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3幕 美女画の怪
15 似た者同士
しおりを挟む翌日の午後になって、紫曜の部屋に琥張が迎えに現れた。
「こんにちは。お二人とも、昨夜はゆっくりお休みできましたか」
愛想のいい笑みを浮かべ、琥張があいさつをする。
その時、碧玉は暁雪として、紫曜の部屋で茶を飲んでいた。琥張が来たのは、夏礼に約束を守る気があるかどうか疑わしいと話し合っていた時だった。
「琥張殿、またもやお迎えに? 使用人に呼ばせればいいものを」
紫曜は眉をひそめて琥張に問う。
琥張は庶子とはいえ、琥張は黄家の人間なので、使用人扱いしていい立場ではない。紫曜は夏礼の横暴さが気に入らないようだったが、琥張は笑みを浮かべて否定する。
「誤解しないでください。兄上の意地悪ではございませんよ。兄上が急な仕事で同席できなくなりまして、僕が離れを案内するよう仰せつかりました」
碧玉は雪瑛を抱え、愛でるふりをしながら、ぼそぼそと呟く。すぐさま雪瑛が代弁した。
「失礼ですが、離れとは先代の宗主様が過ごされていた場所ですよね。私のような身分の者が立ち入っていいものでしょうか」
碧玉が遠慮を見せると、琥張は頷いた。
「絵だけをお持ちしたいところですが、不吉ゆえに、部屋から出さないようにと兄上から言われております。今は白宗主様が封印をかけてくださったので、無害になっているそうです」
「そうなのですか」
碧玉はひとまず合槌を打った。天祐の名が出てきたので、紫曜のほうをちらりと見る。心得たとばかりに、紫曜がその続きを引き取った。
「そうそう、私は天祐殿が行方不明と聞いて、白家の者と探しに来たのに、すげなく帰れと言われたよ。どう見ても様子がおかしいが、何かあったのか?」
琥張はしばし沈黙する。
「ええと、すみません。僕もどう答えていいか分からず」
困り顔をする琥張に、紫曜がさらに問う。
「まさか黄宗主が何か……?」
「いいえ、そうではありません! 最初、美女画の噂のことで、白宗主様はとても憤慨されておられて……。兄上は門前払いをしましたので、白宗主様は門前で一日中待ち続けていらっしゃったのですよ。あんまり気の毒ですし、周りの目もありましょう? 僕が兄上に、屋敷に入れるようにと家臣を通して口添えしたのですよ」
「ええっ、琥張殿が? どうやってあの兄を説得したのですか」
「美女画が先代の白宗主様と似ているので、あの方の怨霊が、父上を祟り殺したのだという噂でしたでしょう? しかし、あの方は緑家の血も引いていらっしゃいます。黄家にとって、緑家と青家はお得意先ですから、緑家が不快になるかもしれないと……」
それはどうだろうかと、碧玉は思った。ちまたでは、白碧玉の怨霊は、緑家出身の帝も祟ったといわれているからだ。
紫曜がその点を問う。
「怨恨はあれど、血縁者だから敬意を払うべきと?」
「違います、紫曜兄上。今の王宮は、とにかく先代白宗主の怨霊を恐れているのですよ。緑家の親族にも魔手が及ばないと、どうしていえましょうか」
「なるほど。礼儀ではなく、恐れのほうをついたのですね」
「ええ。それに、もし先代白宗主の怨霊と関わりがあるならば、どちらにせよ鎮められるのは、白家の道士だけ。白宗主様を無視するより、招き入れたほうが賢いではありませんか」
琥張は大人しい性格をしているが、賢明なようだ。
「……ということを、遠回しに伝えたと?」
「ええ。兄上の側近に伝えました。僕が意見すると、兄上は機嫌を損ねますから」
苦笑まじりに琥張は言った。
(なるほど。意見すると殴られるのだろうな)
琥張はやんわりと表現したが、なんとなく碧玉には分かった。
碧玉自身も性格が悪いので、非常に認めたくないが、同類である夏礼の考えることは予想しやすい。夏礼が琥張へとる態度は、前世の記憶を思い出すまで、碧玉が天祐に対して向けていたものとよく似ている。
(あんなふうに見えていたのならば、確かに家臣も裏切るだろうよ)
前世で読んだ書物『白天祐の凱旋』では、宴の席で、天祐は碧玉に毒を盛って、罠にかけて殺すのだ。あの時、碧玉の周りにいた家臣は誰も止めなかったと、そう書いてあった。現在では忠義にあつい、あの灰炎ですら、だ。
(私が辿るはずの未来の姿の一つのように見えるな。私と夏礼が違うのは、弟が天才かどうかだ)
天祐は天才で、琥張は落第。もし琥張に才があったら、琥張はとっくに謀殺されていただろう。無事に生きていられるのは、「石くれ」だったおかげか。
「わたくしも白家の端くれ。我らの長を寒空に放置しなかったことについて、お礼を申し上げますわ」
雪瑛を介して、碧玉は琥張に礼を言った。琥張はとんでもないと首を横に振る。
「僕は黄家のためにしたことです。礼を言われるほどのことではありませんよ」
「ふふ。では、そういうことにしておきましょう」
黄家に入りこむにあたり、賄賂になりそうな品を持ちこんでいる。後で青鈴に言づけて、何かしらを琥張に贈っておこう。夏礼の目にとまることを考えると、食べ物などの消え物がいいだろう。
(質の良い薪でもよいな。白領に比べれば温暖だが、ここでも冬をしのぐのは寒いだろうし)
暁雪からではなく、紫曜からならば角も立たないだろうと、碧玉は頭の中で采配する。夏礼が文句をつけても、紫曜からならば奪えない。
琥張が純粋だと紫曜が言っていたのは一理あるようで、口では否定しつつも、琥張は照れているようだった。そそくさと顔をそむけたが、その耳は赤くなっていた。
「それで、最初は怒っていたのに、今はどうして君の妹と婚約までするほど落ち着いたんだ?」
紫曜が話を戻すと、琥張はコホンと咳払いをする。
「ああ、そうでした。それで結局、兄上は白宗主様に美女画を見てもらうことにしまして。白宗主様がご滞在中は、先代の側室である母に世話を丸投げされたのです。初めの三日くらいは、白宗主様は不機嫌そうだったのですが、兄上の僕達への当たりが厳しいのに気づくと、親切にしてくれました」
それはそうだろうなと、碧玉は思う。天祐ならば、黄家の先代側室の家族を、自分の境遇と重ねて不憫に思うだろう。
「そして離れを出入りしているうちに、一度、体調を崩されてお倒れになったのです。その時、妹である明月が看病したことで、親しくなったようでした」
「倒れた? 美女画を封印したんじゃなかったのか」
紫曜が身を乗り出して質問する。
「ええ、封印した時の反動だと……後で説明されました。そういえば、お倒れになった後から、怒りも鎮められて冷静になられましたね。明月との婚約を受け入れられたのも、その頃です」
碧玉は雪瑛越しに問いを投げかける。
「魔を調伏したのではないのですか?」
「申し訳ありませんが、僕には怪異のことはさっぱり分からないのです。ただ、絵が素晴らしいことだけは理解しております」
琥張は首をすくめて、苦笑いを浮かべた。
「それで燃やして処分しないのですか?」
天祐が浄火で燃やせば解決することだ。
「兄上は、できれば絵はそのまま残したいそうです。一応、父上の形見ですからね」
「失礼いたしました」
碧玉は謝ったものの、内心では舌打ちしている。恐らく、夏礼がそういう無理難題を言って天祐を困らせているのだろう。おかげで、解決するまで天祐は白領に戻れないわけだ。
「絵をご覧になれば分かりますよ。さあ、そろそろ参りましょう。日が落ちると見づらいでしょうし」
琥張が思い出したように切り出して、部屋を出るように促した。
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