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本編 第二部(シオン・エンド編)
番外編 輿入れ 3
しおりを挟む日が落ちた城は、魔導具の明かりで、煌々と光り輝いている。
レイブン領の人々は普段はつつましく、日が落ちると就寝するほどだったが、お祝いごとがある時だけは違う。今回など、領主が迎えた花嫁が豊かさをもたらす神の使徒のオメガであったため、浮かれきってお祭り騒ぎをしている。
城の門は開け放たれ、謁見室を兼ねたホールには、多くの領民が祝福のために駆けつけた。
さすがに身の安全のため、誰彼構わず入れるわけにはいかない。入城前に身体検査を受けねばならず、その行列ができていたが、そんなことは気にならないほど楽しそうだ。
「おめでとうございます、領主様!」
「神の使徒様、お嫁に来てくださってありがとうございます!」
彼らはなけなしのお祝いを持ち、上座に設けられたテーブルにつく領主夫妻に、順番にあいさつをして捧げものを置いていく。
それらは小さな鉢植えであったり、自慢の料理だったり、刺繍されたハンカチだったりした。
「ありがとう」
「ありがとうございます。どうぞ、宴を楽しんでくださいね」
〈楽園〉で与えられる最高級品と比べれば、粗末なものばかりだ。だが、彼らが貧しいなりに精一杯の歓迎をこめてくれているのが分かるので、シオンと僕は一人一人にお礼を言い、立食形式となっている振舞い料理を示す。壁際には疲れた者が座れるように、椅子やベンチを置いている。
民が領主や領主夫人に会えることなど滅多にない。それがオメガならば、なおのこと希少だ。彼らはこの機会をのがすまいと、遠方からも駆けつけた。
シオンはそんな領民を気遣って、城下町の広場に、簡易テントを張って無料の宿泊所を設けさせたようだ。彼の博愛精神が、僕にはとてもほこらしい。
ホールには楽団の明るい曲が鳴り響き、お酒と食事で空腹を満たした領民は、ホールの真ん中で輪になって踊り始めた。
前世でも、市井を見学になど行ったことのない僕には、それは不思議な光景だった。
王侯貴族のパーティーでのダンスと違い、優雅さには欠けるのに、なぜだかものすごく……
「楽しそう」
「ディル様、私と踊りますか?」
「え!?」
シオンの問いに、僕は慌てた。こそこそと、彼の耳元にささやく。
「あの、実は僕はディルレクシアと違って、音痴なんです」
「……そうなのですか?」
「だからダンスも苦手で……。あんなステップなんて踏めませんよ」
僕の気弱な発言を、シオンはふっと笑った。
「大丈夫ですよ、適当にジャンプしておけばいいんです。それにほら、彼らはお酒が入っているので」
シオンが輪を示すと、赤い顔をした男が派手に転んで、輪から外れた。どっと笑い声が起き、パートナーの女性が男を助けに行く。誰も気にせず、踊りは続く。
「ね?」
結構、めちゃくちゃだった。
「きっと思い出になりますから、一曲だけどうですか? どうしても嫌ならやめておきますが……」
「行きます!」
あんなノリでいいなら、僕の下手なリズム感なんて、「飲酒したせいで」で誤魔化せば済むことだ。
僕はシオンにエスコートされ、踊りの輪に加わる。
わっと歓声が上がり、領民達はすぐに僕達のスペースを開けた。
新しい曲が始まり、まずは一礼する。
それから、僕はシオンと手を取って、飛び跳ねながらリズムを刻む。
「わ、わっ、どうなってるの、これ?」
「ここで腕を組んで、ぐるりと回りますよ」
「え? あ、はい」
ついていくのに必死になっていると、隣の夫婦が笑う。
「奥様、周りを真似して、後は適当でいいんですよ。とりあえず笑って楽しめばそれでいいんです」
夫婦の笑顔につられて、僕も笑みを浮かべる。するとひどいステップで、まったく踊れていないのに、楽しくなってきた。
「あははは。シオン、もう、意味がわからない!」
「ははっ。楽しいでしょう? ディル様」
「はい! とっても!」
ようやくステップが踏めるようになったところで、曲が終わった。息を弾ませながら、向かい合ってお辞儀をする。
会場内にわっと拍手が起こり、いくど目かになる祝福の声が飛び交う。
「おめでとうございます、領主様、奥方様!」
「どうぞお幸せに!」
その温かい言葉が、どんなプレゼントよりもうれしく感じられて、僕の胸はじんわりと震える。
彼らに心からお礼を言いたくて、僕は自然と祈りをささげていた。
「ありがとうございます。皆さんに、この領地に祝福がありますように!」
胸に灯った光が外ににじみ出すみたいに、僕自身が淡い光を放った。
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