127 / 142
本編 第二部(シオン・エンド編)
番外編 冬の日のぬくもり 2
しおりを挟むマリアンのアドバイスは、僕にはとても合っていた。
自分の部屋に一人でいて、シオンへの心配のあまり暗い気持ちになると、好きな詩を口ずさんで気持ちを切り替える。
その後、シオンと何をしようかと想像しては、口元をゆるめた。
ついつい、夫婦としての触れあいを思い浮かべてしまい赤面し、ぱたぱたと手を振って邪念を追い散らす。
「そうだ。シオンに着てもらう服でも考えようかな」
シオンはとても格好いいのに、いつも似たような黒衣ばかりだ。その姿も似合っているが、他の服も見てみたい。きっと魅力的だ。
あまりわがままを言うのは気が引けるが、手持ちの服をアレンジして、着てと頼むくらいなら、彼も怒りはしないだろう。
そういうわけで、さっそく内扉を開けて、シオンの部屋に入る。
シオンからは、城のどこでも自由に出入りしていいと言われている。特に、シオンの私室はいつでも歓迎だそうだ。そうは言っても、親しき仲には礼儀ありなので、いつもは遠慮しているのだが、彼の服飾品をチェックしなければいけないから今回は許してもらうことにした。
「どんな服があるのかなあ」
わくわくしながら、僕は彼のクローゼットを開けた。
「え……!」
なんということだろうか。僕が贈った服以外、黒一色である。下着や内着以外、どれもこれも黒い。
「黒がレイブン家の伝統色だからって、こんなに黒ばっかりなんて」
どうやらお下がりなのか、質の良い服だから目立たないだけで、古びたものが多かった。レイブン領の経済状況は改善しつつあるところで、彼らはまだ清貧に甘んじなければいけないのだろう。
(シオンのことだから、僕に援助なんて言い出せないだろうし……。折を見て、城内の者も含めて、何かしらプレゼントしようかな)
〈楽園〉からは、嫁いだ後も、それぞれのオメガへの予算が割り振られている。一度、タルボに見せてもらった金額は、高位貴族の領主レベルだった。宮殿や豪華な庭を造るみたいな無茶さえしなければ、社交に出るわけでもない立場には、使いきれない金額だ。
「ああ、でも、大事にしてるのが伝わってくる」
服を見れば、丁寧に補修された跡が見てとれた。ハンガーからマントを外し、やわらかな布地を撫でる。ふわりとシオンのにおいがした。
「シオン、まだ帰ってこないのかな……」
今回の旅は、一週間以上かかっているようで、まだ帰ってこない。恐らく、途中で吹雪に見舞われたせいだろうとマリアンが言っていた。そろそろ帰ってくるだろうが、できれば毎日会いたい僕としては、寂しさがこみ上げてくる。
気持ちが沈み、コーディネイトする気分ではなくなった。
僕はマントを抱え、自室に戻る。
「ちょっと昼寝でもしよう」
マントをシオンの代わりにして、僕はベッドに入った。
顔に影がさしたことで、僕は目が覚めた。
「う……ん?」
「ディル、起きました? 眠っていてもかわいらしいですね」
てっきり、魔導具の魔力が足りなくなり、照明が落ちたのかと思ったのに、シオンが僕を覗きこんでいて、光がさえぎられただけだった。
「シオン! お帰りなさい!」
待ちわびていたシオンがいたので、僕は起き上がって、彼の首に抱きついた。石鹸の香りがふわりとかすめる。指先に触れる銀髪はしっとりと濡れていた。
「帰宅したのなら、お迎えしたかったのに。お風呂まで済ませたんですか?」
「さすがに一週間も野宿生活だと、においがひどいものですから」
シオンは苦笑し、僕の頬に口づける。
「お気遣いはうれしいですが、無理しないでください。もしかして、体調が悪いのですか?」
「昼寝していただけですよ」
昼間からだらけていたばつの悪さで、僕は目をそらす。
「シオン達が大変なのに、のほほんとしていて申し訳ないです」
「また悪いくせが出てますよ、ディル」
叱るような口調のわりに、シオンは僕の頬に再びキスを落とした。甘やかす仕草に、僕の胸はときめく。
「この国では、伴侶に気楽で豊かな暮らしをさせるのが、男の甲斐性というものです。そもそも私達が努力して国を守るのは、領のためであり、そこで暮らす領民のためです。つまり、家族のためなんですよ。あなたが幸せそうにしていれば、私も幸せなんです」
「ありがとう。でもやっぱり、僕の幸せにはシオンがいないと……」
僕はシオンにすり寄ろうとして、はっと我に返る。
「帰ったばかりなら、お腹が空いているのでは? 一緒に食事しましょう」
「大丈夫ですよ、昼食はとっていますから。後で、夕食をご一緒したいです。それより」
シオンの目は、僕の傍らに落ちているマントに向いている。僕はあたふたし始めた。
「それ、私のマントでは?」
「あっ、しわになったかもしれません。ごめんなさい」
「それは構いません。どうしてマントと眠っておいでなんでしょうか……」
シオンのことだから推測できるだろうに、ちょっと意地悪だ。シオンはじーっと僕を見つめる。これは答えなくては、いつまでも追及されそうだ。
僕はおずおずと言い訳をする。
「だって……シオンがいなくて寂しくて。マントからあなたのにおいがしたものだから」
真っ赤になって、マントを抱きしめる。子どもみたいなことを言って、恥ずかしい。
「はあ、まさか自分のマントに嫉妬する日が来るとは」
シオンは眉を寄せ、僕の手からマントを取り上げると、ポイッと床に放り投げる。
「あっ」
「ディル、本物がここにいますよ。マントなんかより良いでしょう?」
むすっとしているシオンのほうが子どもっぽくて、僕は笑いをこぼす。
「あはは、そうですね」
シオンに抱き着いて、胸元にぎゅっとしがみつく。シオンも僕を腕の中に囲いこみ、ほうっと息を吐く。
「一週間も会えないのはつらいです。あなたが寒さで体を壊していないか、毎日心配していました」
シオンが気持ちをこぼしたので、僕はドキッとした。
「僕もシオンを心配していました。シオンもつらいんですね」
「当たり前でしょう! ただでさえ新婚なのに。許されるなら、私は一日だって離れたくありませんよ。しかし、この仕事は……」
暗い顔をするシオンに、今度は僕から口づけた。
「言わないでください。仕事と自分とどちらが大切かなんて、聞いたりしませんから」
「訊いてくださっても構いません。駄々をこねて、私を困らせてもいいんですよ。あなたは聞き分けが良すぎるので、ちょっと寂しいです」
「面白味がない?」
「いいえ、まさか! 寂しいだけです。妻のわがままを叶えたいと思って、おかしいですか。何かないんですか、私にして欲しいことは」
僕は笑みを浮かべて、ここぞとばかりに望みを口にする。
「僕がコーディネイトした服を着てほしいです!」
「……。いいですよ、いくらでも着せ替え人形になります」
気のせいか、シオンは一瞬たじろいだように見えたが、すぐに了承した。
「他には?」
「怪我をしないで、無事に帰ってきてくれたら、それでいいです」
「ええ、そうします。ここは……あなたの傍が、私の家ですから」
家。帰る場所。
マリアンの言葉が、僕の頭に浮かぶ。それが騎士達の命綱なのだ、と。
僕は目をうるませた。
「ありがとうございます、シオン。いつでも帰ってきてください」
これまで、家や家族との思い出はいつだって冷たいものだった。
でも、今は不思議と、その言葉に温かさを感じられる。
ここが、僕の家だ。
1
お気に入りに追加
1,201
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる