至宝のオメガ

夜乃すてら

文字の大きさ
上 下
136 / 142
本編 第二部(ネルヴィス・エンド編)

119.  商業の都エフォザ

しおりを挟む


 商業の都エフォザは活気に満ちている。
 王都から東へ、馬車で揺られること三日。僕達はフェルナンド領の中心部に到着した。
 窓から見える景色は、王都と同じかそれ以上に整備された町だ。この辺りは、ちょうど川の合流地点だ。王国北東部からの川と、王都の方面から流れる川がぶつかる。
 荷物を運ぶのは船のほうが楽だから、昔から商いで栄えてきた。
 馬車に揺られながら、ネルヴィスは川に浮かぶ船を示す。

「私のご先祖様は、王都に向かう船から通行料をとることで、富を得たそうです。それを魔導具作りの研究に使っていました」
「通行料ですか。払わない船は?」

 これだけ広い川なら、逃げ切る船もいるだろう。僕の問いに、ネルヴィスは川辺に建つ塔を指さした。

「あそこに見える塔から、大砲でドカンと」
「まさか、船を沈めたんですか?」
「不法通行ですからねえ。まあ、それで王家ともめたことがありまして。王家が税金を下げる代わりに、通行料を取らないことになりました」

 すると、ネルヴィスの隣に座っているシオンが、含みを持たせて問う。

「あの王家が、税金を下げたんですか?」
「商人が自由に出入りするほうが、うまみが大きいと気付いたんですよ。税金を少し下げるだけで、フェルナンド領が払う税金が多いのに変わりないですし、こちらのご機嫌をとれるでしょ?」

 僕は不思議に思う。

「忠臣として、なんでも言うことを聞くわけじゃないんですね」
搾取さくしゅされすぎると切れるのが臣下ですよ。我々は魔導具技師として、防衛にちゃんと貢献してますしね。王妃様が王宮を離れるのは痛いですが、幸いなことに、王太子候補の第一王子は聡明な方ですから、王が邪魔さえしなければまとまるかと思います」

 ネルヴィスはため息をついた。言葉に反して、あまり期待していない様子だ。

「エフォザは白く輝いていて、綺麗な町ですね」

 僕は感想を口にした。
 太陽光を反射して、家並みが白く光っている。すっかり夏らしくなり、あちらこちらに植えられた木々や草花は、道に濃い緑陰りょくいんを落としていた。

「この町は一度、火災にあったので、耐火のために漆喰しっくいを普及させたんです。義務にする代わりに、領地がいくらか補助金を出しています」

 建物は白い石材を使っているだけでなく、あちらこちらの家の壁には白い漆喰が塗られているのか。漆喰は高価だから、裕福な証拠だ。

「あちこちに水路があるんですね」

 僕が窓に張りつくようにして町並みを眺めているので、タルボがクッションを差し出す。

「ディル様、首を痛めますよ。クッションをどうぞ」
「なんでしたら、私の膝に乗せてあげましょうか」

 ネルヴィスがすかさず口を挟む。
 馬車が不足していたレイブン領からの帰りと違い、今は二人と馬車に同乗する必要はなかった。シオンと会うのが一ヶ月ぶりだったので、僕はシオンとゆっくり話をしたいと思い、僕がシオンに同乗を提案したら、不公平だと言って、こうしてネルヴィスも同席している。
 ひょうひょうとしているわりに、ネルヴィスは仲間外れにされるとすねる。
 呆れた僕がネルヴィスのほうを見ると、シオンもにこりとして膝を示す。まねくように手を広げるのを見て、その美貌にふらふらっと引き寄せられそうになった僕は、慌てて手を振った。

「いえ、クッションで大丈夫です」
「「そうですか、残念です」」

 ネルヴィスとシオンの声がそろい、ネルヴィスはいぶかしげにシオンを見た。彼が隣でしていた仕草には気づいていなかったようだ。

「ちょっと、ディル様。面倒くさい人達にモテてますけど、大丈夫ですか? ストレスならおっしゃってください。追い出しますから」

 隙があれば傍にいようとする二人をうっとうしがっているのは、タルボのほうである。
 僕も一人の時間が欲しい時は席を外してもらっているが、今のところ、タルボほどピリピリはしていない。
 シオンには前世のことは話していないが、それ以外はほとんど短所もばれているせいか、とりつくろわなくていいから気楽だ。他人といて疲れるのは、気苦労がほとんどで、それがないおかげである。

「大丈夫ですよ、タルボ。あ、見てください、小舟ですよ。家の裏に小舟をとめているなんて、不思議です」
「おや、本当ですね。他の家にもありますよ」

 タルボが指摘すると、ネルヴィスが説明する。

「水路沿いに倉庫を建てて、船からそのまま中へ積みこんでいるんですよ。倉庫の前には、たいてい店がありますよ」

 荷物を運ぶルートとしてはスムーズだが、僕には驚きだ。

「水路から盗みに入られたりしないんですか?」
「そういうことがあるので、たいていの店は用心棒を置いています。それに加え、水路から川につながる地点には衛兵がいますから、川まで逃げおおせるのは難しいですね」

 ネルヴィスが説明すると、シオンが茶化して問う。

「川まで逃げた盗賊は、大砲でドカンですか?」
「嫌ですねえ、そんな前時代的な。使い捨ての魔導具でドカンですよ」

 どちらにしろ、爆破するのか……。
 僕とシオンの顔がけげんなものになったのは、しかたないと思う。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

処理中です...