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本編
七章5 ※R15表現あり
しおりを挟むいったい何が起きているのか分からず、剛樹は硬直している。
ユーフェは剛樹と唇を合わせたが、すぐにじれったそうに、剛樹の唇をベロリとなめた。分厚い舌の感触に剛樹はビクッとして、思わず口を開ける。すると、待っていたというように、ユーフェの舌が口の中に侵入してきた。
(え? えええ? いったいこれはどういうこと?)
剛樹は訳が分からぬまま、自分の舌をユーフェの舌にからめとられる。息苦しさに後ろに逃げようとすると、ユーフェが剛樹の後頭部を押さえられた。
「ん……んんっ」
口内をなめられ、舌先を吸われる。酸欠もあって、頭がじんとしびれてきた。
(くらくらするけど……気持ち良い……)
剛樹の膝から力が抜ける。ユーフェに腰を支えられた。
「おっと」
ユーフェはようやく口を離した。二人の間に、ツゥと銀糸が伝う。急にめぐってきた酸素を求めて、剛樹は必死に呼吸をする。そんな剛樹のこめかみを、ユーフェは愛おしげにぺろりとなめた。
「もしや口づけは初めてか?」
「……ええ」
ぼんやりしていた剛樹は素直に答えてしまい、はっと我に返ると顔を赤らめた。
「お、俺の性格で、恋人なんかできるわけないでしょ」
そもそも日本にいた時の剛樹は、有名な兄達に近づきたい女性に出汁にされるばっかりで、すっかり人間不信に陥っていた。小学生の時点で、異性に関わるとろくなことにならないと学習していたくらいだ。
「……では、これがファーストキスか。失敗した」
「はい?」
勝手にキスをしたのはユーフェなのに、ひどい言いぐさだ。さすがの剛樹もかちんときたが、ユーフェの耳がぺたんと寝ているので、そのかわいさに怒りはあっさりと消え失せた。
ユーフェは相変わらず呼吸は荒いが、先ほどは落ち着いているようで、剛樹を腕の中に閉じ込めたまま打ち明ける。
「私は今、誘引の香水なんぞのせいで、強制的に発情させられているのだ」
「ゆういんのこうすい?」
剛樹には意味不明な単語だ。それから遅れて、驚く。
「えっ、発情ですか?」
「そうだ。我々獣人は、獣性にある程度は支配されている。ヒト族は違うようだが、狼の獣人は、およそ冬から春先が繁殖シーズンだな」
「はあ……」
剛樹はあいまいに頷く。
「察しの悪い奴だな。今は夏なのだ。お前のような魅力的な者が傍にいるからといって、こんな風にならぬのだと言っている。あの女が、私と強引に復縁すべく、強制的に発情を引き起こす香水を使ったのだ」
剛樹は驚いた。
「えっ、ユーフェさん、あの人と復縁するんですか?」
いろいろと内容は吹き飛んで、そのことだけが気になった。どうしてこんなに嫌な気持ちになるのだろう。
「するわけないだろう。衛兵に渡して、所かまわず誰かを襲う前に、急いで帰ってきたのだ」
「そ、そうなんですね……よかった……」
「よくない!」
ユーフェが剛樹の左頬に右手を添え、ぐいっと上を向かせる。
「モリオン、どういうつもりなのだ。私はお前が魅力的だと言っている。強引に口づけたのに、怒りもしない。私を受け入れる気がないなら、今なら逃がしてやるから、さっさと扉を開けて出て行け!」
グルルとうなり声をあげ、ユーフェは体をぶるぶると震わせながら、剛樹を囲う腕を片方だけ外した。
剛樹は迷った。
頭では逃げるべきだと分かっているのに、どうしてか立ちすくんでしまう。
「俺がいなくなったら、誰か代わりを呼ぶんですか?」
銀狼族は恋をした相手に一途といっても、村で見た村長の息子みたいに、体の関係を迫って遊ぶ者もいる。一時的に体を慰める相手を呼ぶかもしれない。
「そうするかもしれんな」
想像すると不快感がこみあげてきて、剛樹はなんだか泣きたくなった。その衝動のまま、剛樹はユーフェに抱き着いた。
「嫌だ! それなら、俺でいいじゃないですか!」
「お、おい!」
ユーフェは焦った声を出し、右のこぶしをダンと壁にぶつける。剛樹はビクッと震えた。剛樹の自分勝手な態度で、怒らせたのかもしれない。
剛樹のすぐ上で、ユーフェがグルグルと喉を鳴らす。
「くそっ、お前ときたら……! かわいい真似をするな。私が手加減抜きに抱きしめてみろ、お前の細い体なんて折れてしまうに決まってる!」
ユーフェは苦しそうに、ふうふうと息をしている。
「怒ったんじゃないんですか?」
「なぜ? 好きな者から、抱いてもいいと許可を得たのだ。うれしくて頭がどうにかなりそうだ!」
剛樹の頬に冷たい雫がかかる。剛樹が上を見ると、ユーフェは涙をこぼしていた。
「最悪だ。私はお前に、優しさだけを与えたかったのに」
口を引き結んで、ウーウーとうめく。
剛樹はユーフェの顔に両手を当てて、そうっと覗きこむ。
「ユーフェさん、俺のことが好きなんですか?」
「そうだと言っているだろう! 気づいたのは、ついさっきだがな。お前には庇護欲と好意はあったから、まさか恋をしているとは知らなかった」
ユーフェは心底悔しそうにうめく。
「二度と恋などしないと決めていた。あんなつらい思いを二度もするなど、ごめんだ」
苦しそうに話すユーフェを見ていて、剛樹の胸には歓喜が湧いた。
この優しい銀狼族の男は、剛樹に恋をしてつらいと泣いているのだ。剛樹みたいな宙ぶらりんの立場の者など、好き勝手しても許される身分にあるにも関わらず、傷つけないように我慢して苦しんでいる。
――なんて哀れで、かわいい男だろうか!
剛樹は自分の恋と独占欲に気づいてうろたえた。こんなに浅ましくて醜い気持ちが自分の中にあることに戸惑った。
それでも、今は正直に打ち明けることが、ユーフェへの特効薬になるのだと理解している。
剛樹はユーフェの頭をぎゅっと抱きしめる。
「二度目なんてありませんよ、ユーフェさん。俺もあなたのことが好きです」
「お前は優しいから……」
「優しくないですよ。俺、あの元婚約者の人とよりを戻さなければいいのにと思っていましたし……、ユーフェさんが他の人を呼ぶのも嫌でしたから」
ほとんど無意識だったが、自分の気持ちを理解してみれば、なるほど簡単なことだった。
剛樹はユーフェのことが好きなのだ。だから、ユーフェが他人と寝るのが嫌だった。
ユーフェは剛樹の背中に、そっと手を回す。
「本当に構わぬのか? 私には余裕がない。苦しい思いをさせるかもしれない」
「ユーフェさんが他の人のところに行く胸の痛みに比べたら、ずっといいですよ」
剛樹はそう言ったものの、不安はある。誰かと恋をしたこともなければ、肉体関係に発展したことすらない。絵描き界隈で見たことはあるから、BLの知識くらいはあるが、それが自分となるとさっぱりだ。
「本当に無理な時は、嫌いと叫べ。いいな」
剛樹は思わず微笑んでしまった。
ユーフェは嫌いと言ったら、我慢してくれるらしい。彼にとって、余程嫌な単語みたいだ。
「分かりました」
ユーフェさんってかわいいんですねと言いたくなったが、剛樹は胸に秘めておくことにした。銀狼族の男らしくないことを気にしているユーフェには、傷つけそうな言葉だ。
剛樹が頷いた途端、ユーフェは剛樹を腕に抱え上げた。
その先にあるのは、剛樹が使っているベッドだ。椅子や机はヒト族用に交換してくれたが、ベッドは銀狼族用である。それでよかったのかもと思っているうちに、剛樹はベッドへと下ろされた。
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