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1巻
1-1
しおりを挟む一、冷酷から厳格にジョブチェンジしたい
白碧玉の手から杯がすべり落ち、ガチャンッと甲高い音を立てた。
「ぐっ」
突如襲われためまいに、男は椅子の背にずるりともたれかかる。ひじ掛けに手をついて、体を支えるので手一杯だ。体がしびれ、呼吸もままならない。
「き、貴様……っ」
碧玉は震えながら、宴席の主を見た。四歳年下の、義理の弟。白天祐だ。
「やっと薬が効いてきましたか」
天祐はくすりと笑い、椅子を立つ。白家の血を継ぐにもかかわらず、天祐の髪は黒い。しかし、その青い瞳は血のつながりを見せつけた。彼の顔にある傷以外にも、体中が傷だらけであることを、碧玉は知っている。
「残念ですよ、兄上。まさか怨霊を使い、主上をのろっておいでとは」
七璃国の帝を話に上らせて、天祐は暗く笑った。
「な……んだと?」
碧玉の背中に冷や汗が伝う。
「白碧玉。お前の専横に、白雲の民は迷惑している。俺は悪しき兄をたおし、白家の長となる。そういう筋書きだよ。はは、なんだ、その顔は。まさか、さんざんいじめていた弟に、やり返されるとは思わなかったのか?」
天祐は碧玉の前まで来ると、閉じた扇子で碧玉の頬を張った。
「ぐっ」
強烈な一撃に碧玉はうめいて、椅子から転げ落ちる。
元服を終えてすぐに、弟を妖邪との戦場に放りこんだのは碧玉だ。死地で十年生き延びた者に、力で勝てるわけがない。
床に倒れても、碧玉は怒りで目をギラギラと光らせる。
欲しいものはなんだって手に入れてきた。逆らう者は殺した。この地において、碧玉は太陽そのものだった。
「無礼者めが。弟の分際で、私にこのような真似を」
天祐は呆れをこめて、深いため息をつく。
「はあ。状況が分かっていないのか? お前は今、俺にひざまずいて命乞いをするべきところだ」
そして、碧玉の左手の甲を勢いよく踏みつけた。嫌な音がして、激痛が走る。しかし、とうとう舌までしびれてきて、碧玉の喉は引きつった息を漏らすだけだ。
ここに至って、碧玉は異常事態に気づく。
宴の席で弟がこんな真似をしたというのに、誰一人止めない。目だけを動かして周りを見ると、誰もが暗い笑みを浮かべて、碧玉の失墜をあざわらっている。
この場の自分をおとしいれた敵だ。
味方がいない――その事実に、碧玉はぎょっとした。
ほんの数分前まで、皆が碧玉を宗主とあおぎ、畏怖をこめて敬っていたというのに。
「安心しろ、すぐに殺しはしない。封魔窟に放りこんで、怨霊の餌にしてやるよ。死後も魂を食われ、消滅まで苦しむがいい」
碧玉の顔から血の気が引く。
白家は怨霊や怪異退治を専門とする家で、怨念が強すぎて消し去れない怨霊を、洞窟に封じこめている。
怨霊や鬼は生者の血肉を喰うことを好むが、中には肉体から離れた魂を喰う者もいた。
生きとし生ける者は、死後に体から魂が離れ、天に昇って転生するとされている。だが、怨霊に喰われると魂は傷つき、昇天せずに完全なる無に還るといわれていた。それはこの国では恐怖の対象だ。
「連れていけ」
「やめ……待て……っ」
必死に止めようとして、無理やり声を出すと、喉から血が出た。それでも武官は無視して碧玉をかつぎ、封魔窟へ連れていく。
鋭い頂を持つ封魔山の中腹に、結界がほどこされた岩の扉があった。
その前で、武官が碧玉を地面に下ろす。そして、他の武官二人が両開きの重い扉をこじあけた。扉の向こうでは、怨霊が渦を巻いている。
「これでさようならだ、兄上。今まで可愛がってくれてありがとう」
冷たい目をして笑い、天祐が石扉の隙間から中へ碧玉を蹴り入れた。
バタンと倒れ伏した碧玉に、青黒い影がいっせいに襲いかかる。
「生者だ!」
「食らえ! ははっ、飯だ飯だ!」
怨霊により碧玉は八つ裂きにされ、魂をすすられる痛みに声なき断末魔を上げた。
◆
「……そして悪役の白碧玉は死に、主人公の白天祐は、満を持して当主の座に収まったのでした」
「はい?」
ぼそぼそとつぶやいた独り言を拾いかねて、傍仕えの灰炎が問い返した。それを、長い袖を払ってなんでもないと返す。
まったくもって意味不明だが、その白碧玉というのは、自分のことなのだ。
ほんの一週間前、碧玉は夢を見て、前世を思い出した。そこでの自分はこことはまったく違う世界に生きており、この世界のことを書物として読んでいたのだ。
書物の名前は『白天祐の凱旋』。
その題の通り、主人公は白天祐だ。宗主の弟である父親と、下女の母親の間に生まれながら、白家の祓魔業の才能には飛びぬけていた天祐は、義兄の碧玉に虐待されながら育ち、怨霊のはびこる戦場へ送られる。それを努力で身につけた剣と生まれながらの道術の才能だけで生き延び、仲間との出会いや別れを繰り返して強くなるのだ。やがて彼は凱旋して、兄を倒し、当主となる。
勧善懲悪と立身出世をえがいた英雄譚のライトノベルは、その分かりやすさと主人公の魅力、多くの美少女ヒロインの登場もあって大人気で、前世の自分も熱中して読んでいた。
だが、書物を読んでいたことは覚えているのに、そこでの自分がどんな名前でどんな人物だったのかは覚えておらず、ただぼんやりと、この世界とは違い便利なものにあふれていたことだけ、もやのかかった景色として記憶している。
これはどういうことなのか意味不明すぎて混乱した碧玉は、ぼんやりすごすうちに、一週間を無駄に費やした。
そして、自分――白碧玉としては大問題ではないかとようやく気づいて、慌て始めたというわけである。
(今の私は、十五歳。まだ天祐は元服していないが、すでにいじめ倒しているのだよなあ、これが)
将来、怨霊の餌にされて死ぬなんて、まっぴらごめんだ。
碧玉にはこれまでの記憶もきちんとあり、天祐を憎らしく思う気持ちも持っているのだが、それ以上に、弟と和解しなければまずいと焦り始めた。
「若様、お茶をお持ちしましょうか」
「いい。一人になりたいから、出ていけ」
「は」
碧玉は傍仕えを追い払い、自分の居室――青柳室に一人になった。
磨かれた銅鏡をのぞきこむと、玲瓏たる美貌の青年が見える。
(普通にしていれば美人だというのに、怖い顔をしているのだから当然、醜悪に見えるだろうよ)
人外じみた美貌だ。尻まで届く長い髪は銀色で、上半分だけゆったりと結っている。その冠からは鎖が落ち、額に青い玉を垂らしていた。目つきは鋭く見えるものの、すっと通った鼻筋は賢そうだ。白家の人間に現れる青い瞳は、碧玉の名にふさわしく、玉のごとき美しさであった。
そして、なめらかな白い絹の衣を身にまとっている。衣には水色や青の糸で、魔よけの紋様が丁寧に刺繍してあった。外見だけでなく、身を飾る全てが上質で、白皙の仙人のように浮世離れしている。
だが、白碧玉の性格は苛烈で、失敗をした使用人に厳しい罰を与え、気に入らない者は殺すことさえあり、民には乱暴者として嫌われている。
碧玉は急に過去のあれこれを思い出し、頭を抱えた。
向こうの記憶を思い出した途端、自分を客観的に見つめることになり、いかに幼稚で考えが足りていなかったかを理解したせいだ。
「こんな男が突然優しくなったら、気持ち悪いだろう。いや、そんな真似はできぬ」
甘くすればつけあがるだけ。厳しい態度は、後継ぎとして当然だ。
「しかし、だ。厳しさに理が通ればいいのでは? 道義に外れることを、正せばいい」
今後はその方針で行こうと決めると、天祐を思い浮かべた。
「……少しくらい、歩み寄る努力をするか」
天祐の才能に嫉妬して、後継ぎの座を奪われるとおびえ、碧玉は義理の弟をいじめている。
なんと情けないことか。そうやって追い詰めようとする時点ですでに、碧玉は精神的に弟に負けていた。
――後継ぎの座を奪われて、笑いものにされていいと?
身の内の深いところから、暗い声がささやく。
「笑う者は笑わせておけばよいのだ。わざわざ忙しい当主の座につかずとも、隠居して悠々自適に過ごすのもよいしな」
当主となるために、勉強と修業に明け暮れてきた身はなんの疑問も抱かなかったが、あの記憶を見ると、どうも自分は働きすぎに思われる。わざわざ寿命を縮めるように忙しくしなくてもいいのではないだろうか。
「そうだな。奴がその座を欲しいというなら、厄介ごとなぞ押しつけてやる」
嫁でももらって、白雲の地の外れで庭を愛でながら暮らすのもいい。
むしろそちらの暮らしを思うと、胸が高鳴った。
(いいではないか、隠居生活)
肩からゆるりと力が抜ける。思えば、碧玉は後継ぎとして虚勢をはり、いつも肩を怒らせていたような気がする。
(弟の様子でも、見に行くか)
天祐の立場は次男だ。
当代の白家の直系の男子は碧玉一人である。
天祐の実父は、碧玉の父である白青炎の弟だ。叔父はあろうことか下女に惚れて手を出し、生まれたのが天祐である。その下女は天祐を産んだ時に死に、叔父は天祐が七歳になる頃、流行り病で死んだ。
青炎が天祐を養子に迎え入れ直系として扱っているのは、ひとえに後継者不足のせいだった。
灰炎を供にして、天祐の居室がある離れに向かう。
しつけと称して碧玉が天祐の部屋に向かうのは珍しいことではなかったので、外廊下を通ると、使用人達が恐れた様子で頭を垂れてすっと隅に下がった。
天祐の居室――黒雲室の外観は、質素だ。
灰炎が訪いを告げるが、返事はない。戸を開けさせると、部屋の主だけでなく、部屋付の使用人すら不在だった。
「改めて見ると、ひどい部屋だな」
母親という後ろ盾がいない天祐は、使用人からも見下されている。碧玉はそれを事実として知っていたが、居室の有様を目にして、眉をひそめる。
碧玉は戸口に立ったまま、中には入らず、黒雲室を見回した。
掃除がされていないのか、ほこりくさい。天井付近には蜘蛛の巣が張っている。調度品は質素を通り越して、襤褸だ。立て付けが悪いのか、傾いているものもある。
(物置のほうが、まだいいだろうよ)
天祐の生活範囲だけは綺麗だが、それだけだ。物が少なく、殺風景である。
碧玉自身がいじめていたくせに、天祐の居室がこんな有様だと、今まで知らなかった。
(私は命じてはいないしな)
碧玉は天祐の生活に差し障るような嫌がらせはしていない。
弟の失敗を言い訳にして、罰と言っては定規で背中を叩いたり、朝まで飲食をさせずに書物の書き取りをさせたりといったことをしていた。
他に何をしていただろうか。
(何かと理由をつけては、鞭でぶっていたな……)
――これは駄目だ、終わった。
人生終了を思って、碧玉は頭を抱えたくなる。
救いは、現時点ではまだ、決定的な亀裂を生じさせる事件が起きていないことだ。
天祐は十二の年に道士としての才能を開花させる。それを見た父――白青炎は天祐を褒めて、碧玉と同格の居室を与えるのだ。
この屈辱に怒った碧玉は、天祐への虐待を加速させる。馬糞小屋に蹴り入れて糞まみれにしておいて客の前を通るように仕向け、笑いものにしたり、怨霊退治に同行させて、おとりに使い怪我を負わせたりもした。
あの書物によると、天祐は笑いものにされたことを恨みに思い、悔しさのあまり握りこんだ手の内が爪で裂けて血をにじませた、とあった。
(まだなんとかなるか……?)
床に膝をつきそうになるのをこらえ、碧玉は思いなおす。
鞭や定規で暴力を振るっている時点で相当なものだが……と、すぐにくじけそうになる心を奮い立たせる。
どんなに気が重くとも改善しなければ、生きたまま肉と魂を引き裂かれる苦しみを味わう死が待っているのだ。輪廻転生にも戻れないのは恐ろしい。
「まったく、使用人もいないとは。碧玉様、お戻りになられては?」
「そうしよう」
使用人はともかく、天祐がいないならば長居してもしかたがない。
灰炎にすすめられるままきびすを返すと、ちょうど天祐がとぼとぼと裏庭を横切ってくるところだった。
「天……」
声をかけようとして、碧玉は眉をひそめる。雨が降っているわけでもないのに、天祐は頭から足までずぶ濡れになっていた。
「天祐、そのざまはなんだ?」
「あ、兄上!」
天祐はぎくりとして、すぐさま拱手をした。
「川にでも落ちたのか?」
碧玉は天祐に近づき、思わず袖で鼻を覆う。
「くさい」
「も、申し訳ございません。その……突然、上から水が降ってきて」
「どういうことだ?」
くさい水が降ってくる理屈が分からない。
碧玉は灰炎をちらりと見た。
「灰炎?」
「は。恐らく、二階から汚水を投げ捨てた者がいるのかと……」
「はっ。我が家はいつから、そんな怠慢を許した。灰炎、すぐにその愚か者を見つけて、ここに連れてこい」
「え……?」
灰炎は驚いた様子で、返事をしない。
「なんだ? 反論でも?」
「い、いえ! ただちに!」
灰炎は拱手をして、慌ただしく母屋に続く小道を去っていく。母屋に勤めている家宰に命じるためだ。
天祐は不思議そうにしながらも、こわごわとこちらをうかがっている。
四歳年下の彼は、痩せていて背が低い。一、二歳差ならばともかく、どうしてこんなに年下の者をいたぶれたのかと、碧玉は改めて自分の幼稚さが恥ずかしくなった。
「なんだ、まさか私が命じたとでも思ったのか?」
「い、いえ……」
天祐はさっと目をそらす。まさかも何も、そう思っていたようだ。
「ふん」
碧玉は鼻を鳴らし、植え込みを眺める。
天祐との兄弟仲を破滅的に悪化させるのは回避したい。だが、今更、天祐に優しくしたいとは思わない。
しばらくして、灰炎が二人の男を連れて戻ってきた。一人は家宰で、四十代ほどの太った男。もう一人はおびえている小男だ。
「この者が犯人のようです」
灰炎が小男の背を突き飛ばした。男は地面に転げる。碧玉は男の前に立ち、じろりとにらみ下ろした。
「二階から汚水を投げ捨てたそうだな。我が家ではそのような怠慢を、使用人に許した覚えはない」
男はヒッと引きつった声を上げて、その場に這いつくばった。
「も、申し訳ございません! しかし私めは、若様のことを思って、そうしたのでございます」
「どういう意味だ」
「若様は白天祐を嫌っておいでです。ですから、私が代わりにこらしめてやろうと……」
ふざけた言い訳を聞いて、碧玉はあっという間に頭に血が昇った。大帯に差していた扇子を取り出すと、閉じたままのそれで、男の頬をぶつ。
「ぎゃっ」
男は悲鳴を上げ、地面に倒れる。そして、なぜという目でこちらを見上げた。碧玉は苛立ちを隠さず、男に冷たい目を向ける。
「下僕の分際で、こらしめるだと? 白天祐は、本来は従兄弟とはいえ、今は弟だ。私は構わぬ。兄が弟をしつけるのは当然だからな。だが、お前は違う。使用人が主家の人間を呼び捨てにするのも無礼であるのに、私の心を勝手に代弁するとは、私を馬鹿にしているのか?」
碧玉の権威を借り主人になったつもりで弟に罰を与えるというのだから、腹立たしいことこの上ない。
「家宰、そやつに家規にのっとって罰を与え、家から追い出せ。怠慢な使用人など、白家には必要ない」
「畏まりました」
「そ、そんな! 若様、どうかお許しください! 若様!」
家宰に引きずられるようにして、男がわめきながら去っていく。
天祐は何が起きたのか分からないという様子で、目を白黒させてそれを眺めていた。
「天祐」
「はいっ」
碧玉が名を呼ぶと、背筋を正して返事をする。
「貴様、下々の者に勝手をさせるとは、白家の者として恥ずかしくないのか」
「も、申し訳ございません……」
「修業の様子を見てやろうと思ったが、興が冷めた。おい、そこの者」
外廊下の隅に控えている下女に声をかけ、碧玉は扇で手招く仕草をする。
「こやつに湯を使わせろ。それから、黒雲室の担当はお前か?」
「い、いいえ」
下女はおびえて、声が震えている。傍に洗濯桶があるので、洗濯女だろう。嘘はついていないはずだ。
碧玉は舌打ちをする。
「ちっ。灰炎、部屋の担当も追い出せ。白家の者を見下すなど、許しがたい。新しい者をつけて……」
碧玉は下女を見下ろした。このように地位の低い下女ならば、他の家僕のように、天祐を見下す真似はしないだろうと踏む。
「お前にしよう。お前、名は?」
「青鈴と申します」
「では、青鈴。お前はこれより、黒雲室で天祐の世話をせよ。灰炎、洗濯は他の者に回すように上手く采配しておけ」
「は」
灰炎は再び驚いていたが、すぐに言いつけられた仕事をするため、母屋のほうに向かった。
下女の青鈴はあぜんとしている。彼女にしてみれば、たまたまそこにいただけで、下女から侍女に格上げされる幸運に見舞われたのだから驚きだったに違いない。
そして、天祐もぽかんとしている。
「……兄上?」
「勘違いするな。怠慢を許せぬだけだ」
碧玉はぷいっと顔をそむけると、自分の部屋に帰るために、悠々と歩き去った。
◆
「碧玉、天祐を助けたそうだな」
翌日。現在の宗主であり、実父でもある白青炎の執務室に行くと、碧玉があいさつする前に声をかけられた。礼儀にうるさい青炎が前のめり気味なので、碧玉は目を丸くする。
「いいえ、助けてなどいません。下僕ごときが白家の者を見下していたので、風紀を正しただけにございます」
「白家の者か。おかしいな。お前は白家の者として、天祐を認めていなかったはずでは?」
「天祐を直系と定められたのは父上です。私は家規に従ったまで」
今更ながらあいさつをしてから、碧玉はふいと目をそらす。
真面目で実直な父が、目をにこにこと柔和にして、碧玉を見つめている。
白家の者は、そうだとひと目で分かるように白い衣に身を包んでいる。青炎も上質な絹の衣を重ねており、銀髪と濃い青の瞳を持っていた。彼は公平な人柄で、まるで裁判官のように厳かな空気をたずさえている。
青炎は、これまで幼稚で苛烈な真似をする碧玉に手を焼いていた。
敬愛する父に叱責されて、碧玉はさらに天祐への憎悪をつのらせるばかりだったから、こんなふうに愛おしむように見つめられると、心の内がもぞもぞとしてしまい、目を合わせられない。
「ふふ。そういうことにしておこうか」
青炎が微笑むと、途端に近づきやすい雰囲気になる。彼は立ち上がり、わざわざ碧玉のもとまでやってきて、頭をなでた。
「子ども扱いしないでください」
碧玉はますます身の置き所がない気分になるが、動揺のあまり、この人は本当に父なのかと確認してしまった。
碧玉を後継ぎとして鍛えるために、いつも厳しい父だ。こんなふうに褒めることは滅多にない。
「私を立ててくれてありがとう、碧玉。私としては、お前達兄弟が仲良くしてくれるとうれしいが……、いじめなければそれでいい」
「私が幼稚であったことは、反省しております」
「そうか。君は急に大人になったのだね」
碧玉の態度の変化に対して、青炎は特に疑問を抱かないようだ。
(だが、見張りはつけているのだろうな)
信頼されていないのだと、暗い気持ちが胸に湧く。
「お前を監視しているわけではないよ。使用人を解雇したのだから、私に報告があるのは当然だ」
ドキリとした。たおやかな柳のような風情でいて、青炎は他人を見透かすところがある。
「い、いえ、そういうつもりでは……」
声に動揺がにじんでしまい、頬が火照った。感情をあらわにするなんて、情けない。
「ところで、私に何か用があるのかい?」
「気晴らしをしたいので、町に出かけても構いませんか」
「ああ、そうしなさい。君はここ一週間ばかり、物憂げにしていただろう? 護衛はつけるんだよ」
「はい」
執務室に座していながら、青炎は治めている領内のほとんどを把握している。足元にある家内のことならば、尚のこと造作もないらしい。
拱手をして礼をとり、碧玉は青炎の執務室を辞す。内心では舌を巻いていた。
◆
白雲の町は、今日もにぎわっている。
七璃国には、それぞれ固有の異能力を持つ世家が七つあり、白家はその一つだ。
白家の能力は、浄火。悪しきものを滅し、討伐することができる。この力を使い、古から、白家は祓魔業を生業にしている。
祓魔業が扱うものは幅広い。まじないや占いに始まり、道術や護法なども含む。
そのため門下には、白家の血縁者だけでなく、術師として学び研鑽したい者が仕えている。白家で学べば、道士としては大して能力が上がらなかった者でも、基礎の道術や占いで日銭を得られるくらいには育つ。そういった元門下生の中には故郷に帰る者もいれば、白雲の町に住み着いて、まじないや護符を売って生活する者もいる。
妖邪の類から身を守りたい人々は、お守りを手に入れるため、各地からわざわざこの町へやってくる。護符一枚でも、知識がなければ作れない。だから能力の低い道士でも、白雲の町でなら、彼ら相手に商いができるというわけである。
とはいえ、悪しき術やまがいものなどが混ざることがあり、白家の者は時折町に出て、悪いものがまぎれていないか見回っていた。
白家の門人が巡回するのはよくあることだが、当主の息子が直接来ることは滅多にない。白碧玉の登場に、民はざわついた。
碧玉が雑踏に行くことはあまりないが、白家にあらわれやすい銀髪と青い目を持つため、正体がすぐにばれたのだ。
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