17 / 34
千里眼の魔法使い4 --囚われの小鳥と盗賊団--
4-1 同じ穴のムジナ
しおりを挟む――師匠が近くにいない!
周りは何も言わなかったが、ラナは敏感に変化をかぎ取った。
師弟の絆は強固なものだ。
お互いに異変があれば、なんとなく察知してしまう。
辺りはすでに暗かったけれど、ラナは私服に着替えて部屋を抜け出した。
大人を見つけたので声をかけようとして、慌てて廊下の陰に隠れる。
「イスル・ブランカが都を追い出されたらしい」
「それって、あのぽやぽやしてる、良い奴だろ? 何で?」
「死の風の生き残りだって」
「え、理由ってそれか? 二週間、隔離したんだろ。何も問題ないじゃないか」
男が二人、声を潜めて話しているが、興奮しているのか次第に大きくなっていく。
ラナは彼らの話にショックを受けた。
(師匠が追い出された……)
近くにいないと感じているのは、そのせいなのだろう。
置いて行かれる恐怖に、手足の先が冷たくなる。ラナは泣きそうになったが、男達の話はまだ続いていて、それにも驚いた。
「俺達はそうだって分かってるけど、王や重臣の皆さんは信じられないみたいだ。公式に堂々と否定したって。団長がお怒りだよ。エイダ様も辞職なさるし」
「ええっ、あの方がいなくなるのか? どこに勤務されるんだろう。俺もついていこうかな」
「ご自分の領に戻られるって話だぞ」
エイダもここからいなくなる。
これはラナには崖から突き落とされるような衝撃があった。
(エイダおじさま、どこっ)
近くにイスルがいないなら、エイダの傍にいたい。
ラナは廊下を走り出した。
エイダの辞職は、白の団を揺るがしていて、大人達はあちこちでエイダについて話している。居場所はすぐに分かった。城の方らしい。
ラナは大人の目を盗んで、白の団の外に飛び出した。見つかったら、部屋に戻されるだろうから面倒だ。
「おしろ、おしろ……」
ここに来てから、ラナは初めて白の団の外に出た。
どう行けば城に出るのか分からなくて、右往左往するうちに、城門に出た。
普段は門番が鋭く見張っているのだが、その日はばたばたと出入りする兵のせいで、内側から出てきた者にまで注意が回っていなかった。
ラナが無意識のうちに、魔法で隠匿の術を行使して、目立たないようにカモフラージュしていたのもいけない。
ラナは通用口から、するりと外に出た。
城が真逆の位置にあったことに気付いたのは、第二区画を通り抜けて、夜間は閉まっている第三区画への城門まで来てからだ。
「あ……、あれだったのかな」
遠くまで来て初めて、月明かりの下の立派な城に気付いた。
ラナはどうしていいか分からなくなり、途方に暮れて、来た方を見つめる。
門番がラナに気付いて、ランプを片手に詰所から出てきた。
「どうしたの、お嬢ちゃん。こんな夜に出歩いたらいけないよ。……ん? その制服って白の団の……」
親切な青年騎士がそう言った時、風が起きた。
ラナは強大な魔力を感じて、硬直する。
この力には覚えがあった。
「見つけた、ラナ」
真紅の髪を持った美女は淡く微笑む。
「レディー・ブラッド」
ラナの両親を殺し、ラナを故郷から連れ去った主犯の女を前に、ラナは恐怖に凍りつく。この女は、盗賊団の者達から敬意をこめて、そう呼ばれていた。
彼らがレディーと呼びたくなるのも分かる。ブラッドは気品ある美しさを持った女だ。
「可愛いラナ。さあ、帰りましょう。ごめんなさいね、門番さん。うちの子なの」
「そうなんですか、お気を付けて」
ラナが大人しくブラッドに従ったのを見て、門番は全く疑わなかった。それどころか、人の好い声をかける。
「ええ、ありがとう」
にこりとあでやかに微笑んで、ブラッドはラナの右手を取った。
引かれるままに、ラナは歩き出す。
傍から見たら、仲の良い親子か、歳の離れた姉妹に見えているのかもしれない。
しかしラナには、誘拐された時の恐怖が鎖になっている。ブラッドに逆らうことは死を感じさせ、とても出来ない。
(師匠、おじさま……)
ただ彼らの傍にいたくて、ろくに考えずに飛び出した。
せっかく助けてくれたのに、連れ戻される羽目になるなんて。
自分の馬鹿さ加減が、ラナは心底嫌になった。
*****
腹に重い痛みを感じ、イスルはうめきながら目を覚ました。
意識を失う前のことを思い出し、もしかすると青あざになっているかもしれないと思いながら、よろりと身を起こす。
がらんとした簡素な部屋だ。家具はベッドしかなく、窓もない。
天井に灯った魔法の淡い光のお陰で周りが見えているようだ。
ベッドを下りようと身じろぎした拍子に、じゃらりと鉄の音がした。
そこでようやく、手首の違和感に気付く。
「……何これ」
鈍く光るそれは、鉄製の枷だ。
まるで罪人のような扱いである。都を追い出されたかと思えば、今度は盗賊に鎖に繋がれるとは、どういう了見だ。
「運が悪い時って、立て続けって言うものなあ」
腹が立つよりも呆れてしまう。
神様は余程イスルに試練を与えたいらしい。迷惑な話だ。
その時、部屋の鍵が開く音がして、扉が開いた。
森で会った金髪の青年が断りもなく入ってくる。
「起きたか。気分はどうだ?」
「最悪以外にどう答えろというんです」
不機嫌を露わにして、イスルは返す。殴られた腹は痛く、鎖は重い。手枷がこすれて腕も痛い。
青年は肩をすくめる。
「なるほど、上々らしいな。皮肉が言えるなら元気ってことだ」
むっとするイスルに、青年は盆を押し付けた。水の入ったグラスと、シチュー入りの器が載っている。
青年の後ろから、小柄な男がやって来て、丸椅子を置いてすぐに出て行った。青年は平然とその椅子に座る。
「俺はフェザーだ。ブラッドフェザー盗賊団の首領をしてる。よろしく、イスル・ブランカ」
「どうして名前を」
「調べたと話したはずだが?」
そうだったと思い出し、イスルは間の抜けている自分が嫌になった。
「まあ、そうにらむな。これからここで過ごすんだ、仲良くする方が利口ってものだろう?」
「好きで来たわけでもないのに無理です。僕は盗賊団の仲間になんてなりません」
「ああ、お前は仲間じゃない、魔法使いという名の道具だ。その千里眼の才のために、飼い殺しになってもらう」
「わざわざそんな嫌なことを言いに来たんですか?」
眉をひそめるイスルに、フェザーは頷く。
「現状理解は早い方がいいだろう。まあそう噛みつくなよ、魔法使い。俺達は同じ穴のムジナってやつだ」
「僕は盗賊では……」
「――死の風の生き残り」
フェザーははっきりと言った。何となくイスルは黙る。
(まさか……)
湧いた疑問は、フェザーの口で解消される。
「俺達は、死の風の生き残りだ。世界の厄介なゴミクズってわけだな」
にやりと昏く笑うフェザーを、イスルは唖然と見た。
18
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
苦労性の俺は、異世界でも呪いを受ける。
TAKO
BL
幼い頃に両親と死別し苦労しながらも、真面目に生きてきた主人公(18)。
それがある日目覚めたら、いきなり異世界に!
さらにモンスターに媚薬漬けにされたり、魔女に発情する呪いを掛けられていたり散々な目に合ってんだけど。
しかもその呪いは男のアレを体内に入れなきゃ治まらない!?嘘でしょ?
ただでさえ男性ホルモン過多な異世界の中で、可憐な少女に間違えられ入れ食い状態。
無事に魔女を捕まえ、呪いを解いてもらうことはできるのか?
大好きな、異世界、総愛され、エロを詰め込みました。
シリアスなし。基本流される形だけど、主人公持ち前の明るさと鈍感力により悲壮感ゼロです。
よくあるテンプレのが読みたくて、読みつくして、じゃあ仕方ないってことで自分で書いてみました。
初投稿なので読みにくい点が多いとは思いますが、完結を目指して頑張ります。
※ たぶんあると思うので注意 ※
獣人、複数プレイ、モンスター
※ゆるフワ設定です
※ムーンライトノベル様でも連載中です
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ
天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。
俺が王子の婚約者?
隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。
てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。
婚約は解消の方向で。
あっ、好みの奴みぃっけた。
えっ?俺とは犬猿の仲?
そんなもんは過去の話だろ?
俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた?
あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。
BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。
そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。
同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる