千里眼の魔法使い

夜乃すてら

文字の大きさ
上 下
20 / 34
千里眼の魔法使い4 --囚われの小鳥と盗賊団--

4-4 小鳥なりの戦い

しおりを挟む


 一夜明け、イスルとラナが食事や身支度を終えた頃、フェザーがやって来た。

「仲間になる気になったか?」
「……いいえ」

 首を横に振るイスルに、フェザーは残念そうに返す。

「そうか、頑固だな。まあいい、お前には今日から働いてもらう」

 部下の手で、テーブルと椅子、地図のようなものと筆記具が運び込まれた。

「お前は、千里眼を使う時、何が必要だ? すぐに用意しよう」
「必要ありません。椅子があれば充分です」

 イスルは少し迷ったが、正直に答えた。物を用意されても、扱いに困るから嘘はバレるだろう。

「ほう、何もいらないのに、広範囲が見えるのか。これはすごいな」

 フェザーは感心し、地図を示す。

「お前には、城の警備配置を教えてもらう。これが外から見える範囲だ」
「城の警備配置? そんな、防衛の情報は最高機密です。そんな真似は出来ませ……うっ」

 首を掴まれて、イスルはうめく。

「出来ないんじゃない、するんだよ」
「でも……」

 それでも反論するイスルを見て、フェザーは手を離した。げほごほと咳き込むイスルの背に、ラナが飛びつく。

「師匠!」

 フェザーはラナを見て、にやりと笑う。

「お前がしないと言うなら、この娘を殴る」
「え?」

 イスルは青ざめた。フェザーが右手を握るのを見て、慌ててラナを抱え込んでかばう。

「駄目です!」
「だったら、何をすべきか分かるな?」
「……わ、分かりました。でも僕は地図なんて書けませんよ。口頭でもいいですか? 地図を書ける方を呼んでください」
「いいだろう、俺が書く」

 フェザーの返事に、イスルは背筋が凍りつく。

(この男は本物の悪党だ。脅し慣れてる。怖い)

 恐怖で腹の底が冷たい。
 宣言通り、イスルが逆らえば、フェザーは躊躇ちゅうちょしないだろう。

「いいか、もし、俺に嘘をついてみろ。この娘の指の爪を一つずつはがす。無くなったら次は指を切り落とす。――分かったな?」
「嘘はつきません! だから、ラナに酷いことをしないで下さい」

 ラナがイスルの腕の中で、ぶるぶる震えている。イスルも体が硬直していた。
 フェザーはうっそりと笑う。

「ああ、約束する。お前が刃向わなければ、その娘には何もせん。お前みたいな良い子は好きだぜ? 扱いやすいからな」

 そう言って、フェザーはするりとイスルの左頬を指先で撫でた。

(……すみません、白の団の皆)

 イスルの頭に、エイダの顔が浮かび、次にサリタスが失望する顔が浮かんだ。警備職であるサリタスがこれを知ったら、どれだけがっかりするだろう。
 だがイスルは、ラナを天秤にかけられない。
 ラナを見殺しにしたら、妹を目の前で看取った時のような痛みを再び味わう羽目になる。

「さあ、仕事だ。席につけ、魔法使い」
「……はい」

 イスルは頷いて、ラナをベッドの方に押しやり、椅子に座る。ラナは膝を抱えて、端っこに座り込んだ。
 それから魔力が尽きるまで、千里眼の魔法を使っては情報を渡すという、地味な作業が始まった。



 一週間もすると、地図が完成した。

「お前は魔力が少ないから、不便だな。だが、能力は本物だ」
「……それは、どうも」

 イスルは疲労困憊こんぱいで、机に突っ伏す。
 魔力が尽きては、気を失って休息し、起きるとまた千里眼を使わせられるという繰り返しだったのだ。こんな無理をしたのは初めてで、頭痛がやまない。
 それでもフェザーは容赦なかった。
 ラナを盾にとられては、イスルは無茶をするしかない。

「これで仕事は終わりだな」

 にやりと笑い、フェザーはイスルの肩を叩く。

「お疲れさん」
「地図をどうするんです?」
「どうって、次は城に入り込むに決まってるだろう? やることは一つだ。王を殺す」
「え!?」

 頭痛を忘れるほどの衝撃に、イスルはがばりと身を起こす。
 フェザーは口笛を吹いて、地図をしげしげと眺めていた。

「一番上を変えた方が手っ取り早いだろ?」
「まさか、王位を簒奪さんだつするつもりなんですか? そんな大それたこと、成功するわけが」
「出来ないと思うか?」
「ええ! 騎士と魔法使いがいます、いくら赤の魔女が有能でも、大勢には敵わない」

 フェザーは自分の頭を指差す。

「そこは頭を使うんだ。誰が正面から挑むと言ったよ? 卑怯だろうがなんだろうが、勝った者が正義だ」
「そんな……」

 なんてことに力を貸したのだろうと、イスルは目の前が暗くなる思いだ。

「あなたの頼みは聞きました。僕とラナを解放して下さい」
「駄目だ」
「せめてラナだけでもっ」
「お前は勘違いしている。仲間にならない時点で、お前達に自由は無い」

 冷酷に切り捨てるフェザーを、イスルは唖然と見やる。目尻にじわっと涙が浮かぶ。

「あなたはおかしい! こんなことが正しいとでも? 生き残りの権利を認めさせたいために、他の者の権利を踏みにじるんですか?」
「ああ、そうだ。だが安心しろ。玉座についたら、皆の代わりに権利を取り戻してやる」

 イスルは唐突に理解した。
 目の前の男が、話の通じる人間だと思っていたが、そうではないのだ、と。イスルの常識の中で、この男は生きてはいないのだ。

「僕は、あなたは仲間思いで、義理堅い人物なのではないかと思っていました」

 ぼろりと涙が零れ落ちる。

「……残念です」

 恨んでもいいのだろうに、イスルの心に浮かんだのは悲しみだった。こんな行動をとらせるくらいのことが、この男には起きたのだろう。イスルにはとても否定できない。それが悲しいし悔しい。

「……へえ」

 フェザーは意外そうにイスルを見て、急にイスルのあごを掴んだ。

「そういう反応を返すか。面白い奴だな」
「離して下さい、この仕事とやらのせいで疲れてるんです。解放する気がないなら、せめて休ませて下さい」
「ああ、いいぜ。後でじっくり休ませてやるよ」
「は!?」

 視界がぐるりと回って、イスルは驚いた。フェザーの肩に担がれている。

「な、何?」
「師匠! 何するの、離してっ。師匠、体調が悪いのに」

 ラナが止めようとするが、フェザーはあっさり振り払った。尻餅をつくラナを見て、イスルは慌てた。

「僕の弟子に何をするんです!」
「ちょっと払っただけだろう」

 フェザーは気にした様子もなく部屋を出ると、鉄扉を閉じた。廊下にいた部下がすぐに鍵をかける。
 中からラナが扉を叩く音が聞こえた。
 暴れるイスルの膝裏を難なく押さえつけ、フェザーは雑談するような態度で言う。

「お前みたいな小柄な奴、結構好きなんだよな」
「は……?」

 なんの話だと思った時、通路でブラッドと出くわした。ここはどこかの地下らしく、くりぬかれた岩肌が覗いており、頭上には魔法の明かりが点々と灯っている。

「あら、フェザー。その坊やをどうするの?」
「一仕事終えたからな、楽しもうかと思ってよ。ほら、これが地図だ。作戦の方は任せたぜ」
「まあ、良い出来ね。分かったわ。――今度は私とも遊んでちょうだいね」
「ああ」

 フェザーはブラッドの頬にキスをして、通路を歩いていく。

「え? そういう関係なんですか!?」

 驚いたのはイスルである。ブラッドは、フェザーの背中に投げキッスをして、きびすを返した。

「ブラッドとは色んな意味でのパートナーだ。あいつは自分が本命なのを知ってるからな、遊びにまで口は出さん」
「あ、遊び……?」

 認めたくなかったが、もしかしてイスルと関係する気なのだろうかと、血の気が引いた。

「離して下さい! こんな扱い、あんまりですっ」
「ああ、いいぜ。離してやるよ」

 どこかの部屋に入ると、やたら大きなベッドがぽつんとあった。
 その上に、フェザーはイスルを放り出す。乱暴に落とされて、思わず身を丸くして受け身をとった。
 だが起き上がる前に、上からのしかかられる。
 イスルはフェザーから離れようともがく。だが、連日の魔法による疲労と力の差で、全く歯が立たない。
 それどころか、かせについている鎖をベッドの柵に巻きつけられ、動きを封じられた。

「そう嫌がるなよ。逆に燃えるだろ?」
「ひっ」

 イスルはびくりとして、悲鳴を漏らす。
 シャツの裾から手が入り込んできて、腹を撫でた。
 だがその時、フェザーの部屋に手下が飛びこんできた。

「首領、大変です! 騎士団の奇襲です!」
「んだと……? どうやってここを突きとめた」

 フェザーは素早く身を起こし、眉を寄せる。
 彼の疑問も分かる。下水用の地下通路を勝手に掘り込んで造られたアジトだ、余程のことがなければ見つからないだろう。
 イスルがふっと笑ったのを見て、フェザーは怖い顔になる。

「……お前か」

 イスルはフェザーをにらみつけた。

「宮廷魔法使いは馬鹿じゃない。何度も千里眼で見れば、にぶくても気付く。あとは僕の魔力でつけた印を追えばいいだけだ!」
「てめえっ」

 フェザーは一瞬で頭に血が上ったようで、赤い顔をして、イスルの首を両手でめた。

「ぐぅ……っ」

 暴れて振りほどこうとしたが、動きが封じられているせいで意味が無い。
 やがてイスルの意識にもやがかかり始めた時、騎士達が部屋になだれ込んできた。

「イスル!」

 サリタスの声がして、フェザーの手が外れた。

「げほっ、ごほ。げほっ」

 激しく咳き込み、イスルは必死に息をする。苦しさで涙が出た。

「もう大丈夫だ、ほら、ゆっくり息をして」

 鎖を外し、サリタスはイスルの背を叩く。イスルはサリタスにしがみついた。

「はあ、はあ。……サリタス? 来てくれたんですか」
「ああ。白の団と、伯爵が力を貸してくれた。怪我は? ああ、手枷のせいで、手首に傷が……」

 手枷がこすれて痛んでいたから、その怪我のことだろう。

「大丈夫です、それより……」

 イスルがフェザーの方を見ると、ルドとシディに捕縛されて連れていかれるところだった。

「赤の魔女には逃げられた。こやつが首領か?」

 ちょうど入って来たエイダが悔しげに言い、フェザーを一瞥する。

「ラナが奥の部屋にいるんです」

 イスルはベッドを下りようとしたが、安堵したら気を張れなくなり、床にへたりこんだ。

「師匠っ」
 
 レダに伴われたラナが現われ、駆け寄ってくる。ラナの無事を確認すると、もう駄目だった。

「すみません……僕、逆らえなくて……。赤の魔女に、城の情報が渡ってしまいました」

 それだけ報告するのが精いっぱいで、視界がぐらりと歪む。前のめりに倒れるのを、サリタスが支えた。

「おい、イスル? うわ、すごい熱だ。救護班をこっちへ!」
「師匠、師匠! しっかりして。死なないでっ」
「イスル・ブランカ!」

 サリタスとラナ、エイダの声を遠くに聞きながら、イスルの意識は闇に沈んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】花見小撫の癒しの魔法

香月ミツほ
BL
食物アレルギーで死んでしまった青年・小撫(こなで)が神子として召喚され、魔族の王を癒します。可愛さを求められて子供っぽくなってます。 「花見小撫の癒しの魔法」BLバージョンです。内容はほとんど変わりません。 読みやすい方でどうぞ!!

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...