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2巻
2-1
しおりを挟む狐はだれだ
その日の午後、白碧玉は濡れ縁に座り、庭を眺めながら、のんびりと茶を楽しんでいた。
木々の葉は赤や黄に染まり、秋の到来を告げている。この頃、風に冷たさがまじり始めたが、日中はまだ汗ばむような陽気が続いていた。
「主君、梨はいかがですか。今年のものは甘く、上出来だそうですよ」
灰炎が膳を運んできた。その上には、一口大に切り分けた梨がのった皿が置かれている。
碧玉が天治帝から賜死を受ける前は、灰炎は碧玉を名前や宗主で呼んでいた。配下が上位の者の名前をむやみに呼ぶのは不敬なこととされているが、幼い頃から傍仕えをしていて親しいため、碧玉が許していたことだ。しかし、今は世間的には、碧玉はすでに死んだ身だ。誰かに名前を呼ぶのを聞かれて困ったことにならないように、主君へと呼び改めた。
「見るからに上物だな」
碧玉はさっそく梨を口に運ぶ。みずみずしく、甘ずっぱい。
「確かに美味だ。お前も食べてみよ」
「それでは失礼して。ほう、これは美味い。滅多に褒めない料理番の親父さんが、おすすめするだけはありますね」
美味い茶と季節の果実を楽しんでいるところへ、白天祐が足早にやって来た。
「天祐、ちょうどいい時に来た。お前も梨を……」
「兄上!」
あいさつするなり、天祐が大きな声を出す。碧玉は眉をひそめた。しかし、碧玉が騒がしいと注意する前に、天祐は碧玉の傍らに正座して、まるで浮気を目撃した亭主みたいな態度で詰め寄ってくる。
「兄上、いったいいつの間に親友なんてできたんですか! 俺、知りませんでした!」
碧玉は天祐をきょとんと眺めてから、わずかに首を傾げる。灰炎へと一瞥を寄こした。
「聞いたか、灰炎。私に親友がいるらしいぞ」
「これはこれは。長らくお傍におります私も初耳ですな、主君」
灰炎の声には、面白がる調子がにじんでいる。
白家の利益が第一で、家族以外では、領の損得が判断基準である碧玉に、友などいるはずがない。そもそも碧玉は冷たい性格をしているので、家人ですら適切な距離を保っている。
「黒紫曜殿ですよ」
天祐は名をあげて、手紙を見せる。
「ああ、紫曜か」
その名を聞いたのは、随分久しぶりだ。碧玉は誰のことだか分かって納得し、すぐに眉をひそめた。
「あやつ、私が死んだからと、また調子の良いことを適当に言っているな」
灰炎が天祐に事情を教える。
「天祐殿、確かに黒紫曜殿は碧玉様の幼馴染ではございますが、どちらかというと、腐れ縁のようなものですよ。黒家の次期宗主候補なので、交流があっただけのこと」
「灰炎の言う通りだ。いったい何を書いて寄こした? どうせ厄介事を持ちこんだのだろ。あやつは昔から、都合が悪い時にこそ口が達者になる」
碧玉と灰炎がそろって迷惑そうにしているのを見て、天祐は落ち着きを取り戻す。
「厄介事といえば、確かにその通りですが……。黒紫曜殿なんて方、白家にいらっしゃったことがございますか?」
「ああ。行事があれば顔を出すぞ。お前の元服の時も、黒宗主の代理で顔を出したはずだ。顔を見れば分かるだろう。黒家はたいてい、黒髪に紫眼だ」
それでようやく、天祐は誰か思い出したようだ。
「……あ! 青炎様のご友人のご子息ですか?」
「それだ。現宗主の黒輝殿は、父上とは親しくされていたのだ。忙しい中、葬式にも来てくれた。父上は私よりも交友関係が広かったのでな」
父・青炎は公平で穏やかな人柄だったので、白家の内外問わず慕われていたものだ。
黒家の領地は白家の東隣に位置しているし、黒輝と友人なのもあって、青炎は積極的に交流をしていた。白家と黒家の生業が似ているのも理由だ。
白家は、符呪術を得意として、修業で霊力を高めて妖邪退治をしたり、風水を扱ったりするのを専門とした道士が集まっている。一方で、黒家は霊力を神降ろしに使う巫術を得意としている。彼らも霊力を高めればある程度の妖邪退治はできるが、白家ほど強くはない。占いのほうが専門だ。その代わり、神がかりの儀式中は無防備になる魂を守るために、結界術が発展している。白家が攻撃、黒家は防御を得意としているという違いがあった。
「しかし、兄上とそれほど親しくお話しされていた覚えはございませんが」
「あやつはおおむねは害の無い男だが、調子の良いことを適当に言うところが、私は嫌いだった」
「……なるほど」
天祐は一つ頷いた。碧玉が軽薄な輩をことさら嫌っているのを知っているからだろう。
「手紙を読まずとも分かるぞ。どうせ、『先代の親友であったことに免じて、助けていただきたい』とかなんとか言って、慈悲をこうているのだろうよ」
「まさしくその通りです、兄上」
天祐はそう言って、手紙を差し出した。碧玉は高級紙に書かれた流麗な文字に視線を向ける。女手を思わせる美麗な字だけは、当時から称賛していたことを思い出した。
「黒家に怪異の問題が起きていて困っているが、内政不安がばれると民が動揺するため、内密に処理したいわけだな。あやつがこの屋敷までわざわざ訪ねてくる、と」
碧玉はふっと意地悪く笑う。
「天祐、宗主として紫曜に会ってやるといい。そして、こう質問してやれ。『親友でしたなら、どうしてあの時、兄上にご助力くださらなかったのか』と。あやつが狼狽して冷や汗をかく様子が目に浮かぶ」
悪い顔をして、くっくっと喉奥で笑う碧玉に、灰炎が同調する。
「それはよろしいですね、主君」
灰炎も面白がって、にやにやしている。
「確かに、その通りです。あの頃、宮廷では黒家の者を見かけませんでしたが、この言葉はかちんときます」
天祐はすっと目を細めた。碧玉を死に追いこんだ者に、天祐は怨霊を使って祟り殺すという仕返しをして、全員破滅させたのだ。
(おっと、一応、口添えしておかねば、紫曜まで殺されるかもしれぬな)
碧玉は調子の良いことを言う幼馴染をからかうつもりだっただけだが、根が素直な天祐は鵜呑みにしかねない。
「手紙に書かれている問題とやらのせいで、領から離れられなかったのではないか? 黒家も、白家と同じく、宮廷には滅多に顔を出さぬほうだ。昔から黒家は巫術に長け、法具や道具作りの技術師でもあるからな。どこが面白いのだかよく分からぬものを研究するのを喜びとしているが、あれでなかなか腕が良い。我が家でも、昔から世話になっている」
「つまり、白家とは仲が良いのですか?」
天祐の問いについて、碧玉は少し考えこむ。結局、首を横に振った。
「さてなあ。昔から、家でも領地でも、隣の者とは仲が良いか悪いかしかないと俗にいうだろう。父上の代では、良好だったが……」
黒家のことを思い出すと、どうしても碧玉の声には苦いものが含まれる。
「兄上は?」
「私の代でも白家は黒家にとって上等な顧客であっただろうが、両親が黒家の宴席で亡くなった件もあって、疎遠だったな。それに、私は妖邪退治に出かけてばかりで、外交はさほどしておらぬ。他領の問題を解決してやったのだから、黒家のみならず皆、私に恩は感じているはずだが……」
結果として、宮廷では誰も碧玉を助けようとしなかったのだから、恩を着せ過ぎて負担を感じていたのかもしれない。ほどこしが過ぎると恨みを買うこともあるのだから、人間関係というのは厄介極まりない。
「ええと、では、黒紫曜は善人なのですか?」
そんな問いを投げかける天祐を、碧玉はじっと見据える。
「それは人柄の問題か? 世間の評判か?」
「人柄のことです」
「個人で見れば善人かもしれぬが、それがいったいなんだというのだ。奴が黒家では良い人間でも、白家に対してそうとは限らぬ。あれで馬鹿ではないし、腹が読めぬ時もあるゆえ、扱いやすくはない」
碧玉は皮肉っぽく口をひん曲げる。
「それに善人というのがお人好しという意味なら、私は関わりたくない。親切といえば聞こえが良いが、そういう輩は何かと問題を拾ってくるものだからな。そして援助を断れば、『冷たい奴だな。お前には優しさというものはないのか!』などと、うるさいことを言ってくる。それで、いさかいの板挟みになって調停に奔走するような、面倒なことになるくらいなら、私は冷たい人間でいい」
「つまり、黒紫曜という人は……?」
天祐がおずおずと問うので、灰炎が碧玉の代わりに答えた。
「ですから、天祐殿。どちらかというと腐れ縁だと、初めに私が申し上げました」
「……なるほど」
天祐は神妙に頷く。
黒紫曜は碧玉にとって、親友でも友でもなく、ありていに言えば疫病神と呼ぶのがふさわしいかもしれない。
それから一週間もしないうちに、黒紫曜が従者を連れて訪ねてきた。
黒紫曜は背が高く、天祐と並ぶほどだ。
彼は頭の上半分だけ黒髪を結い、きらびやかな銀の冠でまとめている。明るい紫の目は切れ長で、細長の顔立ちは整っている。左目の下、上下に二つ並ぶほくろが印象的だ。
服装は仰々しく、大きな袖のある黒い衣には、紫の糸で護りの刺繍が念入りにほどこされている。白家ほど霊力は高くないが、黒家は昔から、結界術や占い以外では、法具を作ることに長けていた。
黒家はその高い技術力を宣伝する意図もあり、直系の人間はたいてい、普段着でも結界術を付与した、無駄に防御力が高い格好をしている。突然、襲撃にあったとしても、その衣の術に守られるだろう。
「黒紫曜殿、白家へようこそ」
天祐は親しげな笑みを浮かべ、紫曜に拱手をした。
この日の天祐は、紫曜に相対するために、上等の衣で武装している。
普段は動きやすさを重視して、武官のような装いでいることがほとんどだ。白家の直系らしく白は必ず使い、あとは好みで紺色を差し色にしている。その際、動き回るのに邪魔な袖を、手甲でとめている場合が多い。今日ばかりは、天祐は屋敷で碧玉が好んで着ているような、広い袖の衣を選んでいた。登城するわけではないので、最上級の礼服を着る必要はないが、黒家の後継者との面会なので、灰炎の監修の下、碧玉は天祐が宗主として面目が立つ程度には身なりを整えさせた。
「白天祐殿――いえ、白宗主」
紫曜も丁寧に礼を返す。そして、年長者らしい態度で微笑んだ。
「しばらく見ない間に、ご成長なさいましたな。面会の機会をいただき、感謝申し上げます」
「水くさいですよ。黒紫曜殿は、私の元服の儀に参加してくださったではないですか。青炎様も、黒宗主と懇意にされておいででした。白家と黒家の仲ではありませんか」
「そう言っていただけると、私も気持ちが軽くなります」
二人は友好的なあいさつをかわした。
「さあ、どうぞこちらへ」
天祐はにこやかに話しかけ、紫曜を客間へと案内する。内密の話をするのにうってつけな、公人が立ち入らない静かな部屋だ。
この客間は小さい造りをしているが、白木の美しい几があり、窓からは庭が見える。季節の変化を楽しめる風雅な場所だ。
「庭が一望できて美しい部屋ですね。……え?」
さっそく褒めようとした紫曜は、ぎょっと目を開き、分かりやすく口元を引きつらせた。
その窓辺に、灰炎とともに碧玉の姿をした式神が立っていたせいだ。紫曜の従者である二人の男も、静かに動揺する。
「紫曜殿、どうぞお座りください。ところで、お話の前に、手紙に書かれていた件についてお伺いしたいのですが」
「え? ええ、なんでしょうか」
椅子に腰かけ、紫曜は問い返す。
紫曜は式神と灰炎を気にしてちらちらと見ているが、明らかに疑問を口にするのを我慢していた。
「兄上と親友だったのでしたら、どうして兄上の窮地に駆けつけてくださらなかったのか。親友とはすなわち、『刎頚の友』のことでしょう?」
天祐の青い目が、ぎらりと光る。
嘘も言い逃れも許さないという強い眼光に、紫曜と従者の顔は青ざめた。
刎頚の友とは、友のために首をはねられても悔いはないというほどの友情のことだ。
天祐が怒りをあらわにすると、天祐からゴウッと風が吹き始めた。強い感情のせいで霊力が暴走しかけているが、天祐はそのぎりぎりで手綱を握っている。
「兄上、親友にまで裏切られたとはおかわいそうに……」
碧玉の姿をした式神を傍らに呼び、天祐はその手を握る。
非業の死を遂げた兄を、いまだに盲目的に慕う義弟という姿を見せつけられ、紫曜達の顔色はいっそう悪くなる。紙のように真っ白だ。
天祐からの重圧に耐えかねた黒紫曜が、椅子を立ち、その場にひざまずいた。
「申し訳ありませんでした、白宗主! あの手紙に書いたことは、実は嘘だ!」
「……嘘?」
「あ、いや、嘘というか。親友というのは大げさだった。あなたの兄上とは幼馴染で、友人ではあったのだが……」
しどろもどろに言い訳をする紫曜の後ろで、従者も平伏して、謝罪を示す。
「ふっ。聞いたか、灰炎。私に友がいたらしいぞ」
実は碧玉は最初から、隠遁の術を使って姿が見えないようにし、式神の後ろに隠れていた。
式神を置いたのは念のためだ。碧玉が式神のふりをするのは無理がある。式神には生命力がないので、顔色や表情を見れば違和感を覚えるものだ。それに、隠遁の術は気配までは消せないので、何も無い場所にいると、直感に優れた者には変な感じがするはずだ。一般人なら誤魔化せても、黒家の後継者は見抜くと踏んでのことである。
「え?」
思わず碧玉が笑ってしまったので、紫曜はこちらを見る。いや、見ようとしたが、天祐が視界に割りこんで邪魔をした。
灰炎がゴホンゴホンとわざとらしい咳をして、まるで自分が言ったのだと言いたげに、雑に誤魔化す。
「碧玉が窮地にいたことを、私も父も知らなかったのだ! あの白碧玉だぞ。冷酷な性格をしていて、たった十六で後を継いだというのに、あっという間に白領の手綱を握った。あの切れ者が、まさか帝になりたての若輩者などに追い詰められるなんて思わなかったんだ!」
「……まあ、切れ者というところは認めましょう」
風が和らぎ、天祐の態度がわずかに落ち着く。天祐が目で「それで?」と続きをうながすので、紫曜は慌てて口を開く。
「そもそも黒家は、宮廷のことに関わっている暇がなかった。先祖が封じた九尾の狐塚が崩れて、奴が逃げてしまったんだ。それを一族総出で追跡していた。あの月食の厄災のせいだよ! あの日からずっとてんてこまいだ」
「黒家からの救援要請はなかったと思いますが?」
「そりゃあ、そうだろう。白家宗主は代替わりをしたばかり、しかも厄災が起きた後、私財をなげうって自己犠牲をしてまで、国内を落ち着けようと駆けずり回っている。こちらとて、巫術を磨いてきた自負があるのだ。安易に助けを求めるなど、矜持が許さぬ!」
天祐はなるほどと頷いて、理解を示した。
「手紙の件は、その狐のことですか?」
「そうともいえるし、そうでもないかもしれない。いや、俺の直感はそうだと告げているが……これは黒家の異能だから、そうでない者に説明しづらいものだ」
「左様ですか。まあ、そのことはあとで話すとして」
「え、おい、かなり重要な話なのだが」
紫曜は言いつのろうとして、口をつぐむ。天祐が鋭い目つきでにらんだせいだ。
「もし兄上のことを知っていたら、あなたは口添えくらいしたのでしょうか?」
「まだその話を引っ張るのか? 義弟が碧玉を熱烈に慕っているようだと、黒家の家人から聞いてはいたが……」
「そんな当たり前のことはどうでもいい。どうなんですか、黒紫曜殿」
「共に首をはねられるのまではさすがに無理だが、口添えくらいはしたさ! 黒家にいる、親切で優しい皆の兄貴とは、まさに俺のことだからな!」
紫曜がぺらぺらと話す内容を聞いて、天祐は分かりやすく圧倒されていた。碧玉と違い、天祐には紫曜の騒がしさと正直さは好ましいもののようで、口元に苦笑が浮かぶ。
紫曜は心底申し訳なさそうに、肩をすくめている。天祐は気まずげに返す。
「……あなたのお気持ちはよく分かりました。兄上との関係性を大げさに語ったことは許しましょう。どうぞお立ちください」
天祐は紫曜の腕を支え、ゆっくりと立たせる。
「分かってくれてありがとう。それでその……まだ話を聞いてもらえるのだろうか?」
厄災の日から耐えてきた黒家から後継者がやって来たということは、とうとう看過できない事態になったようだ。
「ええ。祓魔は白家の務めですから。しかし、ただ働きなどいたしませんよ。ご存知の通り、我が家は妖邪退治に多額の私財を投じましたし、帝にお詫びを献上しましたから、無償奉仕をする余裕などありません。財を回復せねばなりませんので」
「もちろんだとも。旧友だからこそ、礼儀はわきまえねばな」
椅子に座り直し、紫曜は今までの狼狽ぶりも忘れたかのように、にこりと笑う。
「どうぞ、お話しください。話を聞いてから、どうすべきか考えます」
「いいとも、すぐに返事がいただけるとは思っていないからな。話を聞いて納得していただけたら、妹の雪花と見合いをしてほしい」
驚く天祐に最後まで聞くようにと釘を刺してから、紫曜は詳細を話し始めた。
「それでは、よろしくお願いします」
「紫曜様、どうぞこちらへ」
話し合いが終わると、紫曜と従者らは、灰炎の案内で部屋を出ていった。白家から黒家まで、馬で急いでも四日はかかる。彼らは今日のところは白家に泊まり、明日の早朝に黒家へ帰るそうだ。
天祐は手紙の返事をした後から、使用人に命じて、客をもてなす宴の用意をさせているとのことだった。碧玉は対応に悩む天祐に、紫曜には美味な酒を出しておけば問題ないと言っておいたが、天祐はさすがにそれだけで済ませるわけにもいかないと、しっかりと采配していた。
彼らの足音が遠くへ去るのを待ってから、天祐が式神の術を解く。黄色の紙に朱筆で書かれた呪符が、ひらりと床へ落ちた。
「兄上、同席している間は、静かにしていると約束したでしょう?」
天祐はため息をついて、碧玉に声をかける。式神がいた場所よりも後方で景色が揺らぎ、真っ白な装束を着た碧玉の姿が現れた。
「そう怒るな、天祐。思わず奴をからかいたくなってな。しかし、隠遁の術を使うなど久しぶりだ。やはり私では難しいな。一歩でも動いては術が解けていただろう」
そういうわけで、碧玉は式神より後方にいて、じっとしていた。離れでの生活に退屈していたところに、面白そうなことがやって来たから、傍で高みの見物をすることにしたというわけだ。
天祐はゆるやかに首を横に振る。
「灰炎殿まで、つられて笑いそうになっていましたよ。お二人が紫曜殿を嫌っているらしいことはよく分かりました」
「否。特に紫曜を嫌ってはおらぬぞ。あやつの調子の良いところと、厄介事を持ちこむところは嫌いだがな」
「えっ。では、好きなんですか?」
「あやつ個人のことなどどうでもいいが、黒領は東隣にあるから興味はある。紫曜が宗主になれば、白家の害にはならぬだろうよ」
「兄上らしいお返事ですね……」
天祐は疲れをにじませてつぶやく。
「俺は昔馴染みのせいで兄上が不快な思いをしないかと、心配でしかたがありませんでしたのに」
碧玉はけげんに思って、眉を寄せる。
「黒家が裏切って、私を見捨てたかもしれないと思ったのか? ふん。私は興味のない相手にそんな真似をされたところで、何も思わぬ。ただ、己の未熟さが恥ずかしいだけだ」
碧玉は苦々しげに、口元をゆがめた。
「私は周りに助けを求めることなど思いつきもしなかった。助けを得るのが無理ならば、天治帝の妃らの弱点を探り、親である高官どもを利用して、帝に圧力をかけるくらいはすれば良かったと思ってな」
特に後半については、悔やんでも悔やみきれない。
碧玉は自嘲をまじえて、天祐に忠告する。
「結局、私とて、お前と同じく、世間知らずの若造に過ぎなかったというわけだ。私を反面教師とし、お前は気を付けるがよい」
「確かに兄上はもっと助けを求めて良かったんです。白家の者達は、兄上のためなら、反乱だって辞さなかったのですから」
天祐が反乱と口にしたので、碧玉はさらに眉間のしわを深くする。
七璃国の人間にとって、白家の能力は必要だ。だが、反乱をしでかした後で、白家が七大世家として存続できていたかは分からない。
帝の本拠である緑家に領地を占領され、白家は取りつぶされて奴隷まで堕ち、祓魔のために能力を使うだけの駒にされた可能性もある。
帝に背くことは、他の六家を敵に回すということだ。
そうなるとさすがに多勢に無勢で、蹂躙されるしかない。やはり、碧玉一人が死んだほうがいいという結論が出る。
碧玉がその辺りを説明すべきなのか考えていると、天祐がため息まじりに言った。
「……兄上が宗主として、一人の犠牲で済むならとお考えになったことも、きちんと分かっています。あの時は、あれが最善だったことも。俺が宗主だったとしてもああしたでしょう。――とにかく、俺は兄上の言いつけに従い、青炎様のように広く交流を持ち、弱点の情報収集もしつつ、人心掌握を磨くように心がけます」
天祐は声に力をこめ、恐ろしい宣言をする。もし灰炎がいたら問題視したかもしれないが、碧玉はただ頷くだけだ。
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