千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い2 --騎士さまの小鳥--

2-4 騎士さまの頼み

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 シチューは素晴らしくおいしかった。アミルの野菜の煮物も絶品である。

「イスルって料理が上手いんだね」
「スープ系だけですよ、作れるの。材料を放りこんで煮るだけです」

 サリタスの褒め言葉に、イスルは謙遜して返す。
 サリタスは兵士職の癖で、つい早食いしてしまったが、イスルはゆっくり食べている。

(本当にパンドリみたいだなあ)

 小動物が一生懸命に食べてる感じがして、眺めてるだけでとても癒される。
 食後、お茶を飲んでから、サリタスはソファーを示した。

「イスル、あっちで二人で話そう」
「え? いいですけど、なんだかサリタス、雰囲気が怖くないですか?」

 それはそうだろう。
 食事中に野暮な話はしたくないから、ずっと言いたいことを我慢していたのだ。

「うん、防犯の話をしようと思ってね」
「ここでも良いんじゃ……」
「食堂は食事をする所で、ソファーはくつろいで話す所でしょ?」
「そんなものですか?」

 イスルは不思議そうにしたが、サリタスに素直についてきた。
 二人で並んでソファーに座ると、サリタスはまず深い溜息を吐いた。

「とりあえずイスル、留守中にトイレと風呂場の窓を全開にして出かけるのはやめようね」
「窓を閉めるってことですか? どうして?」
「どうしてって、空き巣に入られたらどうするの?」

 サリタスの問いに、イスルはあっけらかんと返す。

「盗られて困るものは置いてないので、大丈夫です」
「部屋を荒らされたら?」
「片付ければいいですよね」

 そういう問題じゃないとサリタスはイラッとした。
 本気で危険性を理解していない、この小鳥。

「百歩譲って、物を盗られても平気だとして……。泥棒が入って一番怖いのは、君が泥棒と遭遇することだよ。帰ってきて、泥棒と出くわしたらどうするの?」
「うーん、そうですねえ。挨拶します」
「は?」

 予想外すぎる答えに、サリタスは耳を疑った。
 だが辛抱強く続きを促す。

「……ええと、それで?」
「困ってることがあるなら、相談に乗ります」
「――この、お人好ひとよし馬鹿!」
「ええっ、ひどいっ」

 思わず罵倒してしまったサリタスは悪くないと思う。面食らっているイスルの肩をつかんで、サリタスは叱る。

「いいか、世の中、その程度でどうにかなる程、甘くないんだよ。そいつがナイフを持ってたらどうするんだ? それで刺されて死んだりしてみろ、完全にアホだぞ、君!」
「でも、ナイフを持ってる程度なら、魔法で弾き飛ばすので……」
「そういう問題じゃない!」
「はいっ、すみません!」

 声を荒げると、イスルはびくっと肩をすくめて謝った。
 サリタスはじっとりとイスルを見る。

「今、どうして謝ったの? 意味、分かった?」
「いえ、何で怒ってるのかよく分からないんですが……、僕が悪いことしたのかなって」
「うぐぬぬぬ」

 怖そうにされるとものすごい罪悪感にさいなまれる反面、なんだかもっと苛めたくなるような気もして、サリタスは頭を抱える。

(落ち着こう、付き合い始めが肝心だ。最初から脅かしすぎたら絶対に逃げる、この小鳥)

 猫が慎重に待ち伏せするみたいにすべきだと、サリタスは自分に言い聞かせる。
 どう言えば伝わるのかと考えて、感情に訴えることにした。

「君が泥棒と出くわして、怪我でもしたらと思うと心配なんだ。とても悲しい」

 想像したら本当に憂鬱になってきた。ありえないと言いきれないところが怖い。うつむいて訴えると、イスルの胸に響いたらしく、彼はおろおろと頷く。

「そうなんですね、分かりました。あの、あなたを悲しませるつもりはなくて……。とにかく出かける時は窓を閉めればいいんですね?」
「鍵もね」
「はい、窓と窓の鍵と、家の鍵ですね。分かりました」

 イスルは指折り数えて、うんうんと頷く。

(そんなに難しいことは言ってないと思うんだけどなあ)

 習慣を変えないといけないから、難しいのだろうか。

「あと一つあるんだけど」
「えっ」

 サリタスの言葉に、イスルは嫌そうな顔をした。

「まだあるんですか? ……都会の人って面倒くさいですね」

 何この理不尽、とサリタスはこめかみに青筋を立てた。
 エイダ・アレット伯爵の従者が、イスルに防犯のことで怒っていたというが、その気持ちがほんの少し理解出来た。
 王都に住んでいれば子どもでも知っている防犯意識の話しかしていない。むしろ何でそこまで適当なのかと、問い詰めたくなる。
 だがサリタスは、自分の方が年上だからと言い聞かせて、余裕を持とうと深呼吸をする。

「ねえ、通りに面しているあの窓、どうしてカーテンや目隠しが無いの? 外から丸見えじゃないか」

 サリタスは炊事場に面している大きな窓を示す。引き戸の窓はガラス製だ。この家の窓は、正面の窓と背面の窓の二つだけだから、明かりを取り入れるために大きいのだろう。
 その大きな窓の上には、手が入る程度の狭い小窓もついている。換気用だろう。
 背面の窓にはカーテンがかかっているから良い、だが正面の窓には何も無い。
 飾り鉄格子があるからかなり視界を塞いでいるが、夜は室内が明るいと、外からはよく見えるものだ。

「目隠しって何ですか? 衝立ついたてがあるので、眩しくないから何もしてないだけですけど」

 イスルは部屋を仕切っている、二つの衝立を示す。ベッドを隠すように置いてあるので、通りから漏れる光を遮っているらしい。
 眉間に皺を寄せ、サリタスは問う。

「着替える時とか、気にならないの?」
「僕は男なんで、特には」
「肌を見られて恥ずかしいとかは?」
「部屋を裸でうろつくわけじゃないですし……着替えくらいでは何とも思いませんけど」

 そうか、裸でうろつかないならセーフ……ではないな、とサリタスは、指先でぐりぐりとこめかみをもみほぐす。
 イスルが着替えるのを、さっきの眼鏡男が見たんじゃないかと思うと苛立ってきた。
 いったいどれだけ平和で開放的な田舎に住んでいたんだと、村に押しかけて文句を言いたい。

(駄目だ、ここで適当に流したら、イスルがさっぱり危機感を覚えない。仕方がない、軽く脅かすか)

 サリタスは目を据わらせた。

「……イスル」
「はい、なんですか?」

 小声で名前を呼ぶと、よく聞こうとイスルが身を寄せてくる。その左手を掴んで、手の平にキスをする。イスルが見事に固まった。

「え? え? い、いきなりですか? いやあの、ちゃんとその、覚悟は決めてありますけど、でも」

 顔を赤くして、おろおろと逃げようとするイスルの肩を、サリタスはそっと掴む。

「へえ、覚悟を決めてくれてたの?」

 思わぬ収穫に、サリタスはにやりと笑う。
 顔を近付けると、恥ずかしそうにイスルがぎゅっと目を瞑った。
 サリタスは思わず口にキスしたくなったが、寸でのところでこらえて、額にキスをする。

「……え?」

 恐る恐る目を開けるイスルに、サリタスはにこっと微笑みかけた。

「いい? あの窓に目隠しをしないってことは、こういうことをしてるのが、外から覗き放題ってことだからね? 君、それで本当にいいの?」

 イスルは青い目を丸くして、さーっと青ざめた。
 ようやく何がまずいのか理解したようだ。

「そ、早急に、目隠しします!」
「うん、そうしようね」

 サリタスは頷くと、ソファーを立つ。

「それじゃあ、俺は帰るから」
「え? もう帰っちゃうんですか?」
「うん、食事おいしかったよ。今度は俺の屋敷においでよ。ばあやの料理は最高においしいから」
「楽しみにしてます」

 サリタスの誘いに、イスルは破顔する。
 玄関まで見送りに来るイスルを、サリタスは振り返る。

「ここまででいいよ。それと、真剣に考えてくれてるみたいで嬉しかったけど、十代のガキじゃないんだし、急いでがっつかないから、そんなに身構えなくて大丈夫だよ」
「そ……そうですか、不慣れですみません」

 イスルは気まずそうに横を見る。

「僕、こういったことは経験が無くて、がっかりさせたらどうしようかと……。村では恋愛を良しとしていなくて、いずれ時期が来たら、他の村から嫁いでくる女性と結婚するはずだったんです」

 意外な言葉だ。一瞬ドキッとしたが、よくよく聞くと過去形である。

「だったってことは、もう違うんだ?」
「ええ、もう村には戻れないので……。すみません、アレット様の許可があったとしても、まだその辺りのことを話す勇気がないんです。いつか話すので、待っていていただけませんか」

 困ったように見つめるイスルは、捨てられた子犬のようだ。
 そんな風に頼まれて我を通す程、サリタスは狭量ではない。

「そんな顔しないで。どこの家にも何かしら事情はあるものだって分かってる。無理しないで、ゆっくりでいいよ」
「……はい」

 イスルの顔が安堵に染まり、穏やかな笑みを浮かべる。
 サリタスは思わずイスルの頭を撫でた。

「君、本当に可愛いね」
「あの、だから、子ども扱いしないで下さいってば」

 途端に情けない顔で訴えるイスルを見ていて、サリタスは笑ってしまう。
 そのまま帰ろうと玄関のドアノブを掴んだところで、ふとサリタスは振り返る。

「そういえばさ、イスルって千里眼の才能がものすごかったよね」
「そうらしいですね。でも、じじ様もこのくらいでしたから、てっきり普通かと」
「じじ様?」
「祖父のことです。腕利きの魔法使いで、よく探し物を頼みに遠方からも人が訪ねてきたくらいでした。もう亡くなりましたけど」

 イスルは寂しそうに言った。

「ごめん」
「いえ、いいんです。もう昔のことなので。それで、千里眼がどうかしたんですか?」
「うん……、前に僕を刺した少女がいただろ? あの子の安否を知りたくて」
「それくらいならお安い御用ですよ」
「でも、目印が何も無いんだ」

 千里眼の魔法を扱うには条件があるらしいとはサリタスは知っている。だからなんの縁もない少女を探すのは難しいと判断して、諦めていたのだ。今日、イスルの素晴らしい才能を見るまでは。
 宮廷魔法使いにも仕事は多い。緊急時以外は、確実性の無いことで協力依頼は出来ないから、個人的にこうして駄目元で話してみたのだ。無理だろうなと半ば諦めながらのサリタスの話に、イスルはあっさりと問い返す。

「でも、サリタスはその子の顔を覚えてますよね? 見た感じとか」
「うん、まあ。絵に描いてもらった方がいいってこと?」
「そうじゃなくて……その記憶の念を僕が読み取って、それを目印にすればいいだけなので、大丈夫ですよ」
「は? 何? 記憶の念?」

 サリタスは初めて聞く言葉だ。

「目的のものと目印とは、引き合う念のようなものがあるんです。それを僕は千里眼で読み取って、同じものを探します。幽霊みたいなものですよ」
「……うん、一気に分からなくなった」

 幽霊を見たことがないから、サリタスには意味不明だ。
 しかしイスルは問題無く探せるという点は理解した。

「とにかく、そういうことなら、騎士団で準備が出来次第、すぐに連絡するよ。あの子、どうも魔法使いみたいでね。悪党に捕まっていたみたいなんだよ。俺は彼女を保護しようとして、ミスって刺されちゃったんだけど」

 サリタスの説明で、イスルは納得したらしい。

「そうですね、魔法使いへの魔法の強要は犯罪です。しかも相手が子どもとなると……」
「ああ、まだ魔力の安定しない子どもには、大人以上に負荷がかかる。きっとすごく苦しんでるんじゃないかと思うんだ。助けられるなら助けてあげたい」
「ええ。なんなら、今、見ましょうか?」
「いや、早ければ明日にでも頼むよ。この件は仲間の協力が必要だ」

 前回のこともあるし、悪党が実際に何人いるかも分からない。
 以前少女を助けた時に馬車に乗っていたのは二人だったが、今回もそうだとは限らない。確実に助けるためにも、無謀な真似は慎まなければならない。
 イスルは頷いた。

「僕は犯罪捜査のことはよく分からないので、サリタスの言うことに従います。それに、相手が魔法使いなら、僕が千里眼で見た時に感づくかもしれません。そうしたらきっと隠れてしまうでしょう。いつでも協力するので、遠慮なく相談に来て下さいね」
「ありがとう」

 サリタスはイスルに礼を言うと、イスルの家を後にする。
 馬に乗って、ぽくぽくと通りを進みながら、サリタスはふうと息をつく。

(あの子の件がどうにかなりそうなのは良かったな。でもこれだけの才能があって、あんなに可愛いってなると、イスルは本気で危ないんじゃないか? よく伯爵は一人暮らしを許可したものだよ)

 惚れた贔屓目ひいきめがあるのは分かっているが、それを差し引いても、あの危機管理の低さにはゾッとする。
 しかし、ついでに思い出したことで、顔がにやけそうになり、サリタスは慌てて左手で口元を覆い隠す。夜道でこんな顔をしていたら、怪しい奴だと思われそうだ。近衛騎士の制服を着ているだけあってヤバイ。

(経験無いのか……。あっても上書きする自信はあったけど、良いこと聞いたな)

 男同士の恋愛について、近所の人の前でもあんなに堂々としているから、もしやと思ったが、どうやら単なる天然らしい。
 だけど、とサリタスはふと真顔に戻る。

(村に戻れないって言ってたけど、何があったんだろうな)

 他人に話す勇気が持てず、保護者に迷惑をかけるかもしれない何か。
 さっぱり想像がつかないが、イスルにはサリタスに話したいという気持ちはあるようだから、今はそれで満足だった。

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