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本編
四章1 宝石名同盟と、ぶどうの実事件 <お題:くじら>
しおりを挟むそれから更に一週間もすると、家具がそろって、剛樹は研究室のほうに引っ越した。
夕方から朝までは剛樹は一人の時間を持てるようになったが、もふもふとしているユーフェと離れると、逆に寂しくなった。
剛樹は幼い頃、一人で寝るのを寂しがって、親のベッドにもぐりこんでいた。親が忙しくて留守にしがちで、どうしても怖い時だけ兄のベッドにもぐりこみ、そうでない時は祖母にもらった恐竜のぬいぐるみで我慢していたのだ。
心細くなって、急にあれを思い出した。
しかしさすがに十八にもなって、ユーフェをぬいぐるみ扱いするのははばかられる。なんでもいいから抱き枕みたいなものはないかと倉庫を探した。
「クジラのぬいぐるみだ! ジンベエザメの枕もある!」
大きな引き出しを開けると、ぬいぐるみやおもちゃが保管されていた。引っ張り出してきて、ベッドに積み上げ、なんとか一人ぼっちの寂しさをごまかせるようになった。
大学生になって家を出たばかりなのに、ゴールデンウィークにはすぐに家族に会いに帰ったのを思い出す。大学を卒業するくらいには慣れていただろうが、剛樹はまだまだ甘ったれな子どもなのがよく分かった。
ユーフェに子どもっぽいと呆れられるはずだ。
「こんなのも漂着するのか。不思議だな」
ジンベエザメの枕は最近のものだろう。低反発で気持ちが良い。
ぬいぐるみに囲まれて寝ていると、朝になっても起きてこない剛樹の様子を見に来たユーフェに笑われた。
「可愛いのが可愛いものに囲まれていると和むなあ」
「十八の男に、可愛いってなんですか」
「人族は小さいから、子どもみたいだ。なんだ、寂しいから幼児がえりでもしてるのか」
「ユーフェさんと一緒にいるほうが安心するんです」
「む。私をぬいぐるみ扱いするな」
ユーフェはそう言ったが、なぜか毛が膨らんでいる。怒ったのかと顔を見ると、そっぽを向く。
「ユーフェさん、怒りました? すみません。ユーフェさんは温かいし、もこもこふわふわの毛並みに慣れちゃって。……ん?」
ユーフェの尻尾がぶんぶん揺れているのに気付いて、剛樹は首を傾げる。
「耐えられないなら、戻ってきても構わぬぞ。さ、支度をして、朝食にしよう」
「はい」
そそくさと出ていったユーフェを見送り、剛樹はある可能性に気付く。
「もしかして、照れたのかな」
獣人の感情は分かりにくいのだが、犬が尻尾を振るのはうれしい時だったはずだ。邪魔扱いされてはいないようなので、一人が嫌な時はお邪魔しよう。
ぬいぐるみの名前と分類をするうちに、ぬいぐるみについているタグに書かれた製作年に気付いた。
時間はばらばらで、年代の新しいものが先に漂着することもあれば、古いものが後で漂着することもあるらしい。
(これはいよいよ、俺が帰るのは難しそうだ)
何せ、宙の泉につながっているどこかへのルートは、時間軸が定まっていない。どうやら地球の日本周辺らしいのは、タグや使われている言語から分かるが、どこに飛ばされるんだか分からない。
(第二次世界大戦の頃に飛ばされたら、俺、たぶん死ぬよな)
ユーフェがここに住んでからの記録しか見ていないが、古いものはそれくらいの製造日が書かれていた。ある程度記録をしたら、王宮の保管庫に移すらしく、そちらにはもっと古い時代の物も置いてありそうだ。
(宙の泉には、良いものばかりが漂着するわけじゃないし……)
そもそも王族が管理し始めたのは、昔、村が管理していた時に起きた事件のせいなんだそうだ。
鉄の塊があって、溶かして使おうとした者がいた。だが、ピンを抜いた途端、爆発した。そして、その村人は死んでしまった。そこは鍛冶場で、ちょうど火を入れていたのだが、家も爆発で崩れ落ち、火事になった。その上、危うく森林にまで燃え移りかけたのだそうだ。
他にも、宝飾品が漂着したせいで、発見者と村長の間でもめごとが起き、発見者が殺されてしまう事件もあった。
そんな事件がいくつか起きて、噂が王宮に届いた。
王は安全のためにも、宙の泉を王族が管理することに決めたのだ。
だが、財宝が流れ着いた噂を聞いた者の中には、いまだに宙の泉を狙う者がいる。だから王族の中から代表を選び、ユーフェのように塔に住んで監視し、牽制しているんだそうだ。
王族は男女どちらも武芸の達人だし、王族に危害を加えれば死罪だ。強盗するには、リスクが高すぎるというわけだ。
(泉に飛び込むのは、もうやめよう。日本に帰りたいけど、俺が帰りたいのは元の時代と場所で、それ以外は嫌だ)
剛樹は臆病だ。向こう見ずではないから、こんな訳の分からない現象に飛び込む勇気はない。
ここでの生活に少し慣れ、帰還への諦めがついたから、ほんの少しだけ前向きになり始めた。とりあえず助手の仕事をがんばるつもりだ。
ユーフェとともにぬいぐるみについての報告書作りを終え、昼食を終えた午後、ガロンガロンと鐘の鳴る音がした。
ユーフェの後ろから門の外を見ると、剛樹と同じくらいの身長をした銀狼族の少年が立っていた。灰色の上下を着て、青い帯を締めている。獣の足は裸足だ。
「王子様、こんにちは! モリオンを迎えに来ました」
シスカとバドの長男で、ジュエルだ。金色の目の鋭さはバドとそっくりだが、剛樹にはなついてくれている。この一週間、イルクの家やシスカの家にもお邪魔して、少しずつ外に慣れる訓練を始めた。
「ああ。モリオンは怖がりだし、弱いからな。頼むぞ」
「はい、安心してください。大事な宝石名同盟の同志ですから!」
「はは、そうか」
ユーフェは剛樹にも気を付けるように言ってから、外へ送り出した。
剛樹はぺこっと会釈をしてから、森の間の道を歩き出す。ジュエルは剛樹の足の遅さを分かっているので、のんびり歩いてくれる。
塔を少し離れた所で、ジュエルが含み笑いをした。
「王子様、過保護だよなあ。ほら、見ろよ。まだ、こっち見てる」
「え?」
剛樹が振り返ると、ユーフェはまだ門の前に立っていた。剛樹が手を振ると、ユーフェは手を振り返して中に入る。
「あ、ばれたのが気まずそうだな。俺、モリオンがここに来たの、王子様には良かったと思うぞ」
「え?」
「大人達が言ってた。王子様は心に怪我をして、癒すためにここにいるんだって」
ジュエルの言うことを聞いて、ユーフェが王宮にいたくないと話していたのを思い出した。
「家族と仲が悪いとか?」
「そこまで知らないけど、噂だと、婚約者にふられたんだって」
「婚約者も奥さんもいないって……」
「うん。だから、ふられたから、いないんだろ。銀狼族って愛が重いから、失恋しただけで病気になる奴もいるんだぜ。なんか、おっかないよな」
ジュエルは初恋もまだみたいだ。そして、辺りを見回してから、声をひそめる。
「やっぱり王子様があんなだからだと思うぜ」
「あんなって?」
「大人なのに、小さいだろ。イルクのおじさんくらいが普通なんだ」
「身長が低いってこと?」
「そうだよ。王族なのに、なんかみすぼらしいっていうか、情けないよな」
ジュエルの言葉に、剛樹はむっとした。
「何が駄目なんだよ。ユーフェさんは良い人だ」
「お、おい、怒るなよ。っていうか、お前、怒ることがあるのか」
「これからずっと、ジュエルって呼ぶからな!」
「エルって呼べってば。悪かったって! もう言わない!」
ジュエルは慌てて謝った。
ジュエルは自分の名前を嫌っている。「宝石みたいな子」という意味でジュエルと名付けたシスカの親馬鹿っぷりは微笑ましいが、ジュエルにしてみればキラキラネームで恥ずかしいそうだ。剛樹も自分が名前負けしているから、自分の名前が嫌いだ。気持ちが分かるから、ジュエルの頼み通り、エルと呼んでいる。
剛樹のあだ名がモリオンだと知り、同志だと言って、ジュエルはすぐに剛樹になついた。二歳年下なのに、兄貴ぶって剛樹の世話を焼いている。
宝石名同盟とは、宝石名を持つ同志の集まる同盟で、今まではジュエルの兄弟しかいなかったらしい。銀狼族の弟がダイアで、人族の妹がパールだ。村では「宝石三兄弟」と馬鹿にされているとか。
そこに、王子の助手をつとめる人族の剛樹が加わった。あだ名の名付けが王子だと知って、王族がつけるような風雅な名前だと胸を張ることにしたらしい。ジュエルにしてみれば、剛樹は村の子ども達を黙らせるのにちょうどいい武器なわけだ。
むすっとしたままザザナ村に近づくと、入り口で十四歳の銀狼族の少年が、七歳の人族の女の子の手を引いて待っていた。
「モリーちゃん!」
パールがぱあっと明るい顔をして、剛樹のほうへ駆けてくる。銀髪を三つ編みにしていて、前合わせの青色の上着の下に、ふんわりした紺色のスカートを履いている。サンダルには花飾りがついていた。パールは途中でつまづき、べちゃっと転んで、わんわん泣き出した。
「ああ、ほら、だから走るなって言ってるのに」
ダイアが耳をペタンとさせて、パールの傍にしゃがむ。剛樹みたいにどんくさいので、剛樹はパールに親近感が湧いていた。
「大丈夫? パールちゃん」
「うえぇぇぇ」
剛樹にしがみついて、パールは泣いている。七歳の子は結構重いので、剛樹には抱っこできない。背中をポンポンと叩いてあげる。
「パールが怪我したら、俺が父さんに怒られるのにっ」
ダイアはしょんぼりしている。
「パールちゃん、怪我はないから大丈夫だよ。痛かったね。痛いの痛いの、飛んでけーっ」
剛樹はパールの膝についている泥と草を払ってやり、膝に手をかざして、外に放るしぐさをした。パールはびっくりして、目を丸くする。
「なあに、今の?」
「痛いのを投げたんだよ」
「本当だあ。痛くない!」
転んだ辺りは雑草がふかふかしていたから、怪我をせずにすんだのだろう。パールはにこっと笑う。
ダイアがほっと息を吐く。
「助かった」
ジュエルも安堵している。
「ありがとう、モリオン。パールは泣き始めると、なかなか泣きやまないから助かるよ。母さんも面倒を見てくれてうれしいって」
「シスカさんにはお世話になってるから」
男同士のカップルでも、父と母で呼ぶものらしい。寝床で女役をしているほうが母と呼ばれているようだ。
「ノンノおばさんが、お菓子を作ってくれたって。皆で食べに来るように言ってたよ」
ダイアがそわそわと切り出す。うれしいのか、尻尾が小刻みに揺れている。
「うん。それじゃあ、皆で行こうか」
笑顔になったパールの手を引いて、剛樹はジュエルやダイアとともに村の奥のほうへ歩き始める。
途中、ジュエルが毛を逆立て、緊張を見せた。なんだろうと思ってそちらを見ると、背の高い銀狼族が立ちふさがっている。黒っぽい銀毛で、水色の目をしていて、ナイフみたいな鋭い印象がある。
「よう、宝石三兄弟じゃねえか。へえ、そいつが王子様の助手になったっていう人族か? 十八って聞いたが、本当か? 俺と同い年にしちゃあ、小さいじゃねえか」
大きな手が伸びてきて、剛樹は身を固くする。ジュエルが彼の手をはたき落とした。
「おい、気安く触るんじゃねえよ、ロス! 怖がってんだろ! 白鼠族みたいに臆病なんだから、近づくんじゃねーっ」
「ああん、なんだよ、ジュエル。守備隊ぶってんじゃねえ」
「村長の息子のくせに、柄が悪すぎだ。もっと真面目になったらどうだ」
「宝石野郎に言われたくねえよ」
「んだと、こらぁぁぁぁっ」
どっちもどっちな口の悪い会話をして、二人は掴みあった。ロスが回し蹴りをして、ジュエルがかわして殴りかかる。
突然、喧嘩が始まってしまい、剛樹はおろおろしてしまう。
「モリオン、パール、今のうちに行くぞ。エル兄とロスは仲が悪いから、巻き込まれたら大変だ」
ダイアがパールを抱きかかえ、剛樹をうながして、すぐ先にあるイルクの家に逃げ込む。イルクの妻が、ノンノという名前なのだ。
「ノンノおばさん、あれっ」
慌てている剛樹の声に、ノンノが顔を出す。イルクと変わらないくらいの身長をした女の銀狼族は眉をひそめた。
「あの子達、またやってるの? あなた、ジュエルとロスを止めてちょうだい」
「ああ、分かったよ。ジュエルは良い子なんだが、ロスがかかわると駄目だな」
「ロスが悪いんでしょ。いーい、モリオン。ロスには近づいちゃ駄目よ。村長が甘くて、あの子のことを叱らないから、悪さばっかりしてるの」
ノンノの注意に頷き、剛樹は事態の行方を眺める。
イルクが二人を引き離して叱りつける。ロスはしぶしぶという態度で離れていき、ジュエルはその後ろ姿を、毛を逆立ててにらんでいた。
応援ありがとうございます!
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