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本編

六章9

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 国王夫妻のあいさつの後、フェルネンとアレクサが正式に婚約者として紹介された。
 それが終われば、フリータイムだ。
 高位から順番にあいさつをしている間、客は伝手作りをしたり情報交換をしたりと、パーティーで少しでも利益を持ち帰るべく行動を開始する。今回ばかりは、婚約披露の後なので、会場はおめでたい空気に染まっており、客達は浮かれた様子で雑談に花を咲かす。

「王太子殿下とアレクサ嬢の結婚式は、来年の春か。こちらもお祝いの準備をしなくては」
「あなた、王都のドレスショップで礼服を注文しておきましょう」

 式への準備に頭を悩ませる貴族もいれば、純粋に恋愛話をしてはしゃいでいる者もいる。

「本当はすぐにでも結婚したいだなんて、王太子殿下ったら、熱くて素敵よね!」
「元々、アレクサ嬢で内定していただなんて。道理で、あの時、シエナ嬢をこっぴどく振ったわけだわ」
「しっ。あちらにユーフェ殿下がいらっしゃるのよ。静かに!」

 かしましい女性のおしゃべりの中から、剛樹の耳はシエナとユーフェの単語を聞き取った。思わずそちらを振り向くと、視線に気づいた女性達は、そそくさと離れていった。

(シエナって確か、ユーフェさんの元婚約者だっけ)

 ユーフェを愚弄した無礼な女だと、フェルネンが激怒していたのを思い出す。いまだに恐ろしい出来事だ。そりゃあ、噂話が耳に入るのを恐れて、彼女たちが逃げ出すはずだ。

「ユーフェさん、あの……」

 大丈夫だろうかと心配になったが、ユーフェは彼女達の話を聞いていなかったらしい。ちょうど給仕からグラスと菓子の皿を受け取り、剛樹に差し出した。

「ん? どうした。ほら、お前が好きそうな菓子だ。食べるといい」
「ありがとうございます。でも、ええと……」
「帰るのは陛下や兄上達にあいさつしてからだぞ」
「うう。はい……」

 ユーフェが聞いていなかったことに安心したものの、ユーフェは剛樹が帰りたいと言い出すのを、とっくに看破していたのでぎくりとする。
 会場では順番に名前が呼ばれ、玉座にあいさつに向かう人々が見える。そのうち、あの列に加わらないといけない。剛樹はうなだれたものの、ジュースを一口飲んで、目を輝かせる。

「おいしい!」
「お前は本当に、ラズリアプラムが好きだな。ラズリアプラムのジュースだ。王家のパーティーに出されるものだから、最高級品だぞ」
「さ、最高級品……!」

 道理で、びっくりするほどおいしいはずだ。鮮やかな黄桃色おうとういろのジュースは、ねっとりとした甘みがあるのに、少し酸味があって、後味はさっぱりしている。
 大事に飲もうと決めて、剛樹はちびちびとジュースを飲む。

「小鳥のような飲み方をしなくても、お代わりならたくさんあるから気にするな」
「はいっ」

 ユーフェは途端に笑い出し、皿のケーキはラズリアプラムを使ったパイだと教えてくれた。生クリームの甘さとラズリアプラムの酸味がぴったりで、頬が落ちそうな一品だ。しばらく無言で夢中になって食べ、ジュースをお代わりしたところで、ユーフェと剛樹の名が呼ばれた。給仕に食器を渡すと、二人で玉座のほうへ向かう。
 そして、練習通り、あいさつをつつがなく終えると、剛樹はパーティーからの撤退を選んだ。

(ラズリアプラムのジュースには心残りがあるけど、もう充分味わったから、よしとしよう)

 パーティーで銀狼族や他国の客にいじめられるんじゃないかとおびえていたが、ユーフェの傍にいたおかげで特に問題はなかった。それに、あいさつの時に、アレクサが剛樹を「親愛なる友人」と呼んだおかげか、後方に戻った時には、周りからの視線が少しやわらかくなったような気がする。

(でも、やっぱり早く塔に帰りたい……)

 剛樹はそう思い、ふと自分の思考に引っかかりを覚える。

(帰りたい、かあ。すっかりあそこが家になってるみたいだ)

 あの村で嫌なこともあったが、それでも塔はこの世界での家だ。

(漂着物の研究に役立つように、できるだけ頑張るぞ!)

 それがユーフェへの恩返しにもなるし、剛樹の立場を固めるためにも必要なことだ。

「モリオン!」
「うわっ」

 急にユーフェに名前を呼ばれて左肩を抱き寄せられ、剛樹は驚いた。考え事をしていたせいで、銀狼族の男にぶつかりかけたようだ。

「逃げたいのは分かるが、前を見ないか」
「すみません」
「目を離した隙に、酒を飲んだわけではないな?」
「俺の不注意ですよ」
「ふらふらと危なっかしい。ほら、戻るぞ」
「はい」

 ユーフェに背中をやんわりと押され、人波を縫って、出口に向かう。この時間に帰る客は少ないようで、廊下は護衛兵以外はおらず、静まり返っている。
 しばらく歩いたところで、後ろから鈴の鳴るような声がかけられた。

「ユーフェ王子殿下!」

 背中越しでも、ユーフェの手に強張りが感じられる。剛樹がユーフェの視線を追うようにして振り返ると、淡い青のドレスに身を包んだ、小柄な銀狼族の女性が立っていた。

「シエナ……」
「どうかお願いいたします。一度、わたくしとお話をしてくださいませ」

 シエナは目を潤ませ、膝を折って深々とお辞儀をした。
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