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千里眼の魔法使い5 --小鳥の帰る家--
5-6 奔走
しおりを挟む隔離結界を張る場所にテントをはり、机や椅子、簡易ベッドも運び込んだ。他にも、トイレ用に天幕を張って、外から見えないようにする。
それから元々の結界を覆うように隔離結界を張り、中の結界を解除して、サリタスにはそちらに移動してもらう。そして隔離結界の範囲を縮めた。
「サリタス、不自由はありませんか?」
イスルは結界の外から、心配して問いかける。
経験上、隔離生活中にこれは欲しかったというものはそろえておいたが、足りなければ集めてくるつもりだ。
サリタスはテントの外に置いた椅子に腰かけて返事をする。
「大丈夫だよ。簡易ベッドのおかげで野宿よりずっと楽だ」
「よかった。僕は実家では土間で寝るのが普通でしたから、テント生活でも耐えられましたけど、サリタスは貴族なので厳しいのではないかと思ったんです」
「そんなにやわじゃないよ」
サリタスはむっと顔をしかめた。イスルは首を横に振る。
「誤解しないでください。馬鹿にしたわけでは……。健康な時なら、サリタスのほうが僕よりずっと体力がありますけど、病気では分かりません。できるだけ消耗して欲しくなくて」
「……ごめん」
溜息を吐き、サリタスは頭をかく。
「思ったより落ち着かないんだ。余裕がない」
「分かってます。僕もそうでしたから」
イスルは僅かに目を伏せる。
「すみません、ずっと傍にいたいけど、僕にはすべきことがあります。マリーさんに協力して、薬の完成の手助けをします。また来ます」
「イスル」
ぺこりとお辞儀をして去ろうとした時、サリタスが呼び止めた。
「無茶をしないようにね。気にするな――と言っても無駄だろうから。俺がイスルでもじっとしていられないだろうし」
暗く落ちていく気持ちを言い当てられて、イスルは返事に困る。
「どこにいたって、こうなる可能性はあったんだ。たまたま、君がいる時にそれが起きた」
「……僕は疫病神ではないでしょうか」
「そうかな? 俺が王都にいる時にこうなっていたら、追放されたイスルとは面と向かって会えなかった。そう考えると、ついてるかもしれない」
イスルの目にじわっと涙が浮かぶ。
「すごいですね、サリタス。こんな時なのに、僕を気遣ってくれるんですか?」
「こんな時だからだよ。俺は結構、格好つけたがりなんだ」
茶目っ気あふれる物言いをするサリタス。イスルはふふっと笑ってしまう。
「サリタス、あなたにきっと、僕がいて良かったって思わせてみせるので、一緒にがんばりましょう」
「もうずっと思ってるよ。頼もしいパートナーだって。……まあ、ときどき、常識が足りてなくてやきもきするけどさ」
「なんですか、それ」
良い話のようだったのにと、イスルはがくっと肩を落とす。サリタスは真面目に首を横に振る。
「いや、君。なかなかだよ?」
「いいです、もうっ。分かりました。やる時はやるって見せてあげますからっ。では、後で食事を持ってきます」
「よろしく」
ひらりと手を振るサリタスに、イスルは会釈をして、領主館の門前を離れる。そろそろマリーが城下町から戻る頃だ。
中に入る前に振り返ると、町を覆う巨大な結界が張られるのが見えた。常人には見えないだろうが、イスルは魔法使いなので魔力の流れを目で見られる。この規模を一人で展開するのは難しいので、あらかじめ城壁に仕掛けでもしてあったのだろう。慎重なエイダらしい処置だ。
イスルはマリーの研究室に向かい、まずはお茶を準備した。きっと駆け回って指揮をしてと、疲れているだろう。
この状況で、マリーに倒れられるのが一番痛い。休める時に休んでもらう必要があった。
それから一週間が経った。
「イスル君」
気遣わしげな声がして、イスルはゆるゆると顔を上げた。白衣を着て、あれこれと作業をしていたマリーは顔をしかめる。
「ひどい顔をしてる。君のほうが先にぶっ倒れそうだ」
「マリーさん、サリタスに発疹が出たんです……」
「うん、知ってる。まだ熱は出てないみたいだけど」
マリーは冷静だが、目には心配そうな色合いが浮かんでいる。
「彼氏にはネガティブなことを言っちゃ駄目だよ? なんでもいいんだ、希望が大事」
「ええ、分かっています。マリーさん、今日もお手伝いします」
どうしても落ち着かないので、何かしていたい。
本当はサリタスの傍にいたいのに、取り乱しそうで今は出来ない。一番つらいのは本人なのだから、イスルが嘆いてはサリタスに精神的に負担になってしまう。
だからここでじっと息をひそめるように、イスルは耐えていた。
しかしイスルの状態など、マリーにはお見通しなのだろう。彼女には提案を断られた。
「うーん、ぶっ倒れそうだから今日はいいよ。悪いけど、緊急事態だから、子ども達にも手伝ってもらうことにした」
「そうですか」
拒否の言葉は浮かばなかった。子ども達はつらさをよく知っているから、きっと手伝ってくれるだろう。素直で良い子達だ。
「やりすぎは注意してください」
「大丈夫だよ、加減はわきまえているからね。ところでどうする?」
「何がです?」
イスルの問いかけに、マリーは薬の瓶を見せる。
「第一弾の試作品が出来た。でも、まだ動物実験もしてない代物だ。効くかどうか分からない」
「試作品が完成したんですか?」
「うん。あくまで試作品だよ」
「いいえ、すごいことです。サリタスに確認してみます」
窮地に差しのべられた救いの手に、イスルは胸が熱くなった。
「でも、効くか分からないからね! イスル君!」
後ろでマリーが慌てて叫ぶが、イスルは何も解決策が無かったあの頃よりずっとマシだと、研究室を飛び出す。
「サリタス! 朗報です、試作品が出来て……サリタス!?」
隔離結界の場所にやって来たイスルは、テントの入口に倒れているサリタスを見つけて、寒気を覚えた。
「サリタス? サリタス!」
結界があるので近づけないが、赤い顔をしているので熱が出始めたようなのは分かった。
イスルはすぐに研究室に取って返し、乱暴に扉を開けてマリーにもとへ行く。
「マリーさん、サリタスが熱で倒れました。僕も隔離結界の中に入ります。看病する人が必要ですから」
「ちょっと、本気? 生き残りが他所でもまた生き残った事例はあるけど、百パーセントじゃないんだよ? 心中したいの?」
ほのかな光が差し込む半地下の部屋でも、マリーの顔色が悪くなったのが見てとれた。やめるべきだと首を横に振るマリー。しかし、イスルの心は揺れなかった。
「後悔だけはしないと決めているんです。それで死んでも悔いはない」
「イスル君……」
マリーの顔が悲壮にゆがんだので、イスルはふふっと笑ってみせる。
「でも、僕は生きるつもりです。子ども達を置いてはいけません」
マリーの表情が少し和らいだ。
「よろしい。それなら僕は手を貸すよ。死ぬより生きるほうが大変なんだ。がんばるんだよ」
「もちろんです」
イスルとマリーはしっかりと頷き合った。
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