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2巻後の番外編(読み切り)
6:境界の内と外
しおりを挟む飛燕の案内で、竹林を見て回ったが、特に何も無かった。
雪瑛に言わせれば、虫の妖怪のにおいはするものの、野生動物のにおいと混じって上手く追跡できないらしい。
奥まで深入りするのは危険と判断して、碧玉達は雲嵐の家まで戻ってきた。
「お帰りなさいませ。しっかり準備を整えておきましたので!」
灰炎が出迎え、丁寧にあいさつをした。
「手間をかけさせたようだな。ありがとう」
天祐は集まった村人達に礼を言い、灰炎に命じてささやかな駄賃を一人ずつに配っておく。こんな山奥の村では、金を得るのは大変だ。皆、感謝をして帰っていった。
「彼らは雲嵐殿のことがあるのに、どうして手伝ってくれたんだ?」
天祐が飛燕に問いかけると、飛燕はそんな天祐のことが不思議だと言わんばかりに答える。
「この村に、領主様が直々にいらっしゃるなんて、何十年ぶりか分かりませんよ。歓迎するのが当然です」
「俺は初めてだが……」
天祐は碧玉のほうを確認した。
「ああ、ここは平穏でな。特に問題も起きぬゆえ、先々代ですら、訪問していないはずだ」
「あの災厄の時でもですか?」
「そうだ。恐らく、救援要請がなかったのは、松伯様が守られていたからだろう。祓魔は苦手でも、結界で守るくらいはできるのではないか?」
碧玉自身も来たことはないと遠回しに答える。
「それでは、今回の件はどういうことでしょうか」
「ふむ……。悪しき者を近づけぬようにすることはできても、いったん入りこまれたら追い出す術がないのではないか? 夫婦になるというのは、村とのつながりを作るということだ。よそ者と家族では、出入りのしやすさに違いが出るものだ」
それに……と碧玉は雲嵐の家の周囲を見回す。
「ここは恐らく、村の境界の外だ。地形を見るに、あの小川が境界になっているはずだ。松伯様の守護範囲外やもしれぬ」
たいていは地形を利用して結界を作るものだ。
雲嵐の家の前には、小川が流れており、そこに木板を渡しただけの橋がある。松伯のいる広場を中心に家が集まり、周囲には田畑が作られていた。一番外側には石を積んだだけの塀が築かれ、木製の簡易な門もある。
「この家は、元々は物置だったのを、家に改築したのです。私がいると縁起が悪いから、ここに住むようにと祖父に言われまして……」
雲嵐は苦笑した。
「村に住まわせてはいるが追い出したようなもの、か。あの老人はなかなかの食わせ物のようだな。なぜ、そうもお前を軽んじる? 直系の男孫ならば、かわいいものではないのか」
七璃国では男の家系を継ぐものなので、男が生まれただけで喜ばれる場合が多い。
「祖父は私に期待もしていたのでしょうが、それと同じくらい、松伯から私を離したかったのでしょうね」
雲嵐は少し困った様子で、そう言った。痛みをこらえるように目を伏せる姿に、碧玉は違和感を抱く。
「お前は、松伯様のことを兄のようなものだと言っていなかったか?」
「神と親しくするのを喜ぶばかりではない、ということですよ」
雲嵐はあいまいなことを言って、すっと家のほうを示す。
「どうぞお入りください。村人が食料を置いていってくれましたので、私は夕餉の支度をいたしましょう」
「雲嵐殿、私も手伝います」
家の外にある竈に向かう雲嵐を、灰炎が追いかける。
碧玉は顎に手を当ててつぶやく。
「まったく、これは馬家の問題がからんでいるのか? 面倒だな」
飛燕のほうを見ると、彼は後ろ頭をかいた。
「そんな風に俺を見られても、分かりませんよ。ただ、雲嵐が霊力を失った途端、村長が冷たくなったのは事実です。村の年配者も、村長をなだめようとしたんですよ? それでもこの通りです」
「ふん。まあいい。まずは雲嵐の妻をどうにかせねばな。飛燕、お前は帰るがいい。間違っても、夜中にここに来ようとするでないぞ。朝日が出るまで、戸締りをして、決して外に出るな」
碧玉が重々しく忠告すると、飛燕は青ざめる。
「そんなに危ないのですか?」
「もし悪しき者だったら、正体を見た者を生かすと思うか?」
「ひっ。わ、分かりました。村人達にも注意をしておきます! では、俺はこれで失礼します」
飛燕はあいさつをすると、慌てた様子で、飛ぶように帰っていった。
天祐は呆れをこめて、碧玉に問いかける。
「兄上、脅しすぎではありませんか?」
「十数年も姿を見せなかった領主が、妖怪退治をするという。見物したいのが人情ではないか?」
「そんなものですかね?」
「この私が、わざわざ忠告してやったのだ。これで見物に来たら、ただの愚か者といえよう。それで巻き添えをくらって死んだとしても、自業自得ゆえ、我らの責任にはならぬ」
「そこまでして見たいものですか?」
天祐は首を傾げている。
「お前、田舎の娯楽の無さを知らぬようだな。喧嘩と処刑すら娯楽にするものだぞ。人間に危害が加えられぬ妖怪退治ならば、余計に興味が惹かれるだろうよ」
碧玉は口端を吊り上げる。
「無事に解決した暁には、民らにお前の式神でも見せてやるがよい。大喜び間違いなしだ」
「はあ……。それで俺を支持してくれるなら、安いものですかね」
妖邪の類が身近にありすぎて、天祐にとっては些事にすぎないらしく、ぴんときていないようだ。
幼い頃に市井の者と友好を築くように仕向けたわりに、変なところで世間知らずな天祐を眺め、碧玉はやれやれと肩をすくめた。
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