白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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3幕 美女画の怪

二、天祐、敵対する / 7 動揺

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 ――これが、混乱に叩き落されるということなのか。
 碧玉は冷静さの裏で、そんなことを考えていた。
 ようやく天祐を見つけた安堵と、知らないうちに誰かと婚約したことへの衝撃が襲ってきて、言葉が出てこない。

「婚約だと! 黄家のご令嬢とか? 我が妹との見合いでは断っておいて!」

 碧玉の代わりに、紫曜が驚きの声を上げた。碧玉への慮りというより、紫曜自身のもやもやを吐き出したようだった。
 夏礼は涼しい顔をして肯定する。

「ええ、次女の明月めいげつとね。白宗主は美女画の怪について調べるため、しばらく我が家に逗留されておいでだったが、ようやく頷いてくれたんだよ」

 夏礼の声を聞きながら、碧玉はめまぐるしく記憶を漁って、黄家の人物一覧をすぐに思い出した。黄家に来る前に、おさらいしておいて正解だった。

「次女……明月……。まだ十四の娘ではないか?」

 碧玉はぼそぼそと呟く。
 前世でのうすらぼんやりした記憶があるせいで、碧玉には十四歳は若すぎるように感じられるが、世間的には少し早い程度だ。婚約だけならば生まれてすぐにする者もいるし、初潮さえ迎えればすぐに嫁がせる家もある。
 それでいくと、天祐は十八歳だから、四歳差はちょうどいいくらいとも思える。

「おや、黄家についてよく調べておいでのようだ。明月は側室の娘だが、分家の男と下女の子が相手ならば問題なかろうと思ってね」

 夏礼の言葉には、天祐に対してだけでなく、妹へのあざけりもこもっている。
 仮面の下で、碧玉はぴくりと眉を動かした。
 王侯貴族には貴血主義が多い。というのも、単純に、直系のほうが異能の力が強い傾向にあるからだ。もちろん、天祐のような例外もいる。
 異能による仕事をまっとうすることを誇りとしている家で、血の濃さを重視するのは当然のことだ。
 そういう事情を分かっているとはいえ、天祐は夏礼を嫌っている。こんなふうに馬鹿にされては怒るだろうと思ったが、意外にも天祐は黙したまま立っている。

(なんだ……? やけに静かだな)

 碧玉は、天祐が暗い目をしているのが気になった。
 人の好い紫曜は、夏礼の言いようをたしなめる。

「黄宗主、白宗主に失礼ではないか。それはそうと、天祐殿。君が行方不明だと、白家では大騒ぎになっていたぞ。だから銀嶺とともに探しに来たんだ。どうして連絡しないんだ?」
「事情がありまして。ご面倒をおかけいたしました」

 天祐は殊勝な態度で、詫びを口にする。天祐がちらりとこちらを見た。

「銀嶺も、家来とともに帰って構わない。用事を終えたら戻る」
「……承りました」

 碧玉は拱手をして頷いた。
 ここで変に反発しては、夏礼に違和感を抱かせるだろうと危惧してのことだ。

「どうです、紫曜殿もこちらの部屋に移りませんか。黄蓮の演奏は素晴らしいでしょう?」

 夏礼は意地悪く口端を吊り上げ、紫曜だけを誘う。
 夏礼ははっきりと身分の区別をする男だ。
 将来、黒宗主になるのがほぼ確定している紫曜はともかく、どこの家とも知れない出身の雲銀嶺には興味がないらしい。

「ご遠慮いたしますよ、黄宗主。せっかく友が私をもてなしてくれていますので」

 紫曜は感じ良く断った。そして、黄蓮に笑いかける。

「黄蓮殿、楽しいひと時をありがとう。急にわがままを言ってすまなかったね」
「とんでもございませんわ。わたくし達妓女は、お客様にひとときの夢を売るのが務めですもの」

 黄蓮はふんわりと微笑む。
 夏礼が天祐とともに去ると、黄蓮はこちらに優雅にお辞儀をしてから退室した。紫曜は自分の席に戻り、どかりと座る。碧玉もふうと息をついた。夏礼の登場により、思ったよりも緊張していたようだ。

「なんだかすっかり興が冷めてしまったな」

 紫曜はひとりごとのようにつぶやくと、妓女達に話しかける。

「皆、酒と料理だけを置いて、退室してくれないか」

 やわらかな物言いで促された妓女達は、優雅にお辞儀をしてから、持参した楽器を手に部屋から下がった。
 部屋には美味しそうな料理と酒だけが残される。

「おい、大丈夫か、碧玉」

 紫曜が小声で聞いた。

「天祐殿、妙に冷たい雰囲気だったな。どこか様子がおかしいのに、受け答えははっきりしていた。どう思う?」
「私にもよく分からぬ」

 碧玉はそう返事をしたものの、紫曜に問い返す。

「もしや、反抗期ではないか?」
「ぶふっ。こんな時に冗談を……言ってないな? 真面目な質問か?」
「天祐は十八だ。これまでよく私の言いつけを守ってきた。時折、我を通すが、私に反抗することはほとんど無かったのだ」
「さてはお前、涼しい顔をして動揺してるな……?」

 紫曜は鋭く指摘する。

「行方不明になったかと思えば、嫌っていた黄家の次女と婚約しているなど、誰が予想できる?」

 紫曜がからかう前に、碧玉は冷え冷えとした目でにらんだ。

「事情があるならば、説明すべきではないか? 白家の家臣達にも心配をかけておいて、あの態度はなんだ」

 そう話すうちに、碧玉は自分の怒りが妥当なものだと認識した。

「お前の怒りはもっともだ。だが、どうするんだ?」
「酒楼からの帰り際に、天祐を捕まえるしかない」
「では、頃合いを見計らって外に出るか。近くで待つ他ないな」
「そうしよう」

 方針が固まったので、碧玉は茶杯を手に取って、ゆっくりと飲む。卓に残っているごちそうを一瞥する。すっかり食欲が失せたせいで、見ているだけでも胸焼けしそうだ。

「私はもう食べぬゆえ、残りの料理はお前が食べてしまえ」
「私一人には多すぎる。丹青や灰炎殿にも分けても構わぬか」
「好きにせよ」

 碧玉は左手をひらつかせると、卓に右手で頬杖をつく。

(なんだ、この嫌な感じは……。そうだ、前世で読んでいた書物『白天祐の凱旋』で、主人公の天祐が、悪役の碧玉へ向ける冷たい眼差しのようだったではないか。まさか今更、書物のように天祐が私を嫌う展開になるのではないだろうな)

 昔ならともかく、今の碧玉は、天祐に嫌われるのを想像すると、胸のあたりが苦しくなるような気がする。
 ふと気づくと、紫曜達がこちらを見ていた。

「……なんだ?」

 碧玉がにらんだのが分かったのか、灰炎と丹青はさっと目をそらした。紫曜は能天気に感想を告げる。

「いや、そうしていると、月下美人のごとしと思ってな」
「なんの話だ?」
「憂鬱そうな美人は、ますます美しいものらしい。……後で天祐殿が怒らないといいが」

 紫曜が心配そうにうなるので、碧玉は眉をひそめる。

「お前の言うことは分からぬが……。その天祐のことで、私は頭を痛めているのだぞ。はあ、まったく。今回ばかりはあやつが悪い」
「肝心の事情が分からないのでは、怒りようもない」

 どうやら紫曜は、そのあたりが判明するまで、第三者の立場を崩すつもりはないようだ。
 碧玉は悪態をつく。

「浮気をしたら、相手と天祐を殺すと脅してあったのだがな」
「恐ろしい奴だな、お前は。刃傷沙汰に巻きこまれるのはごめんだぞ」
「天祐がまったくうれしくなさそうな様子が気にかかる。黄家で何に巻きこまれたのだか」
「とりあえず、私が言えるのはただ一つ。黄夏礼が義兄など、金を積まれてもごめんだということだ」

 笑顔で毒を吐く紫曜を、碧玉はまじまじと眺める。

「先ほどは、あれに上手いこと媚びていたくせに」

 碧玉はわざとらしく、紫曜の真似をする。

「『おお、これは黄宗主様。お久しぶりですな!』だったか?」
「お前ときたら、嫌な奴だな。大げさに立ち回って、後ろに隠してやったのに」

 紫曜は腹立たしげに、酒杯をあおる。

「だいたい、私のあれは処世術だ。もめごとを起こすよりも、相手の懐に入りこんで弱みを握るほうが好みでね」

 紫曜の前に、丹青がほぐした焼き魚の皿をすっと置いた。紫曜はそれに箸をつけ、美味だったようで笑みを浮かべる。ころりと機嫌を直した。紫曜に重宝がられている使用人だけあって、主人の扱いを心得ているようだ。

「愛想を良くするのは得だぞ」
「ああ、分かった。お前はそんなふうに生きていくがいい」
「そうするとも! ああ、良い酒だ。料理も美味い。黄夏礼のなじみの店だというのを除けば、ここは私好みの酒楼だよ」

 碧玉は先ほどから気になっていたことを問う。

「おい、紫曜。お前、もしや黄夏礼のことが嫌いなのか?」
「むしろ、あれを嫌わない人間がいるのか? もう少し謙虚な男だったら、少しくらい好きになれただろうが……。隣の領地であるし、商売相手だから付き合っているだけだ」
「そうか。紫曜、今、私は初めてお前と気が合いそうだと思ったよ」
「……遅すぎないか?」

 紫曜の控えめの抗議を、碧玉はふんと鼻を鳴らして無視した。
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