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本編 第二部(シオン・エンド編)
番外編 輿入れ 1
しおりを挟む輿入れの一行が着く頃には、レイブン領はすっかり冬の足音が近づいてきていた。
空気はすでにひんやりしており、どこか郷愁をかきたてる枯れ葉のにおいがする。遠くに見える〈黒い森〉は、黄や赤に鮮やかに色づいていた。
「今は森の実りが豊かなので、魔獣は落ち着いておりますよ」
「冬が危険なんでしたよね?」
「ええ。野生動物にとっても、人間にとっても、生き延びるのに厳しい季節ですから。ここは特に冷えます。もちろん、ほとんどの動物は冬眠しておりますよ」
シオンは〈黒い森〉の奥、天剣山脈を見つめた。山脈はすでに白く染まっている。
「本格的な冬に入る前に、ディル様のお部屋はきちんと改築いたしますからね。この土地で生まれ育った者でなければ、耐えがたい寒さですから」
「魔導具の暖房器具もありますから、きっと大丈夫ですよ」
前世でもここでも、厳しい雪国の寒さなど経験したこともない僕は、楽観的に言った。どんなに好きでも、気候が合わずに体調を崩す場合もあるとタルボに強くすすめられ、シオンとはまだ番契約はしていない。
シオンはそれに不満は言わない。彼も僕のことを気遣い、一冬を過ごしてから決めてほしいと話している。
馬車は城下町に入り、街道沿いに集まった領民達が手を振って出迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました、稀なるお方!」
「ご結婚おめでとうございます!」
「お幸せに!」
祝いの言葉が雨のように降る中、僕は窓から彼らに手を振る。微笑みを浮かべて、シオンを振り返った。
「彼らに受け入れてもらえてうれしいです」
「あなたは我が領の恩人ですから、当然です」
シオンはそう言って、僕の肩を抱き寄せた。領民から歓声が上がる。
城に到着すると、シオンはさっと馬車から降りて、僕に手を差し出す。
「改めて、我が領地へようこそお越しくださいました、ディル様。あなたをめとれる光栄に、心から感謝しております」
丁寧にあいさつをして、シオンは恭しくお辞儀をする。
周りに対して、僕のことを特別だと示してくれるのがうれしい。胸が温かくなり、自然と笑みを浮かべた。
「こちらこそ、あなたに望んでいただけてうれしいです。よろしくお願いします」
僕がシオンの手を取って馬車を降りると、玄関前に集まっていた城の人々が盛大に拍手をした。
ようこそとあちこちから歓迎の声が聞こえてくる。
「うっうっ。本当に良かったわ、シオン。おめでとう……」
シオンの実母であるマリアンが、二台目の馬車から降りて、ハンカチで涙をぬぐっていた。結婚式にも参列してくれて、その時も感激して泣いていた。またもや感極まっているようだ。彼女にしてみれば、嫁ぎ先で様々な困難に見舞われて、大変だったことだろう。問題が解決するだけでなく、最愛の息子が恋愛成就したので、胸がいっぱいらしい。
「ディル様、まことにおめでとうございます」
馬から降りたタルボが、僕の前で頭を下げる。
「輿入れを見届けましたので、私はここで〈楽園〉に戻ります」
「タルボ……」
兄のように慕う傍仕えとの別れに、僕は急に寂しくなった。
「夏至祭か冬至祭でお会いできることを楽しみにしております。何か心配ごとがおありでしたら、ささいなことで構いません、手紙を送ってください。会いにまいりますからね」
「はい」
「それから……」
「え?」
分厚い日記帳のような本を、タルボは僕に手渡す。ずしっと重いそれに目を丸くしていると、タルボは胸を押さえて言う。
「あなた様はときどき思いつめるところがございますので、この一の傍仕えは心配でしかたありません。ひとまず日常生活やオメガの健康問題、夫がとる態度で神殿的にアウトな点などにいたるまで、ざっとまとめておきました! ほとんどは小神殿の神官に相談すれば問題ないと思いますが、ご参考くださいね」
「は、はい……」
別れ際でも、タルボはタルボだった。
傍仕えとしての忠義なのか、家族愛としての愛の重さなのか分からないが、彼の真心が伝わってきて、僕は小さく噴き出す。
「ゆっくり読ませていただきますね。あの……相談でなくても、お父様やタルボに手紙を書いても構いませんか?」
「もちろんです! 差し支えなければ、レフ先生にもぜひお願いいたします」
「そうですね。そうします」
手紙なんて面倒なだけだったが、家族のような絆を築いた人達に向けて書くのは楽しみだ。
「必要な物がございましたら、小神殿を通して、なんでもご相談ください。〈楽園〉と同じように、予算内で対応させていただきますので。防寒が急務と思い、魔導具や衣類などは馬車に詰め込んでおりますから」
〈楽園〉から資金を得る代わりに、以前のように、古着をお守り用に渡すなどの細かい決まりがあるようだ。その辺りは、小神殿の神官に任せればいいだろう。
「いろいろとありがとうございます。仕事だけでなく、たまには遊びに来てくださいね。……タルボ兄さん」
「その際は必ずご連絡いたします!」
タルボは目に涙を浮かべ、僕とハグをかわすと、シオンにお辞儀をする。
「レイブン卿、くれぐれもディル様のことをよろしくお願いいたします。もし不幸にしたら、鉄拳制裁いたしますのでご覚悟くださいね」
さりげなく釘を刺すのも忘れない。シオンはやんわりと苦笑した。
「もちろん、敬意と感謝をもって接するとお約束いたします。ディル様をお預かりいたします」
シオンとタルボは握手をかわす。
そして、馬車から荷物を下ろし終えると、タルボは神殿の馬車と護衛兵を伴い、来たばかりの道を戻っていった。
僕はシオンとともに、彼らの姿が見えなくなるまで、じっと見送るのだった。
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