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本編
序章 百年越しの目覚め
しおりを挟むふと目が覚めた章冬林は、体の強ばりを感じてよろめいた。
大事に抱えていた宝剣の鞘の先で、地面をついて支えにする。
(どこだ、ここは?)
深い眠りに落ちていたせいで、頭がぼんやりしている。
広々とした鍾乳洞は、明かりで照らされていた。光を放つ小型の宝貝がいくつも置かれている。
(なんてぜいたくな)
宝貝一つを作るのに、金銀財宝や珍しい素材が必要になる。それに加えて、儀式などの手順や仙力も必要だ。ざっと見ただけでも、十は置いてあるようだ。宝貝や宝剣作りを得意とする技術師でもあり、その腕前から宝工と呼ばれていた仙人である冬林からしても、過剰でもったいないように思えた。
「はあ、はあ」
長きに渡る封印のせいで、仙力を使い果たしたようだ。
とうとう立っていられなくなり、冬林はその場に座りこむ。
(ああ、そうだった。私が作った〈落星剣〉を狙う者に追い込まれて、自分ごと封印したのだったか)
冬林は玄武族と朱雀族の血を継いでいるが、黒い髪と灰色の目という見た目のままに、玄武族の才能を色濃く受け継いでいる。玄武族は結界術と封印術が、他部族より抜きんでて秀でていた。
それに加えて、出産と育児で休む姉の代わりとはいえ、冬林は五年だけ玄武族の長を務めた実力者でもある。本気を出して封印すれば、姉でさえ手出しできない強固な守りを築きだせた。
(しかし、もう限界だ。せめてこの剣だけでも、どこかに隠さなくては)
まさか興味本位で作った宝剣が、凶暴な破壊の力を持っているとは予期できなかった。制作者の責任として、仙界を争いに陥れるわけにはいかない。
ジャリッと砂を踏む音がして、冬林はハッと顔を上げる。
「冬林様……?」
背が高い男が、震える声で冬林の名を呼ぶ。
黒い髪を金の冠でまとめており、黒と白を使った絹の衣を着ている。
「誰だ?」
髪が黒いので、玄武族だろうか。
「姉上の使いか?」
「違います! 私を覚えていませんか? 李浩宇です。煤黒と呼ばれていた、白虎族の落ちこぼれと言えば分かりますか?」
「浩宇?」
冬林の記憶にある浩宇は、まだ成長途中の十七歳の少年だ。それが、背が伸びて、頑健な体躯の持ち主に変化していたのだから、驚きが隠せない。
「いったい何年が経った。白虎族は……」
冬林は質問をためらう。
浩宇は白虎族と玄武族の間の子であり、白虎族の長である父のもとで育ったのだ。だというのに、玄武族の特徴が見た目に現れたせいで、銀髪が多い白虎族の中で、黒髪が悪目立ちした。それで「煤黒」と馬鹿にされていたが、彼にとって白虎族は家族に変わりない。
「百年です。冬林様、白虎族ならば、心配いりません。私は仙人として成り上がり、父を廃して、兄弟も追放しました。今では私が白虎族の長です。もう悪さはさせませんよ」
白虎族は仙界を統一しようとたくらみ、冬林が作った剣を狙っていたのだ。
浩宇の説明を聞いて、ようやく冬林は肩の力を抜く。
浩宇がこちらに駆け寄り、倒れそうになる冬林を素早く抱きとめる。
「浩宇、頼む。これを誰の目にも触れぬ場所に……」
「冬林様、しっかりしてください。やっと再会できたのに……!」
苦しいほどの力で抱きしめられながら、冬林の意識は再び闇へと落ちた。
次に冬林が起きると、豪華絢爛な寝室にいた。
「なんだ、ここは」
妙にやわらかな布団に身を起こし、冬林は部屋を見回してあっけにとられた。牀榻には天蓋があり、やわらかな青い紗布が垂れている。
蓮をかたどった飾り窓には玻璃が使われているし、床には青と白の糸で美しく織られた敷物がある。置かれている家具は、黒檀に丁寧に模様が彫り込まれていたり、螺鈿細工が施されていた。
高価な調度品に交じって、明かりや気温調節の宝貝が無造作に設置されている。
(明かりはろうそくで良くないか……? それに……)
宝物庫にでもいるような気分になったが、それよりも恐ろしいのは、幾重にも施された守りの仙術である。
(なんだ、この結界は)
外敵は一切寄せ付けないという執着めいた意図すら感じられる。しかし、それは外だけで、内側からは壊せそうだ。
(牢獄にいるにしては妙だな)
冬林がきょろきょろしていると、幾何学模様が美しい飾り扉が開いて、青年が現れた。
「冬林様、良かった。お目覚めになられましたか。医師には心配ないと言われておりましたが、気が気ではありませんでした」
「お前は……」
「李浩宇ですよ。まだ意識がはっきりされておりませんか」
浩宇は扉を閉めると、まっすぐに牀榻へ歩み寄る。
洞で再会した時ははっきり見えなかったが、こうして明るい場所で落ち着いて相対すると、輝くような美青年である。不愛想に金の目を細めていると抜き身の刃のような鋭さがあるのに、冬林と目が合った途端、子犬がじゃれつくような親愛をあらわにした。
(そういえば、この子は初めて会った時、土と泥に汚れた野良犬のようであったな)
浩宇を拾って手元に置いたのは、気まぐれだった。
「覚えている。浩宇、私の〈落星剣〉を隠してくれたか?」
「いいえ」
「何? すぐにどうにかしなければ。あっ」
冬林は焦りを覚え、牀榻から下りようとしたものの、膝に力が入らずに床に転げそうになった。それを洞での目覚めのように、浩宇が手を差し出して抱きとめる。
「落ち着いてください。あなたは百年もの間、剣ごと自分自身を封じていたのです。仙力がほとんど空なせいで、目覚めてすぐに一週間も眠っておりました。あなたがあのまま衰弱死するのではないかと、とても心配したのですよ」
そっと丁寧な動きで、浩宇は冬林を牀榻の上に戻す。そうしながら、腕に添えられている手が震えているのに気づいて、冬林は申し訳なくなった。浩宇にしてみれば、冬林は養い親なのだ。昔も親しんでくれていたから、不安がって当然だ。
「ああ、すまぬ。傑作を作りたいと思うのは、技術師の性とはいえ、とんでもないものを作ってしまったと、後悔しているのだ」
「そうですね。百年も共にいたせいで、その憎たらしい剣は、あなたを主と認めてしまったようですし」
「は……?」
どういうことだと思いながら、冬林は己の内側を意識した。仙力の源である金丹とは別に、確かに龍脈のような力が渦巻いているのを感じる。
「なんということだ! 私の一部と化しているのでは、どこかに隠せないではないか!」
ほとんど仙力を失っているのに、一週間程度で目覚めるほどに回復したのは、この剣が力を分けたせいだろう。
「ああ、だからお前は、こんなに守りの固い部屋に私を寝かせていたのだな」
「いいえ」
「違うのか?」
「それとこれとは別問題です。冬林様、あなたは私にとって宝物のような方。愛しい人を守るために手を尽くすのは当然です」
「……ん?」
ふいに浩宇が冬林の右手を取り、指先に口づけを落とした。
冬林はぽかんと眺める。浩宇の眼差しに含まれている熱は、どう見ても家族愛ではなく……。
「こ、ここここ浩宇?」
冬林は動揺のあまり、声をどもらせる。
(なんだ、どういうことだ。私のかわいい黒虎ちゃんはどこへ行った?)
そういえば、昔は冬林のことを先生と呼んでいたのに、起きてからは名前ばかり呼ぶのも違和感がある。
「もっと私の名を呼んでください」
「お、おち、落ち着け! 私はお前の養い親で、お前は養い子だろうが。待て待て、どうして押し倒す!」
元気な時ならば強い仙人として遅れはとらないが、今はすっかり弱っているせいで、冬林はあっけなく布団に倒れこんだ。その顔の横に両手をついて、浩宇がこちらを見下ろす。
「この百年、どうしたらあなたを救えるか、ずっと考えていたのです。危険な修業もしまして、こうして百年で天の位まで昇りました」
「天だと! 筋が良いと言われていた私でも、四百年かかったのに?」
仙界に生まれた仙人は、仙力によって天地松竹梅の五段階に分けられている。誰もが梅の位から始まり、達人が昇格できるのが天なのだ。天の位は厳しすぎて、一部族に片手の数ほどいればいいほうだった。
梅の力量は、下界――人間界にいる道士や坊主程度のものである。人間が憧れる空を自由に飛び、仙術を自在に操る「仙人」というのは、天の位にいる者のことだ。仙界にいる者は、位ごとに分けるため、例えば冬林ならば、天仙と呼ばれる。
「あなた様が目覚めた暁には婚姻を許すと、あなたの姉君からご了承も受けております。愛しているのです、冬林様。どうか結婚してください!」
「は? 姉上、何を勝手に了承してるんだ? というか、待て、浩宇!」
冬林は必死に浩宇の肩を押し返しながら叫ぶ。
「お前、愛などと言うが。百年も私のことばかり考えていたから、自己暗示をかけただけだろう! 一回、冷静になれ!!!!」
火事場の馬鹿力を発揮した冬林は、仙力を瞬間的に爆発させ、浩宇を吹っ飛ばした。
ドカンと壁にぶつかった浩宇が倒れるのを眺め、冬林は頭を抱える。
「おいおい、いったいどういうことだ! どうしてこうなった?」
混乱に襲われながら思い出したのは、百十年前のことだった。
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