千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い5 --小鳥の帰る家--

5-2 お膳立て  ※R15表現あり

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 母屋とは別棟べつむねの離れは、二階建ての小さな屋敷だ。
 エイダの親戚が、新年の挨拶に来る時に泊まるための家で、普段は誰もいない。
 案内された部屋は緑を基調とした落ち着いた雰囲気をしていて、大きなベッドが一つある。明らかに夫婦用の部屋だと、イスルは気恥ずかしくなった。
 クローゼットの前で旅装をとくサリタスをちらりと見る。彼は黒の上着とズボンというシックな装いで、銀ボタンの飾りがお洒落だ。こうしていると、育ちの良さが一目で分かる。
 イスルは気後れして、急いでマントを脱いで、扉脇のフックに引っ掛けた。
 サリタスは内装が気に入ったようだ。

「綺麗な部屋だね、流石は伯爵家」
「ええ、そうですね。僕もここに入ったのは初めてですが、品があると思います」

 そう返してからイスルは洗面所に入り、手洗いうがいをする。そして戻ると、暑さを感じた。
 冷気が出る魔法がかかっているようなのにと、出入り口の傍のチェストを模した魔法の道具を確認して首をひねる。やはり風が出ている。
 夏のさなかだから、効きが悪いのだろうか。

「なんだか暑いですね」

 道具の上に置かれた水差しから、イスルはグラスに水を注いだ。やけに喉が渇く。
 イスルが水を飲みながら長椅子に座ると、サリタスが呆れ顔をした。額に手を当て、頭痛がするとでも言いたげな様子だ。

「……自業自得だろ」

 深い溜息を吐き、サリタスは隣に腰を下ろした。

「ここまでお膳立てされると、それはそれでなんかムカつくものなんだね。余計なお世話って感じだ」
「は?」
「でも薬については、イスルが悪い。毒だったら死んでたかもしれないだろ、今後はああいうことはやめてくれ。違う方法で内容を確認して欲しい」
「マリーさんが飲んでも問題ないって言っていたでしょう? でなければ、味で確認なんてしませんよ」

 イスルはそう返したが、サリタスが寄ってくるので、椅子の上でじりじりと横にずれた。長椅子の肘掛けと背もたれに手を置いて、サリタスがイスルを囲い込む。

「な、何ですか? 近いです」
「今、どう感じてる?」
「え? 意図が分からないので気まずいです。それに、なんだかドキドキします」
「ドキドキねえ」

 愉快そうに目を細めるサリタスは、黒猫みたいだ。イスルはへらっと笑い、そっとサリタスを押し返す。
 サリタスもにこりと笑った。
 どいてくれるのかとイスルがほっと気を緩めた時、その手をぐいっと引っ張られる。

「わっ!?」

 サリタスが長椅子に背中から倒れ込み、イスルはその上に覆いかぶさる格好になった。

「わあ、イスルってば大胆だね。俺、押し倒されちゃったよ」
「なっ何を言って……!? あなたが引っ張ったんでしょう!」

 とんだ言いがかりに、真っ赤になった顔でイスルは起き上がろうともがく。だが少し起き上がったところで、サリタスが腰を引いた。

「わっ」

 サリタスの胸へと再び倒れたイスルは、眉を寄せる。

「もう、何がしたいんですか?」
「からかってるだけ」
「そうでしょうね」

 イスルは困ったが、サリタスが抱擁を解く気がないようなので、体の力を抜いた。サリタスが嬉しそうにイスルの額に口付ける。イスルの胸がきゅんと鳴った。

「あの……いきなりそういうのは反則です」
「そうかな? パンドリみたいに可愛い君も、なかなか反則な存在だと思うよ」
「意味が分かりません」

 ことあるごとにパンドリを引き合いに出すサリタスを、イスルはうろんに思う。あの白い小鳥とどこが似ているのか、いまだに謎だ。

「やっぱりさあ、初めてを薬で台無しにしたくないんだよなあ。でもこれはこれでおいしい状況……」
「何を言ってるんですか?」

 ぶつぶつと何か呟いているサリタスに、イスルは問う。

「イスル、今、すごく色っぽいって分かってる?」
「色……? はあ?」
「暑そうにしてて、目が潤んでる。恋人としてはたまらないよね」
「……ええと」

 イスルは目を泳がせる。返事に困った。

「薬のせいなのは分かってるよ。あれは栄養剤じゃない。媚薬びやくだ」
「び……っ」
「薬師だろ、作ったことは無かった?」
「……ありますよ。夜の生活に悩んだ方が相談に来ることがありますから。男なら知っておけって、父に教わりましたけど、僕は教わった通りに作って売るだけですし」

 確かに成分が似ていると、イスルは今更気付いた。麻酔用の木の実と木苺が入っていたので、あの時は分からなかったのだ。イスルの家のレシピだと、かなり苦いものになるが、こちらは甘い。
 何だか息が上がってきたイスルはぎくりとした。

「あ、あの、サリタス。僕、少しお手洗いに……」

 あんな小指の先程度でこの効き目とは驚きだ。エイダがマリーの薬は最悪と言っていたことを思い出した。まさかエイダも被害者なのだろうか。
 腕の中から逃げ出そうとしたが、サリタスはがっちり抱きしめて離さない。楽しそうに問う。

「もしかして反応してきた?」
「う……いや、あの」
「自業自得だよね? 次からはあんなことをしないように」
「分かりました!」

 イスルが約束するまで離さない気だと悟り、イスルは素早く返事をする。

「分かってくれて嬉しいよ」

 サリタスは頷くや、ひょいと起き上がり、イスルを抱える。
 そのままベッドに運ばれ、押し倒されたイスルは目を丸くした。

「え? あの、だから、お手洗いに……」
「行かせてあげるなんて言ってないだろ? 君の危機意識を深めるためにも、ここは俺の頑張りどころかなって」
「いやそんなの頑張らなくていいので……んむっ!?」

 イスルの反論は、サリタスの口へと消えた。

「ふ……っ、んん、サリタス」
「イスル、俺さ、本気の相手だから、いつ押し倒していいか分からなくて困ってたんだよね」
「え……ひあっ」

 イスルの高ぶり始めた自身を、サリタスが右膝でぐりっと押したので、イスルは悲鳴を上げる。自分でするのとは全く違う衝撃に、一瞬、体をびりっと電流が走り抜けた。

「お膳立てはあんまり好みじゃないけど、せっかくだから満喫することにするよ。優しくするから、安心して」

 そう言って、サリタスは藍色の目にキラキラと星みたいな光を浮かべ、綺麗に微笑んだ。
 うっとりするような微笑だが、何故だかイスルは全く安心出来ず、悪寒が走る。

「さ、サリタス、ちょっ、待……っ」
「うんうん、じゃあ頂きます」
「んーっ」

 思い切り聞こえない振りをして、サリタスは再びイスルの口を塞いだ。
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