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本編 第二部(シオン・エンド編)
107. 選んだ相手は
しおりを挟む光の柱が目の前に落ちて、ビリビリと空気が震える。
轟音が遅れてやって来て、耳が聞こえなくなった。
石床には穴が開き、黒く焦げている。
穴の向こう側で、年配の男がへたりこんでいた。
落雷が起きたのだとようやく把握した僕は、ごくりとつばをのむ。
「ピイ」
不自然な静寂の中に、鳥の声がした。やっと耳に音が戻ってきたようだ。
「良かった。無事だったんだ」
白い小鳥は僕の肩に飛び移った。生きていることに安心して、ふうと息を吐く。
――ミシミシミシッ
足元から木の幹が裂けるような奇妙な音がした。そちらを見ると、石床に亀裂が入っていくところだった。そして、落雷でえぐれた部分からごそりと床面が抜け落ちる。
「はっ?」
宙に浮く感覚に、腹がゾワリとする。
背中を支えている手すりごと、足場が消え、僕は宙に放り出されていた。
とっさに塔のほうへ手を伸ばす。
この高さから落ちれば、池の時と違って助からない。
圧倒的な死の予感に、頭と体が支配される。
なぜだろうか。
死は怖くなかったはずなのに、その時浮かんだのは生きたいということだった。
「――シ……オンッ」
そして、シオンの穏やかな笑顔を思い出す。
――なんて馬鹿なんだ、僕は。
こうなってようやく、薄らぼんやりしていたものの輪郭がはっきりした。
いつの間にか僕はシオンを愛してしまっていた。いいや、愛している。最後に一目会いたいと思ってしまうくらいに。
こんな時でも、濃い青がにじみ始めた夕焼けは、憎らしいくらい美しい。
その空に銀色が割り込んで、僕の腕に痛みが走る。
「つかまえた!」
ガクッと肩に衝撃が来て、僕はぶらぶらと宙に揺れた。
シオンが僕の左手をつかみ、塔の壁に剣を刺して体を支えている。
「……シオン?」
夢にしては、腕が痛い。
「ディル様、私の腕にしっかりつかまってください! 手がすべったら、そのまま落ちてしまいます」
僕はなにげなく下を見てしまい、はるか遠い地面にゾクッと震える。
「下は見るな。私だけ見ていなさい!」
シオンに叱られ、僕は言われた通り、シオンの腕に右手を伸ばす。
「上に引き上げるので、私の首にしがみついて!」
「結構、無茶を言いますよね!」
魔獣のスタンピードの時もそうだった。シオンは緊急事態では、問答無用で行動をうながしてくる。
だが、人一人をぶら下げているシオンのほうが大変だろう。
「行きますよ。一、二、三!」
「わっ」
シオンは腕力だけで僕を引き上げる。僕はがむしゃらにシオンの首にしがみついた。
「はあ……はあっ」
遅れて震えがやって来た。もし失敗していたら、反動で落ちていたところだ。
シオンは剣を支えに、左腕を伸ばして壁を横へ移動する。
先ほどの雷で崩れたため、四階の部屋が空気にさらされていた。
「こちらです!」
ネルヴィスが叫び、シオンを誘導する。
――ピシッ、ミシミシッ
「この音は……」
「まずい、崩れる。こうなったらここから飛び移るしか……っ。ディル、絶対に離すなよっ」
「ひっ。嘘、うわああっ」
シオンが反動をつけて、勢いよく中へと飛び込む。
落ちそうになるのを、中で待ち構えていたネルヴィスや騎士達がつかまえて、部屋のほうへ引きずり込んだ。
「救出したぞ!」
「すごい、さすがです、レイブン卿!」
わっと拍手と歓声が上がる中、僕は放心状態でシオンにくっついている。心臓がドッドッと鳴り、後から恐怖が来て、吐き気がする。それでも安堵のあまり、涙があふれだした。
「シオン……」
僕はシオンにぎゅうぎゅうに抱き着く。
「はああああ、よかった……」
シオンも深い息をついて、僕を抱きしめ返す。
「シオン、シオン」
「どうしました、どこか痛いところでも……」
シオンが僕の様子を見ようと、僕を離して、こちらを見下ろす。気遣いのこもった青い目を見ると、僕の胸は温かいものでいっぱいになった。
僕はシオンの胸元にしがみつき、こみあげてくる衝動に任せて言葉を口にする。
「僕、やっと分かりました。あなたのことが好きです」
「え……」
シオンにしてみれば、ふいうちだろう。あんなに答えが出せないと言っていたのに、こんなふうに告白されては困惑するかもしれない。
「これで死ぬのだと思った時、シオンの顔が浮かびました。死ぬのなんて平気なはずだったのに。あなたとなら、生きていきたいと思ったんです」
僕は座ったまま背伸びをして、シオンに口づけた。
やわらかくて、温かい。
あっけにとられているシオンが可愛くて、気恥ずかしさで笑ってしまう。
「ディル様……私は世界一幸運な男です」
涙のにじんだ声で言い、シオンは再び僕を抱きしめる。
ぬくもりに安心した僕は一気に気が抜けてしまい、そのまますとんと眠りに落ちた。
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