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千里眼の魔法使い5 --小鳥の帰る家--
5-8 小鳥の帰る家 (本編、おわり)
しおりを挟む死の風が吹き荒れたアレット伯爵領だったが、マリー・フォレストが作った特効薬のおかげで、被害はかなり抑えられた。
量が足りず、それでも多くの人が亡くなり、二ヶ月が経ち、ようやく落ち着いた領内は喪に服す人々で沈んでいた。
イスルは幸い発症せず、サリタスも元気になったが、サリタスに帰還の許可が下りず、事態が落ち着くまでサリタスは領主館の仕事を手伝っている。一方、イスルは仮設の避難所に薬師として出向いて、人々の世話に明け暮れた。
そのうちすっかり辺りが秋色に染まった頃、エイダは今度は、収穫量が減ったことでの飢饉が起きないかと心配していた。
「まったく、病気で大変でも、季節は待ってはくれないからな」
「そうですね。小さい村はそのまま焼かれてしまいまいたし……彼らの保護もあります」
「全滅するよりもマシだが、また住めるように整備しないとな。いったんは避難所で受け入れて、それからだな。イスル・ブランカ、お前には引き続き、避難所に薬師として詰めて欲しいのだが、構わんか?」
「もちろんです、アレット様。お役に立てるなら喜んで」
イスルがエイダと話していると、不機嫌顔のマリーがやって来た。
端がぐしゃっとなっている手紙を、エイダに差し出す。
「閣下、見てくださいよ、これ。王家の連中、本気で腹が立ちます」
「お前宛か? どうせ、研究成果を差し出せとかそんなところだろう」
「よくお分かりで」
イスルが内容を気にしていると、エイダが読まずに手紙を差し出した。イスルは受け取って目を通す。
「ええと、『マリー・フォレスト、貴女の功績をたたえ、宮廷魔法使いの地位を与えようと思う。その代わり、汝の成果を白の団に開示するように』……なんですか、これ。お願いどころか、要請ではないですか」
イスルでも気分が悪くなる内容だ。マリーが怒るのももっともだ。
「丁寧にお断り申し上げたいところだけど……僕に考えがある。閣下、閣下とイスル君への正式謝罪と地位の返還を条件にして、嫌味たらたらの返信を書いてもよろしいですか?」
「マリー、お前を不愉快にさせてまで、正したいとは思わない。さっくり断って差し上げろ」
エイダの返事に、イスルも頷く。
「そうですよ、マリーさん。気遣いは結構です」
しかしマリーは首を横に振る。更に一歩深めて考えているようだ。
「私はね、この薬を人の役に立てたいんだ。だから、国が足掛かりになるのは都合が良い。でも、すんなり言うことを聞くなんて嫌だから、面子をつぶしてやりたいんだよ。――くくく、あいつら、イスル君達を追い出しておいて、実際は生き残りが助かるために必要なんて分かったら、どんな顔をするんだろうね。その時点でも業腹だろうに、正式謝罪だ。くくくく、絵にして残してやりたいね!」
どこから見ても悪役の笑いかたをするマリー。エイダも愉快そうににやりと笑う。
「確かに面子丸つぶれだな。お前がそれでいいなら、構わん。功績は見事だった。褒賞と、希望があるならなんでも聞いてやるから、考えておくように」
「パトロンはあなたなのに、私の名前で研究発表していいとおっしゃって頂けるだけでも充分なんですが」
「それはそれ、これはこれだ。功績は正しく評価しなくては、やる気がそがれるだろう? 今後も優秀な研究に期待している。だが宮廷魔法使いになるなら、止めはせん」
マリーはパチパチと目を瞬いた。
「ああ、何かおかしいなと思った。私は宮廷魔法使いにはなりませんよ。研究成果だけ差し上げるつもりです。あんな場所で仕事をしたら、研究以外もしないといけないでしょう? 研究しか興味がないんでお断りですよ」
それに、とマリーは付け足す。
「ここにはウォルがいますし。閣下、ウォルを呼び戻してくださいよ~。一ヶ月くらい、休みをくれるとうれしいです。久しぶりに夫婦の甘い時間を過ごしたいですね」
エイダの顔が分かりやすく引きつった。
「……伝えておくが、期待はするな」
「やった! 褒賞は家がいいです。子どもも暮らせるくらい広いといいですね」
「分かったから、お前の家族計画まで発表しなくていい!」
煙たそうにするエイダと、ひょうひょうとしているマリーのやりとりに、イスルはつい笑ってしまう。
「それでは僕はこれで失礼します」
仕事に戻るため、エイダの執務室を後にした。
*****
それから更に一年もすると、特効薬が普及したことで、死の風への影響は次第におさまっていった。
王家の正式謝罪を受け、エイダとイスルは宮廷魔法使いに復帰し、忙しくも穏やかな日々に戻った。
そんな秋の日のこと、イスルはサリタスと故郷への道を進んでいた。
色鮮やかな花が咲き乱れる野山を馬で登りながら、イスルは懐かしさに目を細める。
手入れもされず放置されているが、道の痕跡をたどっていく。
「今度は薬の材料のために、身が危なくなるとは思いませんでしたよ」
馬を並べて街道を進みながら、イスルはサリタスに話しかける。
「ああ。まったく、人間ってのはどうしようもないな」
今まで、死の風の生き残りと分かると迫害されるから身を隠していたが、今度は薬の材料扱いで狙われる事件が起きた。
薬が高値で売れることもあり、稼ごうという者も出てきた。薬と嘘をついて売りつける詐欺もあった。
生き残りとそうでない人々の間にある溝が更に深まるのではないか。イスルは心配している。
「でも、これも一つずつ乗り越えていかないといけないんでしょうね。がんばらないといけません」
「ああ。俺も悪党をがんばって捕まえるよ」
「頼りにしています」
「うん」
二人は頷き合った。そこでサリタスが山の上を眺めて声を上げる。
「あれが君の村?」
「そうです、エトウィンカ村。懐かしいな」
村の入口で、馬を止めた。
焼けて黒焦げになった家々の間に、草が生い茂っている。
「中に入らないの?」
「いいんです、ここで」
村はすでに山の一部になりかけている。
イスルは馬を下り、持ってきた百合の花束を入口に置く。
「皆、どうか安らかに。リリー、サリタスを引きとめてくれてありがとう。ずっと心配してくれてたなんて思わなかった」
病から回復したサリタスから、夢でリリーと会ったことを聞いたイスルは、一度は故郷に来ようと決めていたのだ。
墓場と化した村に入る気はないから、入口であいさつをする。
――ねえ、戻って伝えて欲しいの。私の兄さんに、憎んでなんかいないよって。心配だから傍にいただけなの。でも、わたしはそろそろ旅立つよ。だから、さようなら。こっちへはゆっくり来て、遊んで待ってるから。ゆっくりだからね?
サリタスが伝えてくれたリリーの言葉は、イスルへの親愛に満ちていた。
あの時も泣いてしまったが、思い出した今でも涙がにじむ。
「イスルのお父さん、お母さん。妹さんにご家族に……村の人!」
「え、サリタス?」
急にサリタスが村へ向けて叫び始めたので、イスルは戸惑う。サリタスは気にせず続ける。
「イスルのことは俺が引き受けたんで、大丈夫。生き残ってる子達の面倒も見ます。だから安心して休んでください!」
大声で叫んでから、ふうと息をついて、サリタスはイスルを振り返る。
イスルも彼にならって叫ぶ。
「皆、さようなら! この悲しみは忘れない。でも、僕も子ども達も皆、幸せになるから! 見守ってて……」
最後は涙になって、言葉にならない。
袖で目元をぬぐい、ひっくとしゃくりあげる。
サリタスが静かに肩を抱き寄せたので、イスルも身を寄せた。
帰り道、山のふもとにある村へと馬を進めながら、サリタスが言いにくそうに切り出す。
「ねえ、イスル。君、そろそろあの借家は引き上げて、俺の屋敷に来ない?」
「へ……?」
イスルはサリタスの横顔へと目を向ける。
「君、あちこち行ったり来たりして忙しそうにしてたから、様子を見てたんだけどさ。防犯魔法があっても心配だし……」
「ああ、また警備の話ですか。てっきりプロポーズかと思いました」
笑って返そうとしたイスルだが、不自然な沈黙が落ちる。もう一度サリタスを見ると、赤い顔をしていた。
「その……つもりなんだけど」
イスルもつられて真っ赤になる。
「ちょうど家族にもあいさつ出来たから、どうかな? 死ぬまで、俺とパートナーになってくれない?」
馬を近付け、サリタスが右手を差し出す。
「はい……! ありがとうございます」
イスルはサリタスと握手をかわす。その瞬間、涙が溢れ落ちて、何故だか泣けてしかたがない。
「あの、うれしいんです。うれしいんですけど」
「うんうん、分かってる。君、結構、涙もろいから」
左手も出してと言われ、素直に差し出すと、薬指に銀製の指輪がすっとはめられた。サリタスも自分の左手を見せて、にかりと笑う。
「どう? 似合うだろ?」
「サリタス……っ、大好きです!」
感極まったイスルは大泣きしてしまったが、その顔には満面の笑みも浮かんだ。
「さあ、家に帰ろう」
「はい……!」
馬を並べ、家路に着く二人を、夕日が静かに照らしていた。
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