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本編 第二部(シオン・エンド編)
番外編 輿入れ 4
しおりを挟む「ディル様、祝福をありがとうございます。では、そろそろ部屋に引き上げましょう」
「え?」
シオンが礼を言って、僕を腕に抱えた。それが唐突すぎるように感じられて戸惑う。
領民達からの感動と崇敬のまじった視線を受けながら、僕達はホールを出て、西館に向かう。会場でも近くにした護衛の騎士と神官がさっと従い、しきりと背後を気にしていた。
「どうしたんですか、シオン。僕、あれなら二曲目も踊れましたよ?」
「大盤振る舞いをしすぎですよ、ディル様。身体検査をクリアしたとはいえ、感情的になったら何をするか分かりません。あの人数が押し寄せでもしたら危険です」
「僕、何かいけないことをしました? ただお祈りをしただけですが」
シオンがピタッと足を止めた。けげんそうに僕を見下ろす。
「……まさか、使徒の奇跡をお使いになったのを、気付いておられない?」
「使いました?」
「ええ。なんの恩恵があるのか、私には分かりませんが……」
シオンがそう言った時、神官が後ろから推測を口にする。
「恐らく、広範囲の治癒です。治癒魔法と感じが似ていましたので」
「ということです、ディル様」
僕は瞬きを繰り返し、首を傾げた。
「そうなんですか。彼らの歓迎ぶりがとてもうれしかったので、無意識に使ってしまったようです。いつもは怒った時にしか出てこないから、不思議ですね」
「ディル様、使徒の奇跡は強い感情がトリガーとなって引き起こされますから、よほどうれしさが大きかったのかもしれません。良いことです。晴れやかな場ですし、浮かれるのは当然のこと。しかたがありませんよ」
神官はにこにことして、優しくとりなした。
レイブン領の小神殿から派遣されている神官は、〈楽園〉の神官と同じで、神の使徒オメガに無条件で甘い。
シオンも神官の言葉に頷く。
「そうですね。今日は領民への披露宴ですから。ディル様がお喜びなら、それで構いません」
そうは言いながら、シオンは後ろを振り返って気にしている。先ほど言ったように、気持ちが高ぶった領民が追いかけてこないかと心配しているのだろう。
そして、問題ないことが分かると、足を前に踏み出し、西館の階段を上っていく。
「ありがとう。気を付けますね」
うれしいあまりに感情が飛び跳ねるという感覚は、こんな感じなのか。まだふわふわとした気分だ。
僕達の部屋に入ると、二人きりになった。
シオンが僕を長椅子に下ろす。僕はシオンを見上げた。
「シオン、領主夫人になったのですから、公務がありますよね。楽しみです」
王太子妃と違って、地方の領主夫人のほうが平民と距離が近い。何かの折につけて、領民とかかわれるかもしれないと期待した。
しかし、僕の言葉に、シオンは面くらった。
「え? 公務ですか? ディル様に仕事をさせるなんて、とんでもありません。オメガだというのもありますが、そもそもどこの家でも、奥方は安全な場所でのんびりと過ごしているものですよ。領主夫人としてお祭りなどの行事に付き添うくらいで、これも義務ではありませんし」
そうだった。ここは前世と違い、女性を働かせると白い目で見られる世界だった。僕は驚いたが、さすがに家の雑事はするだろうと問う。
「……家庭の管理は?」
「家令がいるではありませんか」
「それじゃあ、奥方は何もしないんですか?」
「使用人の選別権や、領主代理としての決裁権はありますが、最終チェック程度ですね。冬の討伐以外では、私がほとんどこなします」
さすがは若くして、領主と北方騎士団団長をこなし、王都では第五騎士団の団長として、問題児だらけの騎士団を立て直しただけはある。
シオンの有能さにしびれたが、伯爵夫人としてがんばるぞと意気ごんで嫁いできただけに、やる気の行き場に困った。
「そりゃあ、のんびり過ごしながら、ほんわか家庭を築きたいと思ってましたが、暇すぎるのは困ります」
「〈楽園〉ではどうお過ごしに?」
「散歩や読書をしたり、シオンやネルと会ったり……」
「話し相手がほしいのでしたら、手配しますよ? 既婚者の女性に限りますが」
さりげなく付け足された言葉に、シオンが他の男には近づけさせないと暗に宣言しているのが分かり、僕はその執着ぶりに少し照れた。
「外出は?」
「護衛がいれば構いませんが、できれば私が同伴したいです。フェルナンド領でのようなことが起こらないとも限りませんので」
あれはわざと誘拐されたようなものだが、あの事件はシオンにはトラウマになっているようだ。
僕は元々、気軽に出歩ける立場ではなかったから、外出については言ってみたである。そもそも出歩く習慣がない。
「屋敷の模様替えや飾り付けなどは、好きにしてくださって構いません。とりあえずディル様、公務のことよりも、この冬を乗り越えられるようにがんばりましょう」
「剣の稽古はしてくれますよね?」
「ええ、ある程度の体力がないと厳しいですから。遠乗りにも参りましょう。以前はお見せできませんでしたが、金綿木や銀綿木の樹園にも連れていってさしあげます」
シオンの提案に、僕はわくわくした。シオンと一緒ならば、どこに行っても楽しそうだ。
「では、レイブン領についてもっと勉強して、シオンの仕事を手伝えるようにがんばることにします。シオンに自由時間が増えたら、もっとたくさん一緒に過ごせるでしょう?」
僕の宣言に、シオンは困ったように後ろ頭をかく。
「そんなふうにおっしゃられては、止めることもできません。根を詰めてまでがんばらないと、約束してください」
「分かりました」
「母上や使用人には、様子見するように伝えておきますからね?」
「そんなに信用がないですか?」
子どもみたいな扱いだと、僕はムッと眉を寄せる。
「慣れない環境で、無理をなさりそうで心配なんですよ。あなたは普段通りにお過ごしでも、知らない間に負荷がかかっているはずです。ここは〈楽園〉のように閉鎖的ではありません。慣れない者が多くいれば、それだけで気疲れするでしょう?」
シオンの言うことはもっともだった。
「とりあえず、当領地にある小神殿の神官からは、二人を選別して、従者として傍にひかえていただくことになっております。護衛も最小限にしておきますので。不安があれば、ささいなことでも構いません、私には必ず相談なさってくださいね」
過保護ここに極まれりというシオンの心配ぶりに、僕はあっけにとられた。
しかし、考えてみると、〈楽園〉は出入り制限が厳重だった。あれと比較すると、セキュリティーレベルは下がる。
僕がぽかんとしているので、シオンはさらに念を押す。
「あなたは至宝と呼ばれるほどの存在だと、忘れないでください。魔獣を相手にする北方騎士団に攻め入る愚か者はいないと信じたいですが、可能性はゼロではありませんから」
「わ、分かりました」
だいぶ慣れたつもりだったが、無意識に前世での底辺意識が出てしまい、城の中なら安全だろうと無警戒でいた。彼が言うように、賊が忍び込む可能性があるわけだ。
城内を歩く時は、護衛か神官を傍につけていたほうが良さそうだ。
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