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本編 第二部(シオン・エンド編)
102. 怒り
しおりを挟むラファルエルは疲れたようにため息をついたが、真面目に向き合ってくれた。
それぞれのベッドに腰かけて、互いのほうを向く格好だ。ラファルエルはすっと息を吸い、キッと眉を吊り上げる。
「ディルの馬鹿!」
特にダメージはない。
「わがまま! 性格が悪い! 少しは他人の意見も聞け!」
恐らくラファルエルが胸に抱えていたディルレクシアへの悪口なんだろう。僕は自分のこととして受け取れなかった。
「え? これだけ言っても駄目なの? 君、変わったんだね。前ならすぐに不機嫌になってたのに」
少しののしっただけだというのに、ラファルエルは困った様子で小首を傾げる。まさかこれだけで罵倒が終わりなのだろうか。ラファルエル、良い人すぎないか。
「他にないんですか」
「そう言われてもねえ。神官が俺達に汚い言葉を教えるわけないじゃないか」
「ですよね」
納得がいく答えだ。僕は貴族教育でそうだったし、過保護に育てられたラファルエルも似たようなものらしい。
「なんかさあ、ないの?」
「うーん、家族を馬鹿にするとか?」
「君のお母さんは不細工」
「残念ながら、美人でしたねえ。ラファは家族を馬鹿にされたら怒りますか?」
「いや、俺もディルと同じで、赤子の頃に別れたっきりだからね。よく知らない人のことを馬鹿にされても、よく分からないよ」
お互い、家族愛が薄すぎて、ぴんとこない。
そこでラファルエルはにやりとした。
「そうだ! 婚約者候補の悪口にしよう。二人は不細工?」
「どっちも美男子ですよ。というか、ラファの罵倒の語彙は不細工しかないんですか?」
真実とかけ離れたことを言われても、まったく怒る気になれない。
僕の問いが皮肉に聞こえたようで、ラファルエルの目つきが変わった。
「頼んでおいて、その言いようか」
声が低くなり、空気がピリッとする。
(ディルレクシア、彼と何があったんだよ……)
こんな一言だけでラファルエルの機嫌が下降するなんて思わない。はらはらする胸を押さえ、僕はラファルエルをうかがう。
「そうそう、そういえば、オランドから聞いたよ。一人はオランドと同じ、王立騎士団の騎士らしいね。王家に借金があって貧しいとか。ディルレクシア、そんなかわいそうな青年を手玉にとって楽しいの?」
軽いノリが一変して、ラファルエルは僕を叱責する態度になった。
(彼ははかなげな見た目のわりに、正義感の強い熱血タイプでしたっけ)
どうやらラファルエルはディルレクシアが他人をもてあそぶのを良しとしていなかったようだ。性格も合わないだろうし、不仲で当然だ。
「手玉になんて……」
「わざわざ対立している王子まで選んでさ! それに加えて、天秤役にもう一人選ばれたんだろ。好きじゃないなら、とっとと手放してやれよ。本当に、昔っから意地悪だよな!」
僕は言葉が出てこない。
恐らくディルレクシアならば、まぜっかえして楽しんでいたのだろうと想像がつくせいだ。
(うん。ディルレクシアは性格が悪い……)
だが、二人の間で答えを出していない僕も、果たして良い人間と言えるだろうか。疑問にとらわれる僕に、ラファルエルは少し意地悪に笑って問う。
「それとも、手の平で転がしてるつもりで、例えばその貧しいほうに、良いように利用されてるのか?」
この一言には、カチンと来た。
「シオンはそんな悪い人じゃないっ!」
カッと怒りが頭にのぼった瞬間、
――ドォーン!
すさまじい音がして、牢の中までびりびりと震える。遠くにゴロゴロとうなる雷鳴まで聞こえてきた。
ラファルエルはぽかんとして、目をまん丸にする。くすっと笑った。
「なんだ、お前も本気なんじゃないか。ちょっと安心したよ。ディルレクシアみたいな冷血漢でも、愛情が何か知ってるんだな」
言っていることは失礼だったが、僕は自分にもびっくりしていてそれどころではない。
ラファルエルは首を傾げる。
「まさか、今、気づいたのか。顔が真っ赤だぞ」
「そ、そういう……わけじゃ」
この間、なんとなくそうでないかと思ったが、僕は認めるしかなかった。シオンのことになると、常に律している感情が、こうもあっさりと振りきれる。
「違うのか。その貧しいほうについて、もっと悪口を言ってやろう」
「も、もういいですっ。やめてくださいっ」
「あははは。ディルレクシアが嫌がるのを見ると、痛快だな」
ラファルエルは笑い転げる。だが、ほのぼのした空気はすぐに緊迫に置きかわった。
バタバタと階段を降りてくる足音が複数響いてきたのだ。
ラファルエルの顔がこわばって、牢の奥へ避難する。僕はさっと辺りを見回して、枕と毛布を手に取った。ラファルエルを背後にかばう。
「誘拐犯がお出ましのようですね」
「そんな寝具で何ができるっていうんだよ、ディル!」
「しかたないでしょ、他に使えそうなものがないんですから! ちょっといいですか」
急いで簡単に打ち合わせをしておく。緊急事態では協力しあわなくては。
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