千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い2 --騎士さまの小鳥--

2-2 庇護欲の芽生え

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 事件は片付いたものの、この騒ぎで結局他の仕事が滞り、残業していて遅くなった。
 あれ以降、イスルと会えなかったサリタスはがっかりして城を出たが、城門まで自分の馬を引いて来たところで、すぐにその気分が浮上した。

「イスルさん!」
「あ、サリタスさん」

 イスルが振り返った。
 周りはもう薄暗かったが、宮廷魔法使いの白のマントはよく目立つ。それに、以前、少女に刺されて意識不明になっていた時、夢で――実際は生霊いきりょうとして現実で――イスルと何度か会っていたから、彼の持つ杖の形はよく覚えていた。

「これから帰るところ?」
「はい、そこの停留所まで行こうとしてて……、サリタスさんは馬で出勤してるんですね」
「ああ、でもたまにギグー便びんも使うよ」

 サリタスはそう返しながら、城門前に目を向けた。ギグー便の停留所があり、遠くに大型の牛ギグーの影が見える。ちょうどいいタイミングでイスルと会えたようだ。

「俺の馬に乗っていきなよ。もう暗いし、送らせて。そうだ、一緒に夕食でもどう?」

 交際を始めたのに、まだどこにも二人で出かけていない。
 内心浮かれながらのサリタスの誘いに、イスルは申し訳なさそうな顔をした。

「すみません、今日はちょっと……。昨日作った料理が痛むので、食べてしまわないといけなくて」

 サリタスは意外過ぎる返事に戸惑った。サリタスは二十二歳だ。交際経験はある。男との交際はイスルが初めてだが、今まで付き合ってきた女からはそんな断られ方をしたことはない。
 それに家格が低いとはいえ、サリタスは男爵という地位を持つ貴族だ。数は少ないが屋敷には使用人もいる。これまで作り置きしていた料理が痛むなど気にしたこともなかった。

「えっと……それじゃあ仕方ない……のかな?」

 正直、これ以外にどう返事をしていいか分からない。

(帰ったら、ばあやに訊いてみるか)

 両親の死後も、サリタスの傍で世話をしてくれている老婦人を思い浮かべ、サリタスは決意する。分からないことを放置しておくほど、気持ち悪いものはない。

「ええと、それとも、サリタスさんのお口に合うかは分かりませんが、食べていかれます? シチューなんですけど」

 イスルも、この断り方はないなと思ったのか、困ったように問う。

「えっ」

 サリタスはイスルの誘いに驚いた。

「え?」

 イスルは不思議そうにサリタスを見つめる。

「家に行っていいの?」

 交際してすぐに家に招くなんて意外と大胆だなと思ったサリタスは、もしかしてイスルは交際慣れしているのかとうがった見方をしそうになった。
 だがイスルは首を傾げて返す。サリタスに何を訊かれているのかよく分からないという感じだ。

「狭い所なんで、嫌でなければ」
「ああ、意味を分かってないやつだね。うん、分かった」
「はい?」

 イスルの返事を聞いて安心したが、ちょっとだけ残念だ。
 城門の外に出ると、サリタスは立ち止まる。

「是非、お邪魔させてもらうよ。ほら、前に乗って。それとも手伝う?」
「大丈夫ですよ、田舎育ちなんで」

 イスルは意外にも、杖を持ったまま身軽に馬に乗った。サリタスは近衛騎士という仕事柄、緊急時に二人でも乗れるようにと、普段から大きめのくらを付けている。だから余裕で座れる。サリタスはあぶみに足をかけ、すぐに後ろに飛び乗った。
 二人乗りでゆっくりと馬を進める。
 急に距離が近付いたので、イスルが緊張するかと思ったが、彼は意外にもゆったり構えている。それでもサリタスは試しに訊いてみた。

「イスルさん、緊張してない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。サリタスさんといると居心地がいいので」
「……そう」

 なんて殺し文句を平然と放つのだと、不覚にもサリタスの方が照れてしまった。

「ねえ、二人の時は、さん付けやめない? イスルって呼びたい」
「そうですね。……サリタス。これで良いですか?」
「君、素直な良い子だね」
「良い子って……僕、もう二十歳の立派な大人ですよ」

 イスルはむっとした様子で振り返る。

「何故かアレット様もそういうことをおっしゃるんですよねえ。何でだろう」
「ねえ、君と伯爵ってどういう関係?」
「昼間言った通りですよ、僕の保護者です」

 サリタスの胸はざわめいていた。
 実にあっさりとした返事だから、やましいことはないのだろうが、もっとちゃんと知りたい。
 だが最初から詮索しすぎると嫌われそうだから、まずは質問してみる。

「詳しく聞いても?」
「すみません、アレット様の許可が無いと話せないんです」
「保護者の許可がいるの?」
「ええ……。アレット様にご迷惑をおかけするかもしれないので。あの方は僕の恩人なんです、約束を破るわけには」

 イスルが本当に困った顔をしているので、サリタスはそれ以上の深追いはやめることにした。
 調べれば済むことだと内心では思いながら、物分りの良い笑顔で返す。

「そっか、仕方ないね。話せる時が来たら教えてくれる?」

 イスルはほっと息を吐く。

「はい、もちろんです」
「よし。じゃあ今日はおうちデートを楽しむってことで」
「え、おうちデート?」

 やはり分かっていなかったようで、街灯のうすぼんやりした明かりでも分かるくらいに、イスルの顔が赤くなった。

「……あの、本当にうち、狭いし大したことないんで。期待しないで下さい」
「保護者とは暮らしてないんだよね?」
「はは、それなら第三区画にはいませんよ。僕は平民ですから、第二区画は居心地悪くて。家の鍵と防犯魔法をかけるのを条件に、一人暮らしの許可を取りました。王都は危ないからって」

 一人暮らしなのか良かった、とほっとする反面、聞き捨てならないことを耳が拾った。

「ちょっと待って、防犯魔法は分かるけど……家の鍵って何? 普通はかけるよね?」
「え、家に鍵なんてかけませんよ、普通。僕の故郷では、誰も鍵なんてかけてませんでしたよ。この辺の人達は変わってますね」

 イスルは本気で訳が分からないと思っているらしい。
 どうやら、イスルは元々、鍵をかけなくても安心してすごせる、長閑な田舎に住んでいたようだ。そんな理想郷が本当にあるのかと、この耳で聞いていてもサリタスには疑わしい。
 だが、昼間にもイスルの世間知らずぶりを目の当たりにしていたサリタスは、これを笑って流せなかった。

「……うん、君の危機意識がものすごく薄いってことはよーく分かった。恋人としてはもちろんだけど、騎士としても見てあげるよ」

 こんなに純朴で、イスルはよく王都で――それも治安がさほど良くない第三区画で安全に生活出来たものだなと、サリタスは恐ろしくなった。
 サリタスの気も知らず、イスルは呑気に笑っている。

「本当ですか? ありがとうございます。アレット様の従者の方に、散々駄目出しされたんで、あんまり自信がないんですよね。夜に寝る時に窓を開けておくなって怒られたんですけど、意味が分かりません。小窓では息が詰まると思うんだけどな」

「うわあ、なにそれ怖い。言っておくけど、俺、警備についてはスパルタだから。手加減しないからね」
「は、はい」

 サリタスの剣幕に、イスルはたじろいで頷いた。
 小柄で色白な、まるでパンドリ――小さな丸パンみたいな白い小鳥のように可愛らしく見えるイスルを、サリタスはまじまじと眺める。僅かにはねている寝癖のついた髪までそっくりだ。
 サリタスはこの世で一番可愛い生き物はパンドリだと信じている。男にも関わらず惚れてしまうくらい、イスルのことがとても可愛く見えていた。

(駄目だ、この小鳥。俺が守らないと、飢えた野犬どもの餌食になってしまう)

 庇護欲ひごよくを大いに刺激されたサリタスは、思わずイスルを後ろから抱きしめた。イスルが戸惑っているが、気付かないふりをする。正直、付き合い始めの相手に対し、ここまで自分が守らなくてはヤバイと感じたのは初めてである。

「君、俺の家で保護しようか?」
「……え? 何の話ですか?」

 よく分かっていないらしいイスルは、きょとんと問い返した。

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