千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い4 --囚われの小鳥と盗賊団--

4-1 同じ穴のムジナ

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 ――師匠が近くにいない!

 周りは何も言わなかったが、ラナは敏感に変化をかぎ取った。
 師弟の絆は強固なものだ。
 お互いに異変があれば、なんとなく察知してしまう。
 辺りはすでに暗かったけれど、ラナは私服に着替えて部屋を抜け出した。
 大人を見つけたので声をかけようとして、慌てて廊下の陰に隠れる。

「イスル・ブランカが都を追い出されたらしい」
「それって、あのぽやぽやしてる、良い奴だろ? 何で?」
「死の風の生き残りだって」
「え、理由ってそれか? 二週間、隔離したんだろ。何も問題ないじゃないか」

 男が二人、声を潜めて話しているが、興奮しているのか次第に大きくなっていく。
 ラナは彼らの話にショックを受けた。

(師匠が追い出された……)

 近くにいないと感じているのは、そのせいなのだろう。
 置いて行かれる恐怖に、手足の先が冷たくなる。ラナは泣きそうになったが、男達の話はまだ続いていて、それにも驚いた。

「俺達はそうだって分かってるけど、王や重臣の皆さんは信じられないみたいだ。公式に堂々と否定したって。団長がお怒りだよ。エイダ様も辞職なさるし」
「ええっ、あの方がいなくなるのか? どこに勤務されるんだろう。俺もついていこうかな」
「ご自分の領に戻られるって話だぞ」

 エイダもここからいなくなる。
 これはラナには崖から突き落とされるような衝撃があった。

(エイダおじさま、どこっ)

 近くにイスルがいないなら、エイダの傍にいたい。
 ラナは廊下を走り出した。
 エイダの辞職は、白の団を揺るがしていて、大人達はあちこちでエイダについて話している。居場所はすぐに分かった。城の方らしい。
 ラナは大人の目を盗んで、白の団の外に飛び出した。見つかったら、部屋に戻されるだろうから面倒だ。

「おしろ、おしろ……」

 ここに来てから、ラナは初めて白の団の外に出た。
 どう行けば城に出るのか分からなくて、右往左往するうちに、城門に出た。
 普段は門番が鋭く見張っているのだが、その日はばたばたと出入りする兵のせいで、内側から出てきた者にまで注意が回っていなかった。
 ラナが無意識のうちに、魔法で隠匿の術を行使して、目立たないようにカモフラージュしていたのもいけない。
 ラナは通用口から、するりと外に出た。
 城が真逆の位置にあったことに気付いたのは、第二区画を通り抜けて、夜間は閉まっている第三区画への城門まで来てからだ。

「あ……、あれだったのかな」

 遠くまで来て初めて、月明かりの下の立派な城に気付いた。
 ラナはどうしていいか分からなくなり、途方に暮れて、来た方を見つめる。
 門番がラナに気付いて、ランプを片手に詰所から出てきた。

「どうしたの、お嬢ちゃん。こんな夜に出歩いたらいけないよ。……ん? その制服って白の団の……」

 親切な青年騎士がそう言った時、風が起きた。
 ラナは強大な魔力を感じて、硬直する。
 この力には覚えがあった。

「見つけた、ラナ」

 真紅の髪を持った美女は淡く微笑む。
 
「レディー・ブラッド」

 ラナの両親を殺し、ラナを故郷から連れ去った主犯の女を前に、ラナは恐怖に凍りつく。この女は、盗賊団の者達から敬意をこめて、そう呼ばれていた。
 彼らがレディーと呼びたくなるのも分かる。ブラッドは気品ある美しさを持った女だ。

「可愛いラナ。さあ、帰りましょう。ごめんなさいね、門番さん。うちの子なの」
「そうなんですか、お気を付けて」

 ラナが大人しくブラッドに従ったのを見て、門番は全く疑わなかった。それどころか、人の好い声をかける。

「ええ、ありがとう」

 にこりとあでやかに微笑んで、ブラッドはラナの右手を取った。
 引かれるままに、ラナは歩き出す。
 傍から見たら、仲の良い親子か、歳の離れた姉妹に見えているのかもしれない。
 しかしラナには、誘拐された時の恐怖が鎖になっている。ブラッドに逆らうことは死を感じさせ、とても出来ない。

(師匠、おじさま……)

 ただ彼らの傍にいたくて、ろくに考えずに飛び出した。
 せっかく助けてくれたのに、連れ戻される羽目になるなんて。
 自分の馬鹿さ加減が、ラナは心底嫌になった。

     *****

 腹に重い痛みを感じ、イスルはうめきながら目を覚ました。
 意識を失う前のことを思い出し、もしかすると青あざになっているかもしれないと思いながら、よろりと身を起こす。
 がらんとした簡素な部屋だ。家具はベッドしかなく、窓もない。
 天井に灯った魔法の淡い光のお陰で周りが見えているようだ。
 ベッドを下りようと身じろぎした拍子に、じゃらりと鉄の音がした。
 そこでようやく、手首の違和感に気付く。

「……何これ」

 鈍く光るそれは、鉄製の枷だ。
 まるで罪人のような扱いである。都を追い出されたかと思えば、今度は盗賊に鎖に繋がれるとは、どういう了見だ。

「運が悪い時って、立て続けって言うものなあ」

 腹が立つよりも呆れてしまう。
 神様は余程イスルに試練を与えたいらしい。迷惑な話だ。
 その時、部屋の鍵が開く音がして、扉が開いた。
 森で会った金髪の青年が断りもなく入ってくる。

「起きたか。気分はどうだ?」
「最悪以外にどう答えろというんです」

 不機嫌を露わにして、イスルは返す。殴られた腹は痛く、鎖は重い。手枷がこすれて腕も痛い。
 青年は肩をすくめる。

「なるほど、上々らしいな。皮肉が言えるなら元気ってことだ」

 むっとするイスルに、青年は盆を押し付けた。水の入ったグラスと、シチュー入りの器が載っている。
 青年の後ろから、小柄な男がやって来て、丸椅子を置いてすぐに出て行った。青年は平然とその椅子に座る。

「俺はフェザーだ。ブラッドフェザー盗賊団の首領をしてる。よろしく、イスル・ブランカ」
「どうして名前を」
「調べたと話したはずだが?」

 そうだったと思い出し、イスルは間の抜けている自分が嫌になった。

「まあ、そうにらむな。これからここで過ごすんだ、仲良くする方が利口ってものだろう?」
「好きで来たわけでもないのに無理です。僕は盗賊団の仲間になんてなりません」
「ああ、お前は仲間じゃない、魔法使いという名の道具だ。その千里眼の才のために、飼い殺しになってもらう」
「わざわざそんな嫌なことを言いに来たんですか?」

 眉をひそめるイスルに、フェザーは頷く。

「現状理解は早い方がいいだろう。まあそう噛みつくなよ、魔法使い。俺達は同じ穴のムジナってやつだ」
「僕は盗賊では……」
「――死の風の生き残り」

 フェザーははっきりと言った。何となくイスルは黙る。

(まさか……)

 湧いた疑問は、フェザーの口で解消される。

「俺達は、死の風の生き残りだ。世界の厄介なゴミクズってわけだな」

 にやりとくらく笑うフェザーを、イスルは唖然と見た。

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