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3幕 美女画の怪

『3幕 美女画の怪』一、天祐、行方知れずとなる / 1 黒家への訪問

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 天声山てんせいざんは雪で凍てつき、ふもとにある龍拠りゅうきょは、その名のごとく龍が巻きつくかのように白い霧がたなびいている。
 その黒家の本拠地にある屋敷では、白碧玉ハク・ヘキギョクの目の前にある茶几の傍に、黒紫曜コク・シヨウが座している。黒い髪を頭の上半分だけ結い上げ、銀の冠でまとめており、紫の衣の上に、黒い毛織を羽織っている。印象的なのは、明るい紫の瞳と、左目の下に縦に二つ並んだほくろだ。

 この応接室は母屋から独立した造りになっており、小さな水屋が備えられている。そこでは紫曜の妹である雪花せつかが手ずから青茶あおちゃ(※烏龍茶のこと)を淹れた。
 雪花はつややかな黒髪を上半分だけまとめ、冬によく似合う白梅のかんざしを挿している。白と薄青の襦裙は少女らしく、彼女の凛とした美しさを飾り立てていた。雪花が淹れ終えた茶を、年配の侍女が紫曜と碧玉の前に給仕すると、上等な茶葉特有の素晴らしい香りが、応接室に漂った。

 ふくいくたる茶の香りで、碧玉の切れ長の青い目元が一瞬だけゆるんだが、すぐさま元の仏頂面に戻る。
 黒家の兄妹に対して、碧玉は白い衣に身を包んでいた。銀髪を銀の冠でまとめ、そこから鎖が伸びて、額に青いぎょくをたらしている。淡い水色の深衣に、袖が広い白い羽織をまとっている様は、碧玉の美貌もあいまって、仙人のように浮世離れして見えさせた。

「それで、碧玉」

 なかなか口を開かない碧玉に焦れて、紫曜が幼馴染らしくからかう調子で言った。

「このたびの急な訪問はどういうことだ? お前、九尾の件が片付いた後は、今後はそうそう会わないみたいな雰囲気だったくせに」

 昔ならばともかく、すでに隠居している碧玉は、東隣の領地である黒家にはほとんど訪れないだろうと、本気で思っていた。その気まずさからなかなか用件を切り出せないでいるのを、紫曜は察したようだった。碧玉はぐぬぬと唇を引き結んだものの、結局、意地を張っていてもしかたがないとあきらめて口を開く。

「天祐が行方知れずになった」

 天祐というのは、碧玉の義理の弟だ。叔父の息子――従兄弟だったのだが、出産の際に母を亡くし、父まで幼少期に病ではかなくなった。弟と仲が良かった碧玉の父である青炎が憐れんで、直系に養子として迎え入れたのだ。
 これまでに様々な事件があり、今は天祐が宗主となり、隠居している碧玉が陰で支えている格好となっている。

「は?」

 紫曜がぽかんと口を開く。傍にいる雪花と侍女も、驚いて口元に手を当てた。
 碧玉は聞香杯もんこうはいに入れられた青茶を茶杯に移し、聞香杯に残った香りを楽しんでから、茶杯を取って茶を飲む。

「……美味い」
「まあ、ありがとうございます」

 碧玉の褒め言葉に、雪花が礼を言う。紫曜が茶几に身を乗り出した。

「いやいや、のんきに茶を堪能している場合か! 白家の宗主が行方不明とは、大事ではないか」
「だから私自ら、こうして黒家まで出向いたのではないか。だが、それと茶の良さを味わわぬのは別のこと。このような素晴らしい茶に失礼だろう」
「ああ、これは黄領での特に良い茶でな。褒めてくれたのは素直にうれしいが……。お前のお茶好きは相変わらずだな」
「茶は私の数少ない気晴らしだ。菓子の取り合わせも素晴らしい」

 碧玉のつぶやきに、雪花はにっこりしている。

「あいにくだが、碧玉」
銀嶺ギンレイだ」
「お前がウン銀嶺という仮の名を使っているのは知っているが、ここにいるのはお前の事情を知っている者のみだ。構わぬだろう」
「外では碧玉と呼ぶなよ」

 碧玉は釘を刺すと、紫曜に続きを促す。

「黒家には天祐殿は来ていないぞ」
「ああ、知っている」
「探しに来たのではないのか?」
「私は出向いたと言った。紫曜、天祐は恐らく黄領にいるはずだ」

 紫曜は茶杯に視線を落としてから、碧玉のほうを見た。

「この茶の黄領か? 居場所は分かっているんじゃないか」
「そうだな」

 碧玉はお茶をもう一口飲むと、茶杯を茶托に戻す。

「紫曜、最近、黄家の先代の宗主と正室が立て続けに亡くなったのは知っているか?」

「え? ああ、そうだな。宗主の葬式には私が、正室の葬式には母上が、黒宗主の名代みょうだいで参列したぞ。父上はまだ遠出できるほどの体調ではないからな。そういえば、葬式の場では、天祐殿には会わなかったが……」

 それがどうしたのかと、紫曜は問う。

「ああ、天祐は黄家を嫌っているから、使者を立てて済ませたと聞いている。それはひとまず横に置く。二人が亡くなった原因を聞いているか」
「急病と聞いていたが……まさか違うのか」

 紫曜がけげんそうに問う。

「それは表向きの理由だ。白領には、こんな噂が流れてきた。白碧玉の怨霊おんりょうにとり殺された、と」

 応接室に沈黙が落ちた。
 三人の視線が碧玉に集まる。紫曜が好奇心を隠せない様子で確認する。

「まさか、本当にお前が殺したのか?」

「言うと思った。馬鹿ではないか。現宗主ならともかく、どうして私が先代の宗主をわざわざ暗殺せねばならんのだ。好色こうしょくがすぎて、場末の女郎屋じょろうや梅毒ばいどくにかかり、隠居させられた愚か者だぞ」

 碧玉は鼻を鳴らす。もし恨みがあったとしても、放っていても死にそうな者に、わざわざ手出しはしない。

「現宗主というと、黄夏礼オウ・カレイ殿か。お前がそこまで言うほど、仲が悪かったか?」

 紫曜の問いに、碧玉は大きく頷く。

「昔は黄公子のことなど興味はなかったが、宮廷での件で嫌いになった。あの男の姉は、天治帝てんじていの正室だ。黄公子はなぜか私を昔から嫌っていた。妃らの悪意に便乗して、嫌がらせをされたのだ」

「夏礼殿はどうして無事に生きているんだ? 先帝はもちろん、当時の妃は全て、天祐殿の策で皆殺しにされただろう?」
「天祐が殺したのは、私が賜死ししを受けた時に居合わせた者達だ」
「そういうことか。運良く生き延びたのだな」
「私自身、あれのことなど忘れていたが、黄家の噂のせいで思い出したところだよ」

 碧玉は白家の仕事にばかりかまけて、他人のことに興味がない。こんなことでもなければ忘れたままだったはずだ。

「その噂は面白おかしくこう呼ばれている。『美女画びじょがかい』……とな」
「美女画? 男のお前とは、なんの関係もないではないか」

 紫曜の指摘に、碧玉は決まりが悪くなって黙りこむ。自分の口から説明するのが嫌になり、後ろに控えている側近の灰炎を呼んだ。

「灰炎」
「は。黒家の若様、僭越せんえつながら、私が説明いたします。その美女画というのは、とある刺繍師を手に入れるため、碧玉様が女装した時の姿を絵にされたものなのです」
「「「……は?」」」

 今度は紫曜だけでなく、雪花と侍女の声もそろった。
 碧玉は彼らから目をそらし、開けられている窓の向こうで、雪がちらちらと降る様をじっとにらんでいた。
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