千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い3 --死の風と喪失の小鳥--

3-5 小鳥、相談する

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 イスルは走っていた。
 いつも使うギグー便の停留所を過ぎても構わずに走る。
 次の停留所の前まで来ると、息苦しさにゆるやかに速度を落とした。

(言えなかった……)

 サリタスは死の風の生き残りへの悪意を持っていないように見えたが、仲違いした男女を目にした後だったので、とても打ち明けられなかった。
 あの男のように、自分を見る目つきが変わるのではと思うと、指先から凍えてくるようだ。
 こんな調子で、いったいいつ話せるのだろう。
 時間が経てば経つ程、傷が深くなるのは分かっているのに。

「ああ、いた! くぉら、イスル・ブランカ! お前、なんで孤児院にいないんだ。迎えに行くと伝言しておいただろ!」

 忌々しげに怒る声に、イスルはびくっと肩を震わせる。
 後方から肩を怒らせて歩いてきた三十代前半の男は、茶色い髪と目を持ち、体格が良い。シャツの上に臙脂えんじ色のロングベストを着ていて、革製のズボンに、ロングブーツを履いている。彼はイスルを覗きこんで、驚いたように一歩引く。

「なんで泣いてるんだ? まさかお前、とうとう振られたか!」
「ひどい、ウォルさん。まだ振られてませんよ。――ぶっ」
「違うのか。驚かせるんじゃねえよ」

 ウォルは容赦なくイスルの鼻をつまんだ。今度は痛みで涙が浮く。

「あの、伝言って何のことですか?」
「孤児院に連絡しといたんだよ。くっそ、マリアの奴、また忘れやがったな。花畑か、あいつの頭!」

 手を離し、ウォルは腹立たしげに呟く。
 マリアは孤児院の院長のことだ。イスルが仕事で世話できないので、生き残りの子ども達三人を預かってくれている。朗らかで優しく、とても良い人なのだが、物覚えが悪いので何か頼んでもだいたい忘れる。
 マリアではなく、孤児院のリーダーである少年に話せばいいのにとイスルは思った。彼のお陰で、あの孤児院は運営が回っているように思うのだ。
 だがそう言う前に、ウォルはぎろりとイスルをにらんだ。

「俺はお前みたいな奴の面倒なんて見たくないんだが、エイダ様のご命令だから仕方なく来てやってんだ。感謝しろ! 平民!」
「いつもご親切にありがとうございます」
「礼を言うな! ムカつく!」

 じゃあどうしろというのだと、イスルは困り果ててウォルを見る。彼はエイダの従者だ。エイダは白の団にいる時は供を付けないが、何かとウォルに雑用を任せているらしい。
 へこんでいると鼻をつまんでくるし、口調は乱暴だが、ウォルは結構世話焼きで、イスルはしょっちゅう助けられていた。

「……で? 何で泣いてたんだ」

 今回も、ものすごく面倒くさそうだが、相談に乗ろうとしてくれている。

「どうしてウォルさんって、そんな七面倒しちめんどうな性格をしてるんですか?」
「よぉーし、帰るか」
「すみません! 聞いてください! ごめんなさい!」

 ウォルがイスルをさっくりと見捨てて帰ろうとするので、イスルは泣きついた。



 停留所からもう少し歩いた先に見つけたベンチで、並んで座って話をする。

「なんだ、言えなくてへこんでたのか」
「仕方ないじゃないですか、差別を目の当たりにしたら怖くて」
「そりゃそうだな。また機会を見つけて、話すこったな。泣かされたら言えよ、エイダ様に告げ口……いや、報告しなきゃいけねえんだ」

 話を聞いてくれたが、ウォルの返事はかなりぞんざいだった。
 だがイスルには彼の大雑把さが、今はありがたい。深刻になられると、一緒に沈んでしまいそうだった。

「アレット様に? どうしてです」
「お前な、魔法使いの師弟の絆を甘く見るなよ。お前はあの方の師匠の孫だし、弟弟子だ。俺はよく知らねえが、師弟の絆は血よりも濃いんだろ。魂の絆だったか?」

 それに、とウォルは続ける。

「エイダ様は情に厚い方だ。一度、懐に入れた人間は大事にする。お前は完全に庇護対象だ。領民と一緒だな。傷つけられたら、烈火のごとく怒るぞ。いや、あの方の場合、辺りが氷漬けになるから、烈氷れっひょうのごとくか?」
「励ましてくださってありがとうございます」
「いや、事実を言っただけだ」

 ウォルはそう言うが、イスルには遠回しに励ましてくれているように感じられた。

「ウォルさんは僕が怖くないんですか?」
「は? どこが。お前が魔法を使ったとしても、俺の方が叩きのめす自信があるぞ」
「そういう意味ではなくて!」

 イスルも叩きのめされる自信があるが、言いたいことはそうではない。
 ウォルは茶色の髪をがしがしとかく。

「わーってるよ。俺はお前じゃなくて、エイダ様を信じてるんだ。あの方は、二週間隔離した者は安全だと、それが正しいと信じてらっしゃる。そしてエイダ様は間違わない。だから大丈夫だということだ。どうだ、完璧な理屈だろう」
「間違わない人間なんていませんよ」
「もし間違えていてもいい。俺はエイダ様の選択についていくと決めた。結果がどうであれ、墓に入るまではお供する所存だ。それが従者である俺の誇りというわけだ」

 ウォルはきっぱりと言って、胸を張る。そして、いきなりイスルの鼻をつまんだ。

「お前も、そのなんとかとかいう奴を好きになった、自分の勘を信じてみろ」
「むぐぐ、外れてたら?」

 鼻をつままれたままなので、鼻声でイスルは問う。
 ウォルはにかりと笑う。

「それはてめえの勘が外れたってことで、てめえが悪い」
「ほんといい加減ですね。ひどい!」

 イスルはウォルの手を払い落として、ウォルをにらむ。ウォルは笑うだけだ。

「他人事だからな、どうとでも言えらぁ」
「相談する人を間違えました」
「そういうことだ。もういいな、んじゃあ、行くぞ。飯だ、飯!」

 ウォルはベンチを立ち上がり、周りを見回す。店を選んでいるようだ。

「え? 白の団に帰るんじゃあ」
「エイダ様から、お前に肉を食わせるように言付ことづかってる。俺も食べて良いってよ。どこにすっかなあ」
「食欲無いです」
「そうか、じゃあ鳥肉だな」
「聞いて下さいよ、もう」
「あっさりした肉が良いって意味だろ?」
「……はあ」

 ウォルの頭には肉のことしかないらしい。イスルは溜息を吐くと、諦めてウォルの後についていった。
 なんら解決していないが、気は晴れたので、相談した甲斐はあった……ということにしておく。
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