狼王子は、異世界からの漂着青年と、愛の花を咲かせたい

夜乃すてら

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本編

六章6

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「モリオン君、我が国へようこそ」
「宙の泉からのお客様だなんて、吉祥ではないかしら。歓迎するわ」

 もふっとした銀の毛並みが美しい国王夫妻は、ほがらかで優しそうだ。

「ど、どういたしまして」

 緊張のあまりぎこちなく返し、剛樹はぺこっと会釈する。

「父上、母上。モリオンは人見知りが激しいゆえ、申し訳ない」

 ユーフェが気遣って代わりに謝ってくれた。長毛の王妃は、フェルネンとよく似た美麗な女性の銀狼族で、青い目をうるうるさせる。

「白鼠族のように繊細だと聞いているわ。違う世界に突然やって来て、どんなにか心細いでしょう。ストレスで弱って死んでしまわないかと、心配しているのよ。ねえ、あなた」

 王妃は優しそうな目を王へと向ける。大柄なものの、顔立ちや雰囲気はユーフェとそっくりな、いかめしい王は頷いた。

「そうだな、王妃よ。ユーフェ、しっかりと世話をするのだぞ。負担ならば、城から使用人や騎士を連れていけ。それとも彼と王宮で暮らすか?」
「えっ」

 それは嫌だという気持ちが、ぽろっと口からこぼれてしまい、剛樹はおろおろする。

「父上、モリオンはその弱さゆえに、いじめられないかと不安がっているのです。あの田舎のほうが、村人とも親しくしておりますし、安心できるのでしょう。私もあちらに戻りたいので、どうぞお気遣いなく」

 ユーフェがフォローしてくれたおかげで、王を不機嫌にさせるという最悪の事態は回避できた。

「すみません……」

 首をすくめて謝る剛樹に、王は否定を返す。

「構わぬ。そうか、田舎のほうが落ち着くのか。なんと謙虚な人間だろう。――それで、そなたら、いつ結婚するのだ?」
「「は?」」

 突然挟まれたとんでもない問いに、剛樹とユーフェの間の抜けた声が重なった。
 王はけげんそうにする。

「その親しい様子に、ユーフェが気を許しているのを見ると、そういうことになったのではないのか?」
「そういうこと……?」

 なんの話だ。剛樹がユーフェをうかがうと、ユーフェは鼻の頭にしわを刻んでいた。

「確かにモリオンは良い人間ですが、すぐに恋愛事にもっていくのはおやめください」

「ユーフェ、我らはそなたのことも気にかけておるのだ。お前は愛情深いゆえ、伴侶を持つべきだ。あの娘のことは残念だが、そなたは若いのだからチャンスはいくらでもある。彼でなくてもいいのだぞ。なんなら見合いを設けても」

 王がヒートアップし始め、王妃が咳払いをした。冷たい声が、涼やかに割り込む。

「……あなた?」

 たった一言で、王はぐっと口を閉じる。

「ねえ、約束しましたわよね。ユーフェから言い出すまで、そっとしておく、と」
「し、しかしな、ユラリエ。ユーフェに子ができたら、城に戻るやもしれぬだろ。息子が傍にいないのは寂しい!」

「子どものようなおっしゃいようですね。宙の泉の研究は、我が国にとっても大事なことです。小さな子どもにするような過保護さを見せるのは、大人の矜持きょうじを刺激するとは思いませんの? 息子は息子でいつまでも子どもですが、一人の人間として扱うべきでは?」

 王妃の言葉はどこまでも正論で、王はうなだれた。

「……すまぬな、ユーフェ」
「私を心配してくださるのはうれしいです、父上」

 しゅんっとしている父親に、ユーフェは優しい返事をした。

(王妃様、王様を尻に敷いているんだなあ。それにしても、笑顔なのに怖い)

 どこでも母親とは強いものらしい。王妃がこれだけしっかりしているなら、ラズリア王国は安泰だろう。

「そうだわ、モリオンさん。漂着物の保管庫があるので、よかったら、一度確認していただけませんか? 特に危険物置き場の扱いに困っているのです」
「構いませんけど……」

 危険物と聞いて、剛樹の返事はあいまいになる。

「私も同席するゆえ、そう構えなくてよいぞ」

 ユーフェがそう言ってくれたので、剛樹はほっとした。

「良かった」
「モリオンを一人で行かせるわけがない。他の銀狼族への恐怖で動けなくなるだろう?」
「……すみません」

 他の銀狼族である国王夫妻を前に、剛樹は縮こまる。

「そうか。動けなくなるほどか。研究者には無礼をしないように注意しておこう。しかし、モリオン。保管庫は国の最重要機密でな。中のことを口外すると、処刑という決まりゆえ、もし約束を守る自信がないなら断って構わんぞ」

 王の忠告に、剛樹は目を丸くする。

(え? 秘密をしゃべったら処刑?)

 剛樹は硬直し、どう返事をするか迷った時、ユーフェが太鼓判を押した。

「それならば問題ありません、父上。モリオンは臆病なので、怖すぎて約束違反などできぬでしょう!」

 そうだろう? という目で、ユーフェがこちらを見つめる。信頼にあふれる純粋なまなざしに、剛樹は苦笑した。
 それはそうだが、それをまるっと肯定するのもどうなんだろうか。
 剛樹は沈黙し、結局、こくりと頷いた。

「約束は守ります。そもそも、ユーフェさんにお世話になってる身なのに、いづらくなるようなことはできませんよ」
「世話になった者を裏切れない、か。良い人間だな」

 王はしみじみとつぶやいた。
 なんだか美化してとられたような気がするが、剛樹が小心者だからに他ならない。

「それから、王太子の婚約披露目のパーティーにも、ぜひ参加していってくれ。後で人族のお針子をよこすから、ユーフェ、頼んだぞ」
「は。かしこまりました、父上」

 ユーフェは慇懃に礼をとる。

(え? パーティー?)

 静かに驚いている剛樹に、ユーフェは目をキラキラさせて話しかける。

「モリオン、どんな衣装を作ろうか。楽しみだな」
「え……?」
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