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千里眼の魔法使い4 --囚われの小鳥と盗賊団--
4-6 再会
しおりを挟むイスルが次に起きると、あれから三日過ぎていた。
王都の第二区画、エイダの町屋敷の一室で、イスルはスープを口に運ぶ。
追放されたので都に戻れないはずだったが、また悪党に利用されては困るからと、仕方なく許可が下りたらしい。だが、屋敷からは自由には出られない。
「師匠、おいしい? 私も作るのを手伝ったんだよ」
傍らにいるラナが、注意深くイスルを見つめて言った。イスルは小さく笑みを零して、ラナに頷く。
「おいしいよ。ありがとう、ラナ」
どうやらこの、少し見た目の悪い人参が、ラナが切ったものらしい。
ラナは料理をしたことがないらしく、包丁の使い方をニコラに教わったそうだ。出来ることが増えて嬉しいのか、料理のことを楽しそうに話してくれた。
ラナを見ていると和むが、状況はかんばしくない。まだ休息をとれとエイダに言いつけられ、イスルはベッドから動けないでいる。
(機密事項を渡したんだ、極刑ものだよね……。査問会議にかけられるのかな)
尋問は厳しいと聞く。そのことを考えると、胃がキリキリする思いだ。
そこにノックの音がして、サリタスが入ってきた。サリタスはイスルの傍まで来ると、ラナに声をかける。
「ラナ、悪いけど、イスルと二人で話をしたいんだ。いいかな?」
「分かった。ニコラお姉ちゃんのところにいるから、終わったら教えてね」
「ああ」
サリタスの頼みに、ラナは素直に頷いた。サリタスはラナの頭を軽く撫で、ラナが部屋を出るのを見送る。
「傍にいてやれなくてごめん、イスル。体調はどう?」
「疲労はありますが、大丈夫です。気にしないで。仕事があるでしょう?」
イスルの返事に、サリタスはにやりと笑った。
「休暇、一ヶ月もぎとってきた。復帰したてだったから、古傷が悪化したとか、適当に仲間がこじつけておいてくれるってさ」
「ええと、どうして休みを?」
話が読めず、イスルは首を傾げる。
「アレット伯爵の領地に行くんだろう? 俺もついていこうと思ってさ。どんな所か確認したら、また仕事に戻るつもりだ」
「僕は査問会議にかけられるのでは?」
「地図が流出する前に赤の魔女を捕まえたから、何とかおとがめなしになるよう、伯爵が働きかけてくれたよ。上層部だって、イスルの能力を分かっていたくせに、夜に外に放り出したんだから自業自得だよな」
この点については譲る気がないのか、サリタスは冷ややかな目で言った。イスルはサリタスを覗きこむ。
「……怒ってます?」
「当たり前だろ。イスルを追放しただけでも腹が立ってるのに、査問だの責任だの、やかましくて嫌になるよ。あの連中、プライドだけは高いんだ」
愚痴ってから、サリタスはイスルに事の顛末を話して聞かせた。
フェザーが死に、ブラッドは気が狂ったそうだ。有能な魔法使いだから、罰として国で飼い殺しにする案が出たようだが、ブラッドは正気ではなくなったので、その案は却下されたらしい。
近々、盗賊団とともに処刑されるだろうということだ。
鉛でも飲みこんだ気分で、イスルはぽつりと呟く。
「処刑、ですか」
「後味が悪いよな。分かる。だけど、彼らは越えてはいけない線を越えてしまったんだ。貴族や富裕層を結構な数、殺してる。そして、罪のない人々も」
「ええ、分かります」
分かるのだが、どうしても暗澹たる気持ちになってしまう。
サリタスがイスルの頬に手で触れた。
「同じ境遇だから、同情してる?」
イスルは目を伏せた。サリタスに嘘はつけない。
「悲しいし、やり切れません。彼らを理解出来る自分もいます。それに、もし同じ立場だったら、僕もああなっていたかも」
「それはない」
サリタスがきっぱりと否定した。イスルは苛立ちを覚えた。
「どうしてそんなことが言えるんです? あの状況の恐ろしさが分からないくせに!」
「分からないよ。でも、俺はイスルのことは分かる。君は例え追い込まれても、あんな残虐な真似はしない。断言できる」
イスルの目に、涙が浮かんだ。あっという間に縁から零れて、シーツへとぱたぱたと落ちていく。
「そうならいいです。僕は怖いんです。大事なもののためなら、何でもしてしまう彼の気持ちも理解出来るから」
「万が一、非道なことをしたとして、イスルは罪悪感を抱えてずっと苦しんで生きていくんだろう。なあ、イスルは充分頑張って生きてきたんだから、他の同類の事情まで抱え込まなくていいと思う。君は君で、他は他だ」
目元の涙を指先でぬぐって、サリタスは言った。
イスルは膝に乗せていた盆をサイドテーブルに置くと、サリタスにしがみつく。
「ええ、言ってることは分かるんです。でも、罰されたいと思う自分もいる。どうすればいいのか分かりません。もしかしたら僕は、償いたくて子ども達の面倒を見ているのかもしれない」
「何を償うの?」
「村の人達を助けられなかった。妹も……目の前で死にました。でも僕は生き残った。幸運だと言われても喜べないのに、そう思って命を大事にしていかなくてはならない。苦しいです」
サリタスがイスルの背中をゆっくりとさする。
「ああ、そうだね」
サリタスは頷いて、イスルの背をぽんぽんと叩く。
イスルはだんだん安心してきて、ほっと息をついた。時折、激流のような感情にさらわれそうな時がある。だがこうして静かにしていれば、やがてそれは去っていく。
「……落ち着いた?」
しばらくして、サリタスが問う。イスルは頷いた。
「はい。すみません、取り乱して」
「いいよ。頼られているみたいで嬉しい」
サリタスの優しさに胸が熱くなった。イスルはそろりとサリタスから離れようとしたが、サリタスが腰に手を回して押しとどめる。
「え? あの、サリタス」
「一つだけ聞いておきたいことがあるんだ、イスル」
至近距離で、サリタスがにこりと笑ったが、彼の藍色の目は笑っていない。イスルは悪寒がしたが、理由が分からない。
「あの首領に押し倒されていたけど……どこまで許したの?」
「え?」
冷たい声に、イスルは怖くなった。
寝間着のシャツの裾から手が入り、サリタスの手が素肌の背を撫でる。イスルはびくりとした。
「もう何回か抱かれた?」
「まさか!」
思わず大声で否定した。
「あの時、初めてあそこに連れ込まれたんです。お腹を軽く撫でられたところで、騎士が攻め込んできて……。僕、千里眼で城を見ながら、魔法使いへの目印を残していたんです。それがバレて」
「首を絞められた?」
「ええ」
「あいつが相手をいたぶって抱くタイプだったわけじゃないんだね?」
「知りませんよ、そんなこと」
イスルは否定しながら、そんな恐ろしいことをする者がいるのかとゾッとした。
「もし関係してたら、どうする気だったんです? 浮気だと僕を殴った?」
「はあ?」
心外だと言いたげに、サリタスは眉をひそめた。
「あの状況なら、君は悪くないだろう。殴るなら、というか、殺すなら相手だけだ」
過激な発言に、イスルはぶるりと震えた。同時に、そんな風に怒ってくれることが嬉しくもあった。
「で、その後、君を抱き潰して上書きしただろうね」
「え」
続きを聞いて、イスルはぎくりとする。
なんだか恐ろしいことを聞いた気がした。
だがどういうことか問いただす前に、ころりと機嫌が良くなったサリタスは、イスルの口に軽くキスをする。
「イスル、君は俺のものだ。他の奴には渡さない。よーく肝に銘じておいてくれ」
「……はい」
口調は軽いのだが、目は真剣そのものだ。念を押されたイスルは、どぎまぎと頷く。
何故か照れるよりも先に、悪寒がした。
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