千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い5 --小鳥の帰る家--

5-5 死の風

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 サリタスは王都に戻るため、北へと馬を走らせていた。
 領主館から馬で三時間程の村に来たところで、馬の足を止める。

「これは……」

 村の入口に、誰かが倒れている。

「おい、君。大丈夫か? いったい何が……」

 熱中症か、それとも盗賊にでも襲われたのだろうか。肩を引っ張って仰向けにしてみて驚いた。左頬に赤いあとがある。首から続いているようだ。

「赤い発疹……」

 ――黒ずんだ頃に高熱が出ます。熱が出たら三日が山です。

 イスルの言葉を思い出して、背筋がぞくりとする。思わず手を離してしまった。

「熱い……苦しい……助けてくだせぇ」

 男は地面の上で力なくもがいている。

「おい、誰かいないか。うわっ」

 入口から中に入ろうとしたが、透明な壁にぶつかって跳ね飛ばされた。

「結界か」

 どうやらこの村にも死の風が吹いたらしい。中の様子はよく見えないが、不気味なくらい静かだ。

「すぐに救援を呼ぶ。それまでこれで持ちこたえてくれ」

 感染者を連れては戻れない。サリタスはマントを脱いで男にかけてやり、野宿用の毛布を枕にしてやった。水筒の蓋を開けて飲ませてやると、食べ物とともに傍に置いておく。

「すまねえ、旦那。恩に着る……」

 苦しそうな息の合間に礼を言う男に、サリタスは会釈をすると再び馬上の人になる。そして急いで来た道を戻った。


     *****


 その報せを聞いた時、イスルは凍りついた。

「サリタス!」

 門から離れた地点にサリタスが馬とともに立っている。マリーが止めた。

「待て、イスル君。結界が張ってある」
「わっ」

 腕を掴まれて止められたイスルは、目をこらした。魔力の流れが薄らと見える。魔力の扱いが下手な者は結界に気付かないせいで勢いよくぶつかることがあり、打ち所が悪いと死ぬこともあった。
 動物は違和感に気付くのか止まるが、人間は無理だ。
 そのため、結界がかけられている場所には、分かりやすく線が引かれたり看板が立っていたりするものだ。
 よく見ると、周りで石灰の粉を撒いている兵士がいる。

「大丈夫だよ、イスル」

 声が遠いが、サリタスがそう言うのが聞こえた。ひとまずイスルが安堵すると、マリーが説明してくれた。

「遠くから緊急事態のサインをしてきたんだ。それで留守番の僕が結界を。感染者と接触したらしい」
「そんな、だって死の風が吹いたのは南でしょう?」
「すぐ北の村も駄目だったらしい。白の団に緊急要請を出したよ」

 マリーが言うのは、対の魔法具の片方を壊したということだ。片方が壊れると、もう片方も壊れるという道具がある。遠方から国の中枢に緊急事態を知らせるため、内容を色別にした、ガラスの筒を使っていた。
 領主は町や村ごとに管理しており、国は領地ごとに管理しているものだ。
 救援に向かう魔法使いは結界とともに移動して、死の風の害から身を守りつつ、間接的に生き残りの保護をする。疫病発生地点から近い場合、周辺の無事な町村にも保護結界をかけて、しばらく様子を見ることもあった。
 そこへ、領兵らしき男がやって来た。すでにエイダが出立して留守なためか、不安そうだ。

「マリー様、ご指示を願います」
「城下町の門を閉じて、一切の通行を禁止するように通達を。僕が行って保護結界をかけるよ。町民には外出は控えるように触れを出すように。隔離結界ではなく、守るためのものだと伝えて、不安が広がらないように注意するんだ」

 指示を出すと、マリーは兵士の顔を眺める。

「君はエリク君だったかな? 町にいる領兵の指揮を頼むよ。古株だから出来るでしょ?」
「畏まりました。迅速にことにかかります!」
「終わったら合図をして――信号魔具を持ってるでしょ、それ使って。外からたまたま来ていて、宿舎がない人には教会に行くように言って。僕は合図を見たら保護結界をかけるから」
「はっ」

 兵士は門脇に置かれた馬に乗ると、すぐに丘の下へと駆けだしていった。

「すごいですね、マリーさん」
「この領地の魔法使いじゃ、僕が伯爵の次だからね。緊急時の代理を命じられてるんだよ。誤解しないでよ、怖くないわけじゃない。ただ、慌てるよりも冷静にやるべきことがあるってだけ」

 マリーはイスルの肩を叩く。

「君も手伝ってくれる? 魔力が少なくても出来ることはあるでしょ? 男爵の寝床を用意してあげないといけないし、後で領主館も封鎖するから。全部済んだら、研究室に来て」

 イスルはまだ新人の魔法使いで、どう動けばいいか分からなくて呆然としているが、マリーには次々に浮かんでくるようだ。急にマリーがパチンと手を叩いた。

「何をぼーっとしてるの、動いて! 分からないことは使用人にでも訊く! ほら、行った行った!」
「はいっ。サリタス、すぐに戻りますから! ――マリーさん、サリタスの寝床の用意は僕がします!」
「隔離結界もよろしく」
「分かりました!」

 イスルは叫ぶように返事して、別棟へと走り出す。結界を張れば雨風はかなり防がれるが、人目に触れるのはストレスになるものだ。実体験として、テントの存在はありがたかった。

(野宿用のテントと、寝具。水と食料も)

 必要な物を思い浮かべながら、イスルは一つずつ片付けていった。
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