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千里眼の魔法使い4 --囚われの小鳥と盗賊団--
4-5 後味の悪い結末
しおりを挟む「過労ね。休ませておくしかないわ」
ニコラは苦い顔で言った。
第二区画の下水道、入口付近に用意した救護所で、イスルが寝込んでいる。傍にはラナがくっついて離れない。
「倒れるまで魔法を使って、起きたらまた魔法だよ? 倒れないわけないよ。ひどいよ」
ラナはわんわん泣きだした。ニコラがラナを抱き寄せて、頭を撫でる。
サリタスも傍にいて、たらいの水につけた布を絞って、イスルの額に載せた。一週間で更に痩せたようで、いたましい。
「ニコラさん、あの……怪我、とかは」
ラナがいるので、サリタスは濁して訊いたが、エイダがずばり返す。
「特に乱暴された痕はない。首のそれ以外はな」
イスルの喉には手の痕がついている。利用するだけ利用して、終わったら殺そうとしたのだろうか。考えるだけで、はらわたが煮えくり返る。
「城の情報を渡すとは……査問委員にかけねばならんな」
近衛騎士団の第一小隊隊長の呟きに、魔法使い達の間にぴりりとした空気が走った。エイダが代表して口を開く。
「査問だと? 追放したのだから、イスル・ブランカは組織と関係ない立場だ。私が引き取る」
「なっ、では機密情報を漏らしたことは、どう責任を取らせる気だ」
「あの魔女を捕まえればいいのだろう?」
エイダと第一小隊隊長はバチバチとにらみあった。
「首領を監獄へ護送するのだろう? 私も共に行く。読みが正しければ、魔女が現われるはずだ」
「伯爵、俺も行きます」
サリタスは護送の付き添いに名乗り出た。エイダは眉をひそめる。
「君は彼についていてやったらどうだ?」
「そうしたい気持ちもあります。ですが、イスルやラナを完全に守りたかったら、奴らをきっちり監獄に叩きこむまで、見届けなければ安心出来ません。もし奴らが脱走したらどうなります? また盗賊団の陰におびえなくてはならなくなる」
サリタスの言葉に、エイダは頷いた。
「なるほど、その通りだ。ルド殿、彼を借りるぞ」
「おう」
ルドはあっさりと了承する。
第一小隊の隊長が眉を吊り上げた。
「おい、待て。何を勝手に! この現場の指揮官は私だ!」
「元はと言えば、ソネス侯爵の口車なんぞに乗せられて、イスル・ブランカを追放した貴公らのせいだろう。夜に都の外に放り出すなんぞ、誘拐してくれというようなものだ。それとも、まさかそこからが貴公らの罠だったとでも?」
「そんなわけがないだろう! 死の風の生き残りを、城に置いておくのは不味いのだ! どうしてこんな簡単なことが分からない」
エイダと隊長が口論になりかけた時、第一小隊の騎士がやって来た。
「隊長、護送準備が出来ました」
「分かった」
不機嫌に返す隊長に、エイダは問う。
「それで? 貴公は、赤の魔女相手に、騎士だけで立ち向かうつもりかね。せっかく、私がタダで手を貸してやると言っているのに」
「~~っ。分かったよ! 好きにしろ!」
反論出来ず、隊長は顔を赤くして怒鳴るように言った。エイダはサリタスに、にやりと笑う。サリタスも笑い返した。
*****
盗賊団と名がつくだけあって、フェザーの手下は三十人はいるようだった。
首領と凶悪そうな三名だけは護送用の頑丈な馬車に乗せ、残りは檻を積んだ荷馬車で運ぶ。
護送馬車と荷馬車三台という思いがけぬ大所帯になったため、近衛騎士団の第一小隊だけでなく、ルドが率いる第二小隊もつくことになった。更に、白の団から魔法使いが四名出されている。
騎士と魔法使いは馬に乗り、歩みを進める。
向かう監獄は、王都の外、沼地の中の小島にある。沼地には湿地に暮らす猛獣が放たれており、泳いで脱出することは難しいとされていた。
そこでは死刑執行を待つ、凶悪な者ばかりが収容されている。
(もし襲撃するとしたら、沼地の前に通る森だろう)
森を遠目に確認すると、サリタスは弓矢の具合を見た。騎馬でも邪魔にならない短弓を選んでいる。弦や矢もばっちりだ。
そして森に入ること十分程で、予想通り、赤の魔女が攻撃をしかけてきた。
竜巻が起き、あちこちで悲鳴が上がる。
白の団の魔法使い達がいっせいに防御の陣を敷くと風が収まったが、今度は馬車の地面からむくむくと木の根が飛び出してきた。がしゃんと音を立てて、護送馬車が倒れる。
「フェザー! 迎えに来たわよ」
木の上から、赤髪の貴婦人――ブラッドが叫んだ。
だが、扉に鍵がかかっているため、中から人が出てくる気配は無い。木の根が伸びて、扉をこじ開けようとする。
「させるか!」
エイダの杖から、光の線が走る。だが、ブラッドの前で、見えない壁に弾かれた。
「ふふ、そう簡単にやられるとでも?」
「撃て!」
エイダはブラッドの挑発には構わず、魔法使い達に指示を出す。
四人の魔法使いはいっせいに火の魔法を使い、ブラッドのいる木を燃やした。
ブラッドはふわりと宙に浮かび上がり、木から逃れる。風乗りの魔法だ。
「こら、森を火事にする気か!」
第一小隊の隊長が怒鳴ったが、エイダは無視して、更に傍の木に火の魔法を放る。
「ブラッド様ー!」
「助けて下さい」
檻の載った荷車から、手下が助けを求めるが、ブラッドは一瞥もくれない。彼女の目的は、フェザーの奪還のみであるらしい。
その時、エイダが風の魔法を使った。
「くっ」
ブラッドが苦しげに顔をゆがめた。
「風乗りの魔法を使いながら、全方位に結界まで張れぬだろう。このままいぶしてやる!」
エイダの怒りは本物だった。
「いぶすって、こわっ」
シディが思わずというように言った。サリタスは頷く。
えげつない作戦に、サリタスだけでなく、騎士達も引いていた。
煙と熱気に巻かれ、さしものブラッドもたまらず上空へ逃げる。エイダはそこへ風で追撃する。
ブラッドがよろめいたのを見て、サリタスは馬を動かした。少しだけ移動して、短弓を構える。
そして――矢を射った。
「きゃあっ」
ブラッドの肩に命中し、彼女は地面へと真っ逆さまに落ちてくる。ギリギリで体勢を立て直して浮かんだものの、そこを第一小隊の隊長の剣が止めた。
ブラッドは血が出る肩を手で押さえたまま、赤茶色の目で隊長をにらむ。
その瞬間、足元から地面がぼこぼこと盛り上がり、大岩が飛び出した。護送馬車が壊れる。
ブラッドは怪我を負いながらも、フェザーを抱えて空へと飛び上がった。
「許さないわ、お前達! 行きましょう、フェザー」
「駄目だ、下ろせ! 俺はあいつらを見殺しにするわけには」
「ちょっと暴れないで。やだ、ああっ」
フェザーが暴れたせいで、怪我をしていたブラッドには支えきれなかったらしく、手が外れる。
「うわああっ」
高所から、フェザーは大岩へと落ちた。
ドンッという音がして、血が飛び散る。
「……嘘。嘘、やだ! フェザー! フェザァァッ」
「首領!」
「そんなお頭!」
ブラッドの悲鳴と、手下達の叫ぶ声が響く。
放心するブラッドを、エイダが魔法ですぐに捕える。
第一小隊の隊員が、すぐにフェザーの様子を見に行ったが、無言で首を振った。
「フェザー、そんな。私が……」
捕縛されたまま、ブラッドは愕然と呟く。惨憺たる結果を受け止めきれなかったのか、その場で失神してしまった。
「意外だな。傭兵として大勢を殺してきただろうに、この男一人で気絶か」
第一小隊の隊長が、皮肉っぽく言った。
「名も知らない誰かか、情をかけた人間かの違いだろう。この魔女にも人間らしいところがあるらしい」
エイダはそう返したが、しかめ面をしている。
「これで一件落着ですか?」
サリタスも苦い顔で、第一小隊隊長とエイダ問う。彼らの代わりに、ルドが答えた。
「そうだが、何とも嫌な終わり方だ」
ルドの呟きに、周りの面々も静かに頷く。
なんともあっけなく、そして後味の悪い結末だった。
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