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本編 第二部(シオン・エンド編)
112. 慈しみ深い人
しおりを挟むふいに、ザアッと降りだす雨音が聞こえた。
僕が窓のほうを見ると、いつの間にか空には黒雲が垂れこめており、銀糸のような雨が降り注いでいる。そんなに長く話していたつもりはなかったが、すっかり時間が過ぎていた。
シオンは窓を閉めて、魔導具のランプをつける。
そしてベッドに戻ってくると、僕の髪をなでた。
「ディル様、お話しくださってありがとうございました。お目覚めになったばかりなのですから、どうぞお休みください」
彼にうながされてみて、僕は話し疲れていることに気づく。
「少し休もうと思います。眠るまで傍にいてくれませんか」
おずおずと願いを口にすると、シオンがやわらかく微笑む。
「なんだかディル様、子犬のようですね」
「どういう意味です?」
「甘えてくださるのが、かわいくてしかたがないという意味ですよ」
僕は顔を赤くして、こんなに優しくされると身の置きどころがなくなるという、気恥ずかしさとうれしさをどうしていいか分からず、いったん掛け布で顔を覆って隠す。それから、鼻先までずらして、シオンをじっと見つめた。
シオンはわずかに首を傾げる。
ほのかな明かりが銀髪を反射して、神々しいほど美しい。
「あの……」
「はい」
「お休みのキスをしてくれませんか」
「え?」
聞き返されて、僕は掛け布に潜りなおした。こんな子どもっぽいことを言うのではなかった。
「な、なんでもないです。おやすみなさい」
「ディル様、聞いておりましたよ。意外でしたので、驚いただけで。お顔を見せてくださいませんか」
くすくすと笑いながら、シオンが掛け布の上から、僕の肩を叩く。
「ディル様」
困った声になったのを聞いて、僕は観念して掛け布をずらす。
シオンは微笑んで、ベッドのヘッドボードと僕の頭の横に手をついて、覆いかぶさった。ベッドがギシリときしんだ音を立てる。
シオンの唇が僕の口に触れ、やわらかい感触がした。優しいキスに、僕は目を細める。つい、笑みがこぼれる。
「大好き」
これもまた、子どもみたいにつたない告白だった。胸がいっぱいになって、勝手に口からこぼれ落ちた言葉に、自分で恥ずかしくなる。もっと気のきいたことをと思考を巡らせようとした時、シオンの左手が僕の後頭部を覆った。
「え?」
動作に驚いて口を開けた拍子に、シオンの舌が入りこんできた。そのまま僕の舌にからめてくる。
「んっ、んん、ん……っ」
僕はシオンの背にしがみつき、キスに応える。うっとりと、その甘美さに酔っていると、シオンがふぅと息をつきながら離れた。
「フェルナンド卿の言う通りですね。このお預けは生殺しのようです」
前髪を乱雑にかき上げる様子すら、格好いい。その仕草に見とれながらも、僕はひやりとした。
シオンにしてみれば、やっと僕を手に入れたのに、触れ合えないわけだ。好きな人の希望にはがんばって応えたくなってしまう。
「……します?」
ここで帰れなんて、つまらない奴だなんて思われないだろうか。表情に悲壮さが出てしまっていたのだろうか、シオンは困ったように微笑んで、僕の額にキスを落とした。
「いけませんよ、ディル様。どうやらあなたは人を好きになると、身を差し出したくなる悪癖があるようですね」
「でも、恋人……いえ、夫が望むなら、ベッドは共にすべきでは……」
「それは前の世界の教えですか? この世界では違いますよ。あなたの体調や気分を優先していいんですよ。いえ、これは私が悪いですね。誤解させるようなことを言って、申し訳ありませんでした」
シオンは謝ってから横にずれると、ベッドに腰かける。そして、僕の頭をゆるりとなでた。
「私は一方的にあなたを抱きたいわけではなく、あなたと愛し合いたいのです。身や心を削るような献身は必要ありませんし、受け取りませんよ」
「優しいんですね」
「これが普通ですし、ディル様のほうが優しいですよ。優しすぎて、相手の希望を最優先にしてしまうんでしょう。私はあなたを守りたいので、どうか背伸びせずに、ただおだやかにいてください」
髪を梳く手が心地よく、シオンの温かい思いやりは、僕の胸をふわふわとさせる。そして気持ちが満ちると、やっぱりこんな言葉しか出てこない。
「大好きです、シオン」
「ええ、私も。愛しております、ディル様。おやすみなさい」
眠りに落ちた僕は、夢を見た。
黒い夜空に、小さな星々が静かにまたたいている。冷たいように見える銀の光は、温かく地上を見守っていた。
それがなんだかシオンに似ているように思えた。
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