千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い5 --小鳥の帰る家--

5-3 魔女の頼み

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 三日後の午後、イスルが屋敷の地下にある研究室を訪ねると、マリーはにやにや顔で口を開いた。

「僕の推測は正しかっただろう? 燃える一夜を楽しんだかい?」
「……一晩どころではありませんでしたけど。マリーさんのせいで、とんだ目にあいました!」

 顔を赤くしたり青くしたりして、イスルはマリーに苦情を言った。

「ちなみに消費期限は一ヶ月だよ。君の旦那には伝えておいたけど。とても喜んでたよ、わざわざここまで礼を言いに来た。ついでに寄付もくれたんで、こちらとしては万々歳」
「……サリタスってば」

 イスルは額に手を当てて、溜息を吐く。
 残っていた薬を捨ててしまおうと思ったのに、探しても見つからなかったのは、サリタスが隠してしまったのだろう。

「というか、旦那じゃありませんからっ。この国では結婚は出来ませんしっ」
「だったら養子縁組でもしたら? 財産は大事だよ、老後はどうするの」
「僕は薬師でもやっていけるので大丈夫ですっ」

 現実的なアドバイスをされて、イスルの恥ずかしさは限界突破した。顔を真っ赤にして怒ったが、マリーはけらけらと笑うばかりだ。
 エイダが怒り、ウォルが逃げ回る理由が分かった。

「価値あるものに、お金を出すタイプの貴族や金持ちは好きだよ。僕の技術を評価してくれたらしい。ありがたいことだ。旦那によろしくと伝えておいてくれ」
「だから、旦那じゃありませんってば」
「では相手をどう表現するつもり? 男爵と共にいるつもりなら、自分なりに考えておくといい。曖昧なままだとやがて苦しくなるぞ」

 イスルは言葉に詰まる。
 マリーは変わっているが、核心をつく物言いをするので、目をそらしていたことを突き付けられて非常に気まずい気持ちになるのだ。

「でも、結婚は出来ませんし……。どう表現すればいいんです? 夫婦はおかしいでしょう」
「パートナーや伴侶というのは? まあ、君の旦那がプロポーズするまで、恋人でいいとは思うけどね」
「プロポーズ……、うーん、想像もつきませんね。ひとまず横に置いていても構いません?」

 イスルが困って問いかけると、マリーはにこりと笑って頷いた。

「構わないよ。さあ、そちらに掛けてくれ。実は君に――いや、君達に頼みがあってね」
「そういえばそんな話をされていましたね、死の風の生き残りにって。僕にはあなたは友好的に見えますが、危険だから出て行ってくれと?」

 応接用の長椅子に移動したイスルは、向かいに座ったマリーに慎重に問う。
 半地下のこの部屋は広々として細長く、採光と通風孔つうふうこうを兼ねた窓が、左右に四つずつついている。
 差し込んだ光で、ほこりがキラキラと光っていた。
 マリーは右手を振る。

「まさか! 白の団が出した結論だよ? 僕は魔法使いだから、彼らがどれだけ高度な技を持つ一団かよく分かってる。あの結果を疑うなら、それに見合ったデータをくれないと納得出来ない。つまり、君を追い出した王族が馬鹿ってことだ」

 マリーはにやりと笑った。イスルは顔を引きつらせる。

「あの……反逆罪とかになりません? そういうことを言うの……」
「公の席ならな、ここで聞いているのは僕の味方かネズミくらいだよ。君は告げ口しないだろう?」
「言うわけがないでしょう、僕は追い出されたんですよ、あの人達に。済んだことでとやかく言いませんが、好きにはなれません」
「なるほど、慎重で賢明な性格か」

 マリーの指摘に、イスルは肩をすくめる。

「そうでなければ、子どもの面倒を見きれませんよ」
「確かにそうだ。子どもといったら、大人が驚くようなことをしでかして、怪我をすることがある。例えば雪が綺麗だからと、二階の窓から飛び下りたり……」
「えっ、そんな危ないことをする子がいるんですか?」
「ああ。それをしたのは僕だ。いまだに故郷では、頭が良いのに馬鹿だとネタにされる」
「ははは」

 イスルは声に出して笑った。真面目に言うものだから、余計におかしい。
 冗談が通じたことでマリーは気を良くして、丸眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。

「それで頼みなんだけどね、君達の血を分けて欲しいんだよ。採血だ」
「血ですか!?」

 驚くイスルに、マリーは説明する。

「うん、ここだけ言うと驚くと思うが、理論だててどういうことか話そうと思う。まず、結論から言うと、僕は死の風への解毒薬を作りたいんだ。君は蛇の毒への抗毒血清けっせいを知ってるかい?」
「ええ、知ってますけど……知識だけです。僕のいた田舎には、そんなものありませんでしたから」
「都市には置いてある所もあるんだけどね。理屈はそれだ」
「ええと?」

 マリーの説明が飛んだので、イスルはきょとんとした。

「ある蛇の毒を、少量だけ馬の体内に入れ、その毒への免疫が出来たところで、血液を採取して作るのが抗毒血清だ。出来るのに、だいたい半年くらいかな?」

 マリーはそう言いながら、部屋の奥、黒板に図を書いた。馬と蛇の絵、そこから血清が出来るところまで書いてから、マリーは肩をすくめた。

「僕はね、女性魔法使いとして実績を上げて、名誉をさずかりたいんだ。それで、人の役に立ちそうなものを研究してる。君は僕を欲深いと怒るかな?」
「まさか。それを欲しいと思うだけの理由が、過去にあったのでは? それに理由がどんなものにせよ、役立つことは素晴らしいです。そんな才能を持っていることを誇りに思うべきかと」
「ふふ、ありがとう。閣下の弟弟子だとか? まさか閣下と同じことを言うとはね。あの方は素晴らしいよ、だから僕はここで研究してるんだ。他所は信用ならない奴が多くてね」

 マリーは笑ってから、横道にそれたことを詫びた。

「ああ、失礼。続けよう」

 そう言って、マリーは人の絵を描いた。

「ある村で、死の風で生き残った者がいた。その人間が、別の村に避難して数年後、その村も死の風に襲われた。それでその生き残りはどうなったと思う?」

 わざわざ問うくらいだ、イスルはその可能性にすぐに思い当った。

「まさか、また生き残った?」
「正解!」

 マリーはにこりと笑う。

「この話を聞いてピンと来たのでね、他に事例がないか調べたら、他の場所でも同じことが起きていた。――つまり、だ。生き残った人間は、死の風への対抗力になるのでは? という仮説だ」
「だから僕らから血をとりたいと……!」

 変わっているが、マリーの目の付け所は素晴らしい。
 イスルは興奮した。

「いいですよ、もちろんです! それであの病で死ぬ方が減るなら、喜んで協力します!」

 マリーの傍へ歩み寄って主張すると、マリーはたじろいだ。

「お、落ち着いてくれたまえ。あのような幼い子達から血をとるのは気が咎めるから、出来れば君に協力して欲しくてね」
「僕が協力します。もちろん、死なないくらいですよ?」
「それくらいは弁えているよ。だいたい、閣下の弟弟子を死に追いやったら、僕が殺される。魔法使いの師弟愛は恐ろしいからね、よく気を付けるよ」

 マリーはそう言うと、採血後の実験プランについての紙をイスルに渡し、説明を始めた。

「ところで、この件をアレット様には?」
「あ、言ってなかった!」

 肝心なところで抜けているマリーは、イスルについてきて一緒に説得してくれと言い出した。
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