20 / 35
本編
六章3
しおりを挟むサロンを出ると、侍女がお辞儀をした。
「ユーフェ様、お客様、お部屋までご案内いたします」
「案内はいらぬ。自分の宮の場所くらい分かる」
「いえ、王太子殿下より、お客様には玻璃の離宮をとおうかがいしておりまして……」
ユーフェがつっぱねたが、侍女はそう返した。
「国賓というだけあって、良い離宮を選んでくださったのだな。そちらはそのままでいい。だが、モリオンは私の離宮で寝泊まりさせる」
「しかし、王太子殿下が……」
侍女は明らかに困っており、どうしてこんな人族を手厚く迎えるのかと不思議そうに、剛樹を値踏みするような冷たい目を向けた。
侍女を困らせたくないが、ユーフェと離れるといじめられそうで怖い。しかしやっぱり迷惑になるようなことはしたくない。
「あ、あの、いいです、ユーフェさん。俺、この人について……」
「駄目だ」
「わっ」
ユーフェに抱き上げられて、剛樹は慌ててトランクを抱えなおし、その肩にしがみついた。腕に座っているだけなので、バランスを崩すと落ちてしまう。
「モリオンはこの辺りのことが分からぬのだ。国賓だからこそ、私が世話をする」
「……畏まりました」
結局、侍女のほうが折れた。ユーフェは勝手知ったる態度で王宮の廊下を歩き出す。
「いいんでしょうか……。俺、ユーフェさんに迷惑はかけたくないです」
「見知らぬ場所にいるのが怖いのだろうに、私のために我慢しなくてよい。私の離宮も広いぞ。客室くらいいくらでもある」
ユーフェとは物の見方のスケールが違いすぎて、剛樹はくらくらしてしまう。王宮は玄関ホールや部屋は見事な装飾がされていたが、廊下は無骨な印象だ。窓が小さくて薄暗く、壁には絵がかかっている。
飾られている緑が少ないから、なんとなく殺風景に見えるのかもしれない。
「王子様も宮殿をもらうんですか?」
「そうだぞ。臣籍にくだるまで、だな」
「五人も王子がいたら、住む家がなくなったりしません?」
口に出してみて、質問が馬鹿げていると気付いた剛樹だが、ユーフェは答えてくれた。
「ならぬよ。王と王妃は、できるだけ多くの子をもうけるからな。過去、多い時は十人近くいたぞ。賓客用の離宮も含めて、王宮の敷地内に十二はある」
「そんなに……!」
「しかし王子や王女は養育に金がかかるからな。最近は多くて五人程度だ。あまり多くなると、目が行き届かない。それで素行の悪い者が出て、内乱になった過去がある。教訓としているのだ」
なるほどと、剛樹はあいづちを打つ。
すっかりこの体勢に慣れてしまい、普通にしゃべっていた剛樹だが、通りすがる銀狼族や人族がじろじろと見ているのに気付いた。
「あ、あの、降ります」
「少し歩くからな、降ろさぬ」
「なんで!」
気のせいか、ロスに襲われた事件以来、ユーフェの過保護さが増している。剛樹は落ち着かず、無意味に首をすくめて辺りを伺っていた。
(ひいいい、視線が痛いーっ)
他人の視線を苦手とする剛樹には、とんだ苦行である。
ユーフェは廊下を通り抜け、一度外に出ると、しばらく平地を歩いていく。彼の言う通り、王宮からは少し距離があった。剛樹の足だと三十分はかかりそうだが、さすがはユーフェの足は速く、十分くらいで離宮に着く。
それは小さな城館だった。小さな池と庭があり、狼の石像が飾られている。城館に勤める執事とあいさつすると、ユーフェの部屋から近い、一番良い客室に案内してもらった。
だが獣人向けの部屋で、剛樹には結構不便だ。
ユーフェが剛樹を連れて帰ってきたことを王宮の侍女から聞いたようで、執事の男はここに剛樹を泊めるのを渋った。
「ユーフェ様、玻璃の離宮のほうがよろしいですよ。あちらは人族や小型の獣人向けの造りなのです。モリオン様にはこちらは暮らしにくいかと」
「では、あちらの家具をいくつかここに運び込むようにせよ」
「しかたありませんね……。モリオン様、準備が整うまで、しばしご不便をおかけします。今日はこちらのお部屋でよろしいですか? 明日には移れるように整えておきますので」
「ユーフェさん、俺、やっぱり……」
家具を運びこむなんて手間だろう。剛樹が移動したほうが早い。罪悪感にかられて、剛樹はユーフェをとりなそうと思ったが、ユーフェは首を振る。
「駄目だ」
「あの……すみません」
これを説得するのは無理だと判断して、剛樹は執事に謝る。
「モリオン様は悪くありませんよ。ユーフェ様だけでなく、王家の方々は頑固者が多いので、言い出すと聞かないんですよね」
「悪かったな」
堂々と嫌味を言う辺り、執事とユーフェの間に信頼関係があるのが分かる。ユーフェは玻璃の離宮に運ばれただろう剛樹の荷物もこちらに移動するよう命じると、執事はお辞儀をして出て行った。剛樹はいかにも高価そうな部屋で、まるでネズミみたいに慎重に様子を伺った。
「壊したらどうしよう……」
「お前がぶつかったくらいで壊れるほど、やわな家具ではない」
「家具まで、強いかどうかなんですか?」
「これは鋼木だぞ。頑丈なのがうりだ」
「ああ、なるほど」
銀狼族でないと扱えない、堅い木だ。剛樹がぶつかった程度では壊れないだろう。
「疲れただろう。今日はゆっくり過ごすといい。国王陛下と王妃陛下との謁見は明日だ。道中で教えた通りに対応すれば問題ないからな」
「はい」
謁見が待っていたのだと、剛樹は一気に不安になった。二週間の旅の間、牛車の中で、礼儀作法を教えてもらった。謁見の間であいさつできる程度の作法は教わったが、日常レベルは難しい。
他には、異世界漂着物についても報告することになっていた。
ユーフェは断然、毛をすくためのコームやブラシをおすつもりのようだ。
「婚約お披露目のパーティーでしたっけ? あれはいつになるんですか?」
「一週間後だ。それまでに職人に見本を作ってもらわねばならぬからな、私はさっそく出かけてくる。良い子だから、部屋から出るのではないぞ」
部屋の使い方は執事に教わるように言い、ユーフェは完全に剛樹を子ども扱いして言った。
「あの、ユーフェさん」
「ん?」
「元婚約者さんと、元の鞘に納まるんですか?」
「どうした、急に」
「それなら俺、応援しますから。ユーフェさんにはお世話になってるから、恩返ししたい」
ユーフェは困った様子で、剛樹を見下ろした。
「私はもう吹っ切った。すでに変わってしまった。元には戻れぬよ。もし戻ったとして、私は彼女を疑い続ける。彼女の心変わりを監視するだろう。それは健全ではない」
「ユーフェさん……。そうですね、それが当たり前だと思います」
「そうか? 私は彼女の心変わりを許せない、心の狭い私も許せなかった。他人を許せないことより、自分を許せないことのほうがつらいのだな」
「ユーフェさんは、他人を許さないといけないって思ってるんでしょうか……。傷つけられたことを、許さなくてもいいと思います。簡単に許せという人は、きっと想像力が足りないんだ」
剛樹はユーフェの大きな右手を、自分の小さな手で包んだ。
「それじゃあ、こうしましょう。自分を許せないユーフェさんを、俺が許します」
ユーフェは目を丸くし、ふっと噴き出す。
「お前が許すのか?」
「そうですよ。そう言う人が、一人いたらいいでしょ?」
「ふ。そうだな、一人いればいい。なんだか胸が軽くなった気がするよ。王宮は思い出が多すぎて、気持ちが暗くなる。その場所に行くだけで、当時のことを思い出すのだからな」
眉尻を下げて、ユーフェは少し情けない顔をする。
「いつまでも引きずって、情けない男だ」
「そうかな。それだけ大事だったなら、しかたないと思う。俺は、そんなユーフェさんが少しうらやましい。他人が苦手で、友達もいなかった。みんなが俺に求めてたのは、親や兄さん達へのつなぎだったから。仲良くしてくれても、それが本物なのか信じられなかった。いつか嫌な目にあうくらいなら、一人でいるほうが楽だ。絵と向き合っていれば、現実を見なくて済んだ」
剛樹は苦笑を浮かべる。
「俺、ここに来て良かったと思うことが一つだけあります。ユーフェさんと友人になれたことです。ユーフェさんのことは、信じられる」
つい大きなことを言ってから、剛樹は恥ずかしくなった。
「って、俺だけがそう思ってたら、とんだ大恥じゃん。すみません、忘れて!」
「いや、忘れぬ。お前は私の友だ」
温かく笑っているユーフェを見上げて、剛樹は感動で胸を熱くする。
「ユーフェさん! ありがとう!」
剛樹は珍しく気持ちが高ぶって、ユーフェの手をぶんぶんと振った。異世界に来て、こんな信頼できる人に出会えるなんて思わなかった。
「俺、ユーフェさんのことを応援するよ。良い人がいたら教えて。協力する!」
「何をどう協力するのだ」
「その人に、ユーフェさんがどれだけ良い人で、家庭を築いたらどれだけ安心してすごせるかについて話す。ユーフェさんは見た目をコンプレックスにしてるけど、どれだけかっこいい人でも、家庭内暴力なんてしていたらクズだよ。家ってさ、帰ってほっとできる場所でないと」
「私は及第点というわけか?」
「文句なしに百二十点です」
「それは光栄だな。もしそんな相手ができたら、モリオンに相談しよう。約束だ」
「はい!」
ユーフェは剛樹の頭を撫でてから、笑いながら部屋を出て行った。しばらくして、お茶菓子を運んできた執事が、意外そうに言う。
「あのようなユーフェ様、ずいぶんお久しぶりに拝見しました。モリオン様といらっしゃると肩の力が抜けるのでしょうか。ユーフェ様をよろしくお願いします」
「お世話になっているのは俺のほうなので……」
「ああ、それが良かったのかもしれませんね。あの方は世話を焼かれるより、世話を焼きたいタイプなので。ご家族の過保護さにうんざりしておいででしたよ」
「つまり、あれがデフォルト……?」
家族そろってユーフェみたいなのだとしたら、ユーフェのコンプレックスが加速するのも頷ける。家族はユーフェを小さいからと過保護に扱う。周りは立派な体躯の獣人ばかりだ。そのうち、いつまでも未熟で、認められないのだと感じて、ストレスになってもおかしくはない。
「デフォ、ですか?」
聞き返す執事に、剛樹は手を振った。
「あ、独り言です。そうなんですね、分かりました。えっと……それじゃあ、引き続きお世話になります?」
「ふふっ。そうされてください。幸い、あなたは国賓のようなので、問題ないでしょう。しかし十八と聞きましたが、細くて小さい方ですね。料理長に、精がつく料理を頼んでおきますね」
「あ、あんまり油っこいのはやめてもらっていいですか……?」
あっさり味を好む剛樹には、ラズリア王国の料理はこってりして感じることが多い。「承知しました」と頷いて、執事は客室を出て行った。
一人でお茶菓子を楽しんだ後、剛樹は牛車での旅疲れで眠くてたまらず、いつの間にか長椅子で寝てしまっていた。
31
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜
琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。
ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが………
ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ……
世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。
気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。
そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。
※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…
えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。
俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~
アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。
これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。
※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。
初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。
投稿頻度は亀並です。
狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜
花房いちご
BL
ルフランゼ王国の辺境伯ラズワートは冤罪によって失脚し、和平のための人質としてゴルハバル帝国に差し出された。彼の保護を名乗り出たのは、銀狼の獣人将軍ファルロだった。
かつて殺し合った二人だが、ファルロはラズワートに恋をしている。己の屋敷で丁重にあつかい、好意を隠さなかった。ラズワートは最初だけ当惑していたが、すぐに馴染んでいく。また、憎からず想っている様子だった。穏やかに語り合い、手合わせをし、美味い食事と酒を共にする日々。
二人の恋は育ってゆくが、やがて大きな時代のうねりに身を投じることになる。
ムーンライトノベルズに掲載した作品「狼は腹のなか」を改題し加筆修正しています。大筋は変わっていません。
帝国の獣人将軍(四十五歳。スパダリ風戦闘狂)×王国の辺境伯(二十八歳。くっ殺風戦闘狂)です。異種族間による両片想いからの両想い、イチャイチャエッチ、戦争、グルメ、ざまあ、陰謀などが詰まっています。エッチな回は*が付いてます。
初日は三回更新、以降は一日一回更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる