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本編
八章3 (本編、おわり)
しおりを挟むアレクサ達が退室すると、執事も部屋を出て行った。
剛樹は気まずく思って、咳払いをする。
「結婚式だなんて……気が早いですよね」
「銀狼族ではそんなことはないと、教えたはずだが……。そういえば、そちらの風習ではどういう風に結婚するのだ?」
ユーフェは落ち着かなさそうに、何度もカップを持ち上げては茶を飲む。どう見ても空のカップを口に運ぶのを、剛樹は不思議に思って眺める。
「お代わりを入れましょうか?」
執事はお茶セットをのせた台車を置いていってくれたので、剛樹は立ち上がろうとする。ユーフェは剛樹の右手をそっと掴んで、引き留めた。
「いや、構わぬ。座っていてほしい。大事な話だ」
「……?」
気のせいか、ユーフェの肉球が湿っている。落ち着きのない態度といい、手汗といい、そんなに緊張するような話をしていただろうか。
「俺も詳しくありませんが、たいていは数年交際してから、結婚するみたいですよ。でも、出会ってすぐに結婚する人やお見合い婚をする人もいるし、結婚しないで同居している人もいます。いろいろですね」
「……肉体関係があるのに、結婚しないことがあるのか?」
「最近は、多様性を認めようっていう風潮でしたからね。同性婚も少しずつ普及してきましたけど、俺の国ではまだ少数派です」
「同性婚?」
ユーフェはきょとんとした。
「俺の世界の人間は、愛の花で生まれるわけじゃないので、男女での結婚が一般的なんですよ。女性しか子どもを産めませんから」
「ああ、そういえばそうだったな。今更だが、私は男なのに、モリオンは嫌ではないのか?」
「俺はユーフェさんのこと、性別を越えて、一人の人間として好きなんです。恋愛経験がないので戸惑ってはいますが、大丈夫ですよ」
剛樹はそういうことかと、ユーフェの様子に納得した。
改めて剛樹と価値観のすりあわせをしたいと思ったのだろう。
「そなたは気弱だが、懐は大きいな」
「あの、ユーフェさん。何か心配しているなら、教えてくれませんか。こちらの世界の人とは常識が違うので、俺にはユーフェさんが何を考えているのか察することもできません」
剛樹は眉尻を下げる。
「もしかして、俺が何か、あなたを不安にさせるようなことをしましたか?」
剛樹はこの傷ついた優しい獣人に、悩んでほしくない。原因が自分になるなんて、とんでもないことだ。
「いや……その」
ユーフェは居住まいを正して、咳払いをする。
「私と結婚するのは嫌ではないのか?」
剛樹は少し考える。
「ユーフェさんが俺のことを好きで、結婚したいと思ってくれるなら、とてもうれしいです。でも、負い目を感じているだけなら、義理で言い出さなくていいんですよ。俺みたいな得体のしれない異世界の人族が、王子に釣り合っているとは思ってませんから」
だんだんうつむいていく剛樹に慌てたのか、ユーフェが叫ぶように言った。
「ち、違う!」
そして、ユーフェは腕力だけで剛樹を持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。
「そうではない。お前を悲しませるつもりで質問したのではないのだ。ただ、私が意気地なしなだけで……事前に気持ちを確認したかったのだ」
「事前?」
「ごほんげほん。なんでもない! 今日の夕食は一緒に食べよう」
「え? ええ、わかりました」
急な話の飛躍に、剛樹はあっけにとられている。
何がなんだか分からないが、剛樹がもたれているユーフェの胸元から、心臓がバクバクとすごい音を立てているのに気づいた。
「ユーフェさん、お体の調子でも悪いんですか? 心音が……」
「この部屋に来る前に、速足で歩いてきたせいだろう」
ユーフェは気まずげに、そっと剛樹の身を少しだけ離させる。
「とにかく! 夕食は一緒にとること。よいな」
「わかりましたけど、夕食だけですか? 昼食は……?」
何も用事がないなら、剛樹はユーフェと食卓を囲みたい。そう思ったが、ユーフェは朝から王宮内を出歩いているのを思い出した。
「あ、忙しいのに、すみません」
「この程度、わがままでもなんでもない。昼食も共にするつもりだ」
ユーフェは嬉しそうに言って、先ほど距離を開けたばかりなのに、剛樹をぎゅっと抱きしめた。
そして夕食の時間になって、剛樹はいつもと違う食堂に案内された。
なぜか、おしゃれな平服に着替えさせられたのを不思議に思っていたが、その部屋は美しく装飾されていた。
食卓は真っ白なテーブルクロスがかけられ、色とりどりの生花で飾られている。壁にはいかにもお祝い事ですと主張する、真っ白なリボンがかけられていた。
そして、平服ながらぴしりと服を着こんだユーフェが、そわそわと落ち着かない様子で椅子を立つ。
「来たか、モリオン。どうだ、たまにはこういう部屋も気分転換になっていいだろう?」
「素敵なお部屋ですね」
何か良いことでもあったのだろうか。
部屋を見回す剛樹に、ユーフェは椅子を引いた。
「ほら、座りなさい。ごちそうもあるのだ」
「もしかして、異世界漂着物の研究で、何か俺が貢献できたんですか?」
剛樹とユーフェに共通のことといえば、仕事だ。ちょうど研究者からの質問に答えたばかりでもあった。
「何を言っている。お前はいつも貢献してくれている」
ユーフェはけげんそうに返し、自分の席に戻った。
「何かお祝いごとでもあるのかと」
「そうなればよいと思っている」
剛樹は首を傾げた。
ユーフェは説明するつもりはないようで、落ち着かなさそうに咳ばらいをする。手元の鈴を鳴らすと、使用人が料理を運んできた。
鳥の丸焼き、ラズリ・フィッシュのフライ、芋の冷製スープ、サラダ、白パンがあっという間に食卓に並べられた。
スープとパンだけ手元にあるが、他のメニューについては、傍にいる執事に頼んで皿に盛りつけてくれるシステムのようだ。
どうしてこんな格式ばった食事をするのだろうかと、剛樹は不思議に思った。
いつもよりもテーブルが広いし、ユーフェが遠い。いつものように、近い距離で食事をするほうがいい。
せっかく用意してくれたラズリ・フィッシュのフライも、なんだか味気ない。
しかも、ユーフェがそれっきり黙りこんで、しんと静まり返るではないか。
「どうした、今日は食が細いな」
「すみません!」
とがめられたと思った剛樹は謝り、慌てたせいでカトラリーを床に落とした。カランカランと甲高い音が響いて、余計に泣きそうな気分になる。
「あの、俺、部屋に戻ります……」
行儀の悪いことをしてしまった。剛樹はうなだれて、そろりと椅子から下りる。
「どうしたのだ、急に」
目を丸くしたユーフェが席を立って、歩み寄ってきた。
「何か怒ってるんですよね?」
「は?」
「いつもより他人行儀だし、何も話さないし……。そんなに怖い顔をしなくても、ちゃんと言ってくれれば直しますので」
「ち、違う!」
ユーフェは裏返った声で否定した。
「私はただ緊張していただけだ。――こら、執事! 笑うな!」
「ですから、こういう回りくどいやり方はしないほうがいいと言いましたのに」
「執事!」
「失礼いたしました」
剛樹が周りを見ると、執事だけでなく、給仕をしていた使用人達まで身を震わせて目をそらしていた。
いったいどうしたのかと剛樹があぜんとしていると、ユーフェは諦めた様子で首を横に振った。
「ああ、まったく。格好つけようとすると、これだ。もういいから、あれを持ってきてくれ」
「は」
執事はいったん退室し、すぐに鉢植えを運んできた。小ぶりな白い山百合に似た花が植えられている。
執事はテーブルに花を置くと、使用人達を連れて出て行った。
何が起きているのか分からず、剛樹は首を傾げる。
「なんですか、その花」
「愛の花だ」
「愛の花? ええと、確かこの世界の人が、子どもを作る時に必要な花でしたっけ」
それがどうしてここにあるのだろうか。剛樹がユーフェの顔を見ると、彼はどこかすねたように、そっぽを向いていた。
「私はお前に、正式にプロポーズをしようと、この場を設けたのだ。まったく伝わっていなかったようだが」
「そりゃあ、一緒に夕食をとろうだけでは、俺には分かりませんよ」
「そうだな。私が悪い。モリオンには気まずい思いをさせただけであったしな」
事情が分かってみれば、おしゃれな平服に着替えさせられたことも、飾り付けられた内装にも、用意されたごちそうにも、全て納得がいく。
(ああ、なるほど。夜景の見えるレストランでプロポーズするみたいな状況だったのか……)
庶民の剛樹は、王宮ってすごいんだなあと思うだけだった。
(だから昼間に、結婚の話をしていたのか……)
自分の鈍感さが恥ずかしくなって、剛樹は顔を真っ赤にする。
まさかそこから夜になって、プロポーズされるなんて予想もしていなかった。
「あの……正式なプロポーズというのは?」
「これは狼獣人だけではなく、この世界ならば恐らくどこでもそうだろう。愛の花を用意して、あなたと愛の花を咲かせたいと告げるのは、結婚しないかという問いだ」
この世界の人々は、愛の花で子どもを得る。
この花は、お互いに愛がなければ、子どもができないのだ。
意味が分かると、剛樹は今度は胸が熱くなって、目をうるませた。
「ユーフェさん、俺と家族になってくれるんですか」
ユーフェは剛樹と向き直り、剛樹の右手をやんわりと両手で包みこむ。
「むしろ、家族になってほしいと私のほうが求愛しているのが正しい。モリオン、私はお前の優しさで、心が癒された。これからずっと、共にいたい。私とともに、愛の花を咲かせてはくれまいか」
そしてユーフェは身をかがめて、剛樹の耳元で「愛している」とささやいた。
剛樹はこくりと頷くと、ユーフェの上半身に飛びつくようにして抱き着いた。
「俺も、愛してます!」
終
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