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本編 第二部(シオン・エンド編)
106. 追いかけっこの果てに
しおりを挟む三階まで上がった所で、とうとう見つかった。
そのまま四階まで階段を駆け上り、ちょうど階段脇に置いてあった箒とバケツを上から投げ落とす。
「うわあっ」
ガランガランとバケツがぶつかる音がして、男の悲鳴が聞こえてきた。
「はあ、はあ。ディル、俺はもう走れないよ!」
階段を四階まで駆け上がった後だ。ラファルエルはすぐに動けそうにない。僕は周りを見て、ラファルエルの手を引いた。
「こちらです」
そして、手近な部屋に押し込む。
「鍵をかけて、そこに隠れていてください、いいですね!」
僕はラファルエルに小声で命じると、奥に向けて走る。
「そこの小部屋に一人がいるぞ!」
「ここか。大人しく開けろ……うわーっ」
鍵のかかっていない扉に体当たりしたせいで、男は部屋に転げ込んだ。
(残念。そっちはフェイクですよ)
頑丈な部屋といえば、風呂場とトイレだ。ラファルエルには悪いが、見かけたトイレに入ってもらった。鍵もかかるし、わざわざそこに隠れると思わないだろうから一石二鳥だ。
(後でラファに怒られそうですが)
四階まで来ると、部屋数が少ない。恐らく大きな塔のようなもので、上に行くほど面積が減るようだ。
(どこか立てこもれる部屋は……)
こういう造りなら、最重要人物の部屋は一番奥のはずだ。頑丈な部屋でもある。部屋の主が不在であることを祈って、奥を目指して突き進む。
「へ!?」
扉を開けた先には、夕焼け空が広がっている。
冷たい風が吹きつけて、僕の髪と服をバタバタと騒がせて通り過ぎて行った。
「屋上?」
目の前には手すりがある。上のほうに階段が続いているのが見えた。扉を閉めるが、ふさぐのにちょうどいい物はない。とりあえず上に向かう。
「なるほど、星見の塔ですか」
屋上は手すりがあるものの、屋根のない吹きさらしだ。石床には、東西南北の方角が正確に刻まれている。
ここからは周囲がよく見える。
雄大に流れる川。あちらよりも小高い丘の上にある。町よりも古い雰囲気の建物だ。町のほうは洪水の被害にあうせいで、区画整備と新築が進んでいるのだろう。
そんな場合ではないのに、美しい景色に目を奪われる。
「あちらがフェルナンド家ですかね」
都市の中で、だだっ広い敷地がある。まず間違いない。
外れのほうだが、都市の中だ。僕がいる建物のさらに南のほうに、城壁が見えた。
「星見の塔があって、誰も調べないとなると、神殿ですか……」
宗教と天文学は、昔から切っても切り離せない関係がある。重要な儀式は、全て星の動向で決めているものだ。昼と夜の長さが変わる夏至や冬至、収穫期に種をまく時期、それに合わせた祭祀など、占星術ともかかわりが深い。
つまり、こんなに大きな建物で、星見にまつわる何かがあるとしたら、神殿が最初に候補に上がるのが自然なのだ。
(分からない。あんなにオメガを絶対視してるのに、そのオメガを儀式にかけようとしているのが神官?)
〈楽園〉の統括ベイジルや、ディルレクシアの一の傍付きであるタルボのような人ばかりだと思っていた。
行き止まりなのでどうしようかと考えていると、黒いフード付きマントを着た男達が現れた。
「ようやく追いつきましたよ。まったく、こんな騒ぎを起こされるとは」
「浅知恵ですね。あっという間に、袋のねずみです」
落ち着いた話しぶりの老人と、彼に付き従う年配の男といったところか。
「不思議なんですが、神官が邪教を信じているんですか?」
すぐに殺されることはないと分かっているので、僕はマイペースに気になったことを問う。
「これだからオメガは。質問すれば答えがあるものだと思ってるんですから」
年配の男が舌打ちした。
(オメガへの個人的な恨みもあるのかな)
ディルレクシアみたいな性格の悪いオメガもいるので、いろいろと察せられる。
僕が無言でいると、老人のほうが答えた。
「邪教とはひどい言いぐさですな。大事をなすために、最も高貴なものをにえにすれば、相応の結果を得られるはずでしょう」
「願いを叶えるから、最も大事なものを差し出せということですか。悪魔的ですね」
落ち着いている僕を、老人はいぶかしげに眺める。
「恐慌におちいって、洪水を呼んでくださっても構わないんですがね。いやに冷静でいらっしゃる」
「そういう理屈なのだなと考えていただけです」
平行世界からディルレクシアの体に移動した身には、よく分からないことばかりなのだ。ラファルエルは神官に絶対的な信頼を置いていたので、そんなものなのかと思っていたところに、神官が犯人らしいと推測できたから判断に困っていた。
しかし、殺されないとはいえ、ここで捕まったら多少の痛い目にはあいそうだ。
(僕は耐えられますけど、ラファは無理そうですね)
ふいに、真っ白な鳥が手すりに止まり、チチッと鳴いた。
(使徒の奇跡とやらで、空を飛べたらいいのに)
鳥をうらやましい気持ちで見ていると、その鳥が突然、ピーッと甲高い声で鳴いた。
さしもの僕も、緊迫感あふれる時にふいうちされて、ビクッと肩を跳ねさせる。
「うわ、うるさ……っ。何……は?」
けたたましい鳥の声に遅れ、あちらこちらから鳥が集まってくる。白い鳥だけでなく、いろいろな種類がかたまり、黒い影になった。
「わあっ」
こちらに向かってくるのに驚いて、頭を抱えてしゃがみこむ。
そんな僕の頭上を通過して、鳥の群れは男達に襲いかかった。
「え……使徒の奇跡ってそういうのもありなんです?」
空は飛べないかわりに、鳥を呼んだみたいだ。
僕自身もこの状況にあ然としていると、神殿の下のほうが騒がしくなった。
「あ、来てくれたみたいだ」
騎士達が神殿に詰め寄せ、武器の音や怒鳴り声が響く。
落雷を起こしてから一時間も経っていないのに、反応が素早い。彼らが来たことに安堵したが、ギャアッと鳥の悲鳴が聞こえた。
「ええいっ、邪魔だ!」
鳥の群れに攻撃されて怒った年配の男が、剣で鳥を切り捨てたところだった。
「儀式まで何もされないとでも思ってるのか。オメガは一人いればいいんだ。お前みたいな生意気な奴、ここで殺して、天に捧げてくれる!」
「待て、やめぬか!」
老人が呼び止めるが、男は剣で鳥を薙ぎ払いながら、こちらに進んでくる。
さしもの僕からも余裕が消える。肌がピリリとざわついて、背筋に冷や汗が浮かんだ。
ボタッ、バサッと鳥が地面に落ちる。
「ピイッ」
最初の白い鳥が、男の顔に飛びかかった。
「邪魔だ!」
男が鳥をわしづかみ、地面に叩きつける。僕はとっさに手を伸ばして、鳥を受け止めた。
「あ……」
ぐったりしている小さな命。
「どうして僕のために、ここまで……」
けなげに身を差し出す鳥達の姿に、胸がざわつく。こんなふうに何かを犠牲にして、身を守りたいと思ったわけではないのに。
彼らの考えが分からない。
理解できないが、腹の底から、マグマのように熱い感情がわき出した。
「お前達は間違ってる! 誰かの命を犠牲にして、踏み台にして、何かをなしとげるなんて。そんなもの、不幸を呼ぶだけだ!」
そう怒鳴りつけた瞬間、目の前が真っ白になり、空気が震えた。
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