見て、さすがの碧玉も気の毒になった。夏礼との宴を紫曜だけに押し付けた上、紫曜は酒をかぶせられる無礼を受けた。それに付き添っていた丹青も、腹を立てていたはずだ。

「感謝する」

 二人に向けて、碧玉は拱手をして礼を言う。
 牀榻に倒れている紫曜が左手だけを持ち上げて振り、丹青はうめき声で返事をした。
 碧玉は静かに退室した。



(さて、黄家を去る前に、もう一度、黄琥張と話をせねば)

 碧玉は考え事をしながら、そっと扉を閉め、顔を上げて驚いた。

(天祐? どうしてここに)

 客室前の廊下の壁にもたれて、天祐が立っていた。
 碧玉が驚いたのは、先ほど、部屋を出た時にはいなかったせいだ。
 天祐はこちらに気づくと姿勢を正し、丁寧に拱手をする。

「暁雪さん、昨日は大変失礼しました。怪我をさせてしまうとは思わず、気になっていたのです」

 碧玉も礼儀として拱手を返してから、長い袖を持ち上げて、口元を隠す仕草をした。できるだけ高い声が出るように意識して、天祐に返事をする。

「他人の所有物を、勝手に処分されるのは困ります」

 礼儀正しい暁雪になりきるより先に、文句が出てきた。

「ええ、今後は気を付けます。お怪我の具合はいかがでしょうか」

 丁寧に質問する天祐を前にすると、碧玉はむずがゆい気持ちになる。『白天祐の凱旋』という書物では、主人公である天祐は、行く先々で女性たちに惚れられる。こんなふうに気遣われたら、ころっと恋に落ちるのが自然だ。

(まあ、その女達が箱入り娘ばかりというのもあるが……。天祐はこの通り、顔立ちは整っているし)

 これまで、身近にいすぎてあまり気にしたことはなかったが、久しぶりに見ると、この義弟は思ったよりも男前だったのだなと感慨深くなった。

「あの……暁雪さん? 私の顔に何かついていますか」
「いえ」

 余計なことを考えていたので、碧玉はコホンと咳払いをする。

「怪我は問題ありません。ところで、白宗主様は離れで倒れられたそうですね。もうお加減はよろしいのですか」
「ああ、もしかして明月さんから聞かれたのですか」
「琥張様です」
「昨日、離れを案内されたと聞いています。その時でしょうか。あそこには確かに、幽鬼がいました。現世に強い執着を持っていて、身を隠していたのですが……。明月さんが離れに入ると、襲いかかってきたんですよ。その時、とっさに封じたので、その影響ですね」

 碧玉はわずかに首を傾げて問う。

「あの絵には、封じの痕跡はありませんでしたが」
「そうですよ。私の体に封じたので」
「…………は?」

 碧玉は目を丸くした。

「聞き間違いでしょうか。白宗主様の……お体に? 封魔の壺では?」
「用意していましたが、とっさのことで。明月さんに危害が及ばないように庇った時に」
「……そうなのですね」

 碧玉はなんとか頷くので精一杯だった。気を抜くと、激怒して怒鳴りつけてしまいそうだ。

(天祐、この愚か者めっ。どうしてそのような危険な真似を! 宗主だという自覚が足りぬのではないか)

 天祐は天才なせいで、一般的な道士が躊躇するような危険なことでも、無意識に選んでしまうことがある。そしてそれを成功させてしまうだけの能力があるので、悪いとも思っていないのだ。

(過ぎた力は身を滅ぼしかねないからと、父上が天祐のことを心配していたのも理解できる)

 天才ゆえのおごりからくる自滅を選んでしまいかねない。
 碧玉は実父や天祐に比べれば、能力が劣っているのを自覚している。だからこそ、念入りに下調べをして最善を選び、地道に攻略するのに長けていた。一方で、天祐はとりあえず飛びこんでしまう危うさがあった。

「これをどうにかしない限り、白家には帰れそうにないのですよ。この幽鬼は、なぜか明月さんに妙に執着していまして」
「明月様に……?」
「あの方は自責を感じて、看病をしてくれました。それで、黄宗主が勝手に婚約をまとめてしまいまして。しかし、今、この屋敷を離れるわけにもいかず」

 天祐は深いため息をついた。
 碧玉はふと、昨日の明月の様子を思い出した。
 お祝いの言葉に対して、困った顔をしていたのは、明月が望んだ婚約ではなかったからだろうか。

「そのことを知っているのは?」
「側室のご家族は知っていますよ」
「その幽鬼は、もしや二体?」

「いえ、男の幽鬼が一体だけです。今の私は、自分の体に魂が二つ同居している状態で、時折、幽鬼の攻撃的な面が勝手に出てきてしまうんです。白宗主として、お怪我をさせたお詫びはきちんといたしますので、どうかお許しいただきたい」

 碧玉は嫌な汗が手の平ににじむのを感じていた。
 銀嶺を斬ろうとした時と、雪瑛を傷つけようとした時は、どこか酷薄な雰囲気があった。それでいて、暁雪としてあいさつした時はどうだった? 見とれていたではないか。

「……それは、封魔の壺では対処できないのですか?」
「どうやら生に執着しているようで、体から追い出すのに手間取っているんですよ」

 碧玉は恐る恐る問う。

「もしやその幽鬼、女好きではありませんか?」

 天祐はぱちくりと瞬きをする。

「よく分かりましたね」

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