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本編
三章2
しおりを挟むバドが必要な家具の長さや、剛樹の身長や腰の高さ、膝丈なども測っている間、シスカはお下がりの服を取りに帰ってくれた。
「染めなおして着ていたんだけど、結構ボロくってねえ。間に合わせだけど、ないよりいいでしょう? 新しい物を買ってきたら、こっちは引き取らせてもらうね」
シスカが謝って差し出したのは、緑色の半袖の上衣と、深緑の下衣だ。黄色の帯も添えられている。下衣はズボンで、腰のあたりに紐が通っているので結んで固定する。その上に膝丈まである上衣を羽織、腰を帯で締めるのだ。見た目は和服と似ている。
着古しているおかげで綿の布地が柔らかく、肌触りがいい。しかしシスカが申し訳なさそうにするのも当然で、袖や襟は擦り切れていた。
「物を大事にする人なんですね」
着慣れたものというのは着心地が良いから、つい手元に残してしまうものだ。剛樹にはシスカの気持ちがなんとなく分かる。
「え? へへ、そうなんだよ。ありがと」
「シスカのはケチっていう……いてえっ」
「うるさいよ、バド」
シスカにすねを蹴られてバドが悲鳴を上げている。
「お借りします」
「そんなにかしこまらなくていいって。それじゃあ、またね」
「椅子だけは調整に来るからよ。人族って小さいから、高さを合わせるのが難しいんだよな」
そして大工屋の夫妻は帰り、剛樹はユーフェと遅い朝食にありついた。食事の席で、剛樹は質問をぶつける。
「あの、ユーフェさん」
「なんだ?」
今日もガツガツと食べながら、ユーフェがこちらを見る。
「大工さん、夫婦って言ってましたけど、どちらも男ですよね?」
「それがどうした?」
「ここ、もしかして、女の人がいない……?」
「いるぞ。イルクの妻は女の獣人だ」
「そ、それじゃあ、ええと」
混乱してきた剛樹はお茶を飲んで落ち着こうとして、逆にむせた。
「げほっごほっ」
「どんくさい奴だな。何を慌てている。どうした?」
「同性で結婚するのは、ここでは普通なんですか?」
思い切って問うと、ユーフェはけげんそうにする。
「そうだが、それがどうした」
「普通なのか。それじゃあ、シスカさん達の子どもは連れ子で、再婚ってことですかね」
十六の子どもがいるなら、バドが十九歳の時の子ということになる。それでも早婚だ。台所から、イルクが顔を出す。
「あの二人は再婚じゃないぞ、モリオン。初婚だ」
「あ、それじゃあ、養子」
「二人の子だぞ」
「ええ!? ということは、男の人でも産めるってこと?」
するとイルクだけでなく、ユーフェまで笑い出した。
「ははは、何を言ってるんだ、モリオン」
「卵を産むのは鳥と魚、爬虫類、両生類だけだろうに」
「卵? え? 意味が分からないんですけど」
どうしてそこで卵の話が出てくるのか。剛樹はめまいがしてきた。ユーフェはそこでようやく剛樹とかみ合わない会話の理由に気付いたようだ。
「もしや、お前の世界では、人間や動物は、花から生まれるのではないのか?」
「は、花~~!?」
仰天のあまり、剛樹は椅子から転がり落ちた。
それから、ユーフェはこの世界での命の誕生について教えてくれた。
この世界では、吉祥花というものがあり、伴侶となった者達の祈りが通じると、花が咲いて赤子が生まれる。
「吉祥花は綺麗な水が湧く場所なら、どこにでも生えている」
「そんなすごい花がどこにでもあるの!?」
「でないと、子作りできぬだろう」
「ええ……、そう言われても」
貴重な花ではないのが、不思議すぎる。
「吉祥花を神の花と祀る教会はあるが……、それはさておき。場所が限られているなら、野生動物はどうやって増えるんだ? 一部以外は、吉祥花から生まれるんだぞ」
「うーん、納得できるようなできないような。ええと、お話を進めてください」
「ああ。まず、森でつぼみのついた花を探し、鉢に入れて持ち帰る。それから十日、毎晩、つぼみの傍で祈り、夫婦の交わりをする。祈りが通じれば、花が咲き、二人の特徴を継いだ赤子が生まれるのだ」
剛樹はすかさず手を挙げる。
「それって、無理矢理だった場合は、赤ちゃんは……」
「できない。どうしてかは知らぬが、二人が本気で子どもを望まなければ、子は生まれない」
「それじゃあ、政略結婚とか、親に無理に結婚させられたら、子どもができないんですね」
気持ちがなければいけないのなら、どうしようもない。想像すると気の毒だが、なんとも不思議だ。
「結婚は双方の同意がなければできないが、それを破る者はいるな。まれに権力者が、相手の弱みを握って、子ができなくてもと結婚することはある。親戚から養子をとるのは、そういった時だけだ」
「側室とかめかけとかはとらない?」
「愛人ということか? この国では愛人も重婚も法律で禁止されているが、他国は違う。獣人によっては、ハーレムを作る者もいるようだぞ。妻が複数いても子が産まれるのだから、よほど夫の甲斐性がいいのだろうな。銀狼族ではありえぬ話だ」
呆れを含んだ感心といった声で呟き、ユーフェは鼻の頭にしわを寄せて、ぶんぶんと頭を振った。まるで汚らわしいとでも言いたげだ。
「南方のほうにいるのだ。獅子族というのがな」
「獅子ってことは、ライオン?」
ユーフェは重々しく頷く。
「鳥は卵を産むんなら、鳥系の獣人は……?」
「ああ、言いたいことは分かるが、獣人も人族も人間というくくりだ。人間は、吉祥花からしか生まれぬ。鳥系以外では、トカゲ族や魚人なんかも吉祥花からだ」
「魚人もいるの?」
「水底に国があるらしいが、港湾都市でもない限りは見かけぬよ。この国ではまず見ない。彼らは乾燥に弱いからな」
「面白いなあ」
一度でいいから魚人に会ってみたいと、剛樹は好奇心をひかれた。絵に描いてみたい。
「花から生まれぬのなら、モリオンの世界では、どうやって子をなすのだ?」
ユーフェの純粋な問いに、剛樹は困った。こんな話を真面目にするのは、保健体育の授業以来だ。しどろもどろながら、女性器と男性器の話をして、卵子と精子のことも伝える。
「ううん? つまり、そちらは卵から生まれるのか?」
「え!? 生まれるのは赤ちゃんだけど、そうだよね、卵……なのかな」
他人が苦手なせいで、彼女いない歴イコール年齢の剛樹は、子作りのことなんて真剣に考えたこともない。首を傾げるしかなかった。
「ああ、悪かった。お前は医者ではないのだから、詳しくはなかろうな。とにかく、その、セイリ? というのは女性にはないが、愛液や精液はあるぞ」
「へ、へえ」
堂々と下ネタを口にされ、剛樹は真っ赤になって目をそらす。ユーフェが笑い出した。
「くっくっくっく。十八だというのに、うぶな奴だな。しかし、朝食を食べながら話すことでもないか。とりあえず食べてしまえ」
「はい」
剛樹は根菜たっぷりのスープをかきこんだが、なんとなく味がしなかった。精神的にいっぱいいっぱいである。
ちなみに、ミルクのような栄養満点の蜜を出す花があって、赤子にはその蜜を飲ませて育てるらしい。これも森に行けば生えているし、鉢植えでも育てられるものなんだとか。
赤子以外には、蜜は渋く感じるようで、食材にはならないらしい。
よくできている世界である。
食事を終え、茶を飲んでいると、ユーフェがこちらをじっと見ているのに気付いた。
「なんですか?」
「いや、そういえば注意するのを忘れていたのだがな」
「はい」
「大丈夫だとは思うが、ここの敷地の外に出る時は、よく気を付けるのだぞ。銀狼族はこれぞと思う相手以外には見向きもしないのだが、たまに例外がいてな。婚前交渉もいとわず、遊ぶ者もいるのだ」
「はあ……」
ひとまず頷いた剛樹は、ユーフェが何を言いたいのか理解するや、目を丸くした。
「は!? もしかして、俺に襲われないように気を付けろって言ってます!?」
ユーフェはこっくりと大きく頷いた。剛樹はぶんぶんと首を振る。
「いやいやいやいや。俺、男ですよ!」
「結婚と子作りに、性別は関係ないと言っただろ」
「根暗なぼっちです!」
「ぼっち?」
「一人ぼっちでいる奴って意味です」
「一人でいるような者なら、カモにちょうどいいだろ。悪い者は、弱そうな者を選ぶのだ」
「え? あ……確かに」
そういう視点で見ると、剛樹は思い切り獲物候補になる。さあっと青ざめた。
「出かける時は、イルクやシスカの傍を離れぬようにな。村は大丈夫だろうが……」
「は、はい、気を付けます」
「人族は小さいから、獣人のなぐさみものにされると、体を壊して死ぬ者もいるそうだ。だから、人族は獣人を恐れる。獣人を嫌って、鎖国している人族の国もあるくらいだ。――ああ、心配だ。お前はどんくさいから、逃げられると思えぬ」
そんな国もあるのかと頷いていた剛樹は、ユーフェの心配のしかたが失礼すぎて、首をすくめた。
しかし否定できない。運動音痴なので、足も遅いのだ。
いろんな意味でカルチャーショックを受け、その日、剛樹はぼんやりして過ごした。
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