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2巻後の番外編(読み切り)
3:馬雲嵐
しおりを挟むまずは松伯に教えられた青年団の長に会いに行くことにして、松の広場を出て石段を下りていくと、槍を持った青年が現れた。黒髪を緑の巾でまとめており、動きやすそうな緑と黒の衣を着ている。
「白宗主様でしょうか。この村の青年団で長をしております、飛燕と申します。遅くなりまして申し訳ありません。ちょうど見回りに出ておりました」
その場に平伏してあいさつをする飛燕に、天祐は問いかける。
「君が飛燕殿か。松伯様から君を探すように言われたところだよ。俺は白天祐だ、どうぞよろしく」
天祐が頭を上げるように言うと、飛燕は尊敬のこもった目で天祐を見た。
「ええ、はい……。さすがは道士様。松伯様とお話ができるのですね」
「姿を見て会話もできるよ。君は見えないのか?」
「武芸をしているせいか、なんとなくあの方の気配は分かりますが、それ以外はさっぱりですね。お聞きになりたいのは、馬雲嵐についてでしょう? 村長の孫の……」
「孫?」
天祐は問い返す。
「村長が説明されませんでしたか? まあ、しかたがありません。馬家の方は、身内には厳しいんですよ。霊力がある者以外は、さっさと家から出してしまいますからね」
飛燕は気まずげに頬をかいた。
「俺は雲嵐と友人でして。あいつは子どもの頃は霊力があって、松伯様とも普通に会話をしていました。長じるにつれて霊力が消えたので、成人するなり、村長の命令で、村外れの家へ移されたんです」
気の毒だが、馬家はこの村の権力者で、誰も口答えはできないのだと飛燕は説明した。
「ふん、なるほどな。素質はある血筋の者か……」
後ろで静かに話を聞いていた碧玉は独り言をつぶやく。
「憐れだが、能力主義ならばしかたがない。それがなければ仕事にならぬのだからな」
能力の可否による差別は、白家で生きてきたからこそ、碧玉にもよく分かる。
だからこそ、碧玉は天祐の才能に嫉妬して、嫌がらせをしていたのだ。今でこそ天祐を受け入れていても、時折、天祐が無意識にあらわにする天才性に腹が立つことはある。
気まずげに肩をすくめる飛燕に、天祐はとりなすように言った。
「銀嶺の言うことは気にしないでくれ。――それで、まさかその彼は家を追い出されたことに絶望して、よからぬ術を使ったという話ではないよな?」
「そんなまさか! 雲嵐は良い人間です。昔から優しくておおらかで、今でも村内で困り事があれば、率先して手伝いに行くほどです。村長はともかく、ご両親は雲嵐を気にかけていますから、虐められているわけでもありません」
友人なので庇うのは当然としても、大げさに言っているようには見えない。
「とにかく一度、あいつと会ってみてください。案内しますから」
これ以上、飛燕が言っても逆効果だと思ったのか、飛燕はそう切り出した。
「分かった。そうしよう」
「その者の家は遠いのか?」
碧玉の問いに、飛燕は首を横に振る。
「いいえ、すぐそこです」
「これだから田舎者の言う『すぐそこ』は信用ならんのだ!」
なんとなく嫌な予感はしていたが、碧玉の思った通りだった。飛燕はすぐそこと言ったが、碧玉にとってはそうではなかった。
松の広場からいったん村の入り口まで下りて、そこから違う山へ向けて水田の脇にある山道を登ると、竹林のふもとに雲嵐の家があった。こぢんまりとした石積みの家で、屋根は茅葺きだ。
「え? すぐそこじゃないですか」
青年団の長をしている武芸者だけあって、飛燕は健脚の持ち主だった。けろりとして首を傾げる始末である。天祐や灰炎、雪瑛までも平気そうだが、あいにくと毒を飲んでから、碧玉は体力が落ちている。一人だけ疲れているのが情けなくて、苛立ちをこめて問う。
「貴様にとっての遠いとはなんだ?」
「あの山に突き出ている峰が見えますか? あの辺はいい猟場なんですが、歩いて一日ほどかかります。あれくらいですかね」
飛燕にとって歩いて一日の距離が遠いのならば、確かにここはすぐそこだろうと、碧玉は嫌でも納得した。
「はあ。もうよい。馬雲嵐を呼んでまいれ」
「はい。ああ、あそこにいますよ。雲嵐!」
飛燕は竹林のほうへ駆けだした。籠を背負った青年が、ゆっくりと下ってくるところだった。飛燕が説明したようで、青年は慌ててやって来て、天祐の前で平伏する。
「私なんぞのために、白宗主様御自ら、ご足労いただきまして、誠にありがとうございます!」
雲嵐はおおげさな態度であいさつした。不興を買ったら殺されるとでも思っていそうだ。
そんな雲嵐の顔と態度を見て、碧玉はひと目で悟った。
「善人だな」
「ええ、どう見ても、良い人間です」
「こんなに分かりやすい者もいませんよね」
天祐や灰炎も、碧玉の言葉に同意する。足下で、雪瑛も「ケンッ」と鳴いて賛成を示す。
妖邪はもちろん、多くの人間を見てきた碧玉達は、ある程度は人を見抜く目を持っている。これほど分かりやすく善人の気質をばらまいている人間も滅多といない。
雲嵐は黒髪を結い上げて、頭の上で一つに束ねている。芥子色の上衣と黒い下衣を身に着けており、清潔で手入れされた様子から察するに、生活に困っているわけではなさそうだ。
「……ふむ」
碧玉は雲嵐のうなじに目をとめた。雲嵐は地面に額づいているので、襟ぐりが開いて、自然と見えたのだ。
「灰炎」
「はっ」
碧玉が灰炎に雲嵐のうなじを示すと、それだけで察した灰炎は、雲嵐の襟を掴んだ。
「えっ、なんですか? ぎゃあっ」
灰炎が衣を引っ張り、雲嵐の肌をさらす。当然、雲嵐は混乱して悲鳴を上げた。平凡な顔立ちだが、どんぐりのような大きな目をしているのでどこか幼い。その目に恐怖が浮かぶ。
「宗主様、どうか雲嵐の無礼をお許しくださいっ」
何を勘違いしたのか、飛燕も平伏して叫んだ。碧玉は大帯に差していた扇子を手に取り、雲嵐のうなじを示す。
「落ち着け。飛燕よ、そこを見てみよ」
「へ?」
飛燕は恐る恐るそちらを見て、目を丸くするや、声を上げる。
「うわっ。雲嵐、そのあざはなんだ!」
「え? あざ?」
雲嵐が自力で見るには難しい場所に、植物の葉を模した赤いあざがついている。
碧玉はいっそ感心してつぶやく。
「このような模様は初めて見るが、松伯様が天祐を頼るのも理解できるな」
「ええ、これはどう見たって、妖怪の類いが付ける目印ですね」
「こんなに分かりやすく憑かれているとは……。松伯様が周りに手出ししないように言うわけですな」
天祐や灰炎も、うんうんと頷いている。
置きざりにされている雲嵐は、青ざめた顔で質問した。
「あの、どういうことでしょうか。私の首に何かあるのですか?」
碧玉はこくりと頷いた。
「ああ、あるぞ。まあ、そのあざ自体は大したことはない。ただ、この事態を放っておけば、近日中に貴様の死体が一つできるだろうな」
「え、し、したい? ええっ、死体ですかー!?」
驚くあまり、雲嵐は村中に聞こえそうな大声で叫ぶ。
「うるさい奴だな」
「いえ、兄上。叫びたくなるのが普通ですよ」
顔をしかめてぼやく碧玉に、天祐が小声で言った。
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