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本編 第二部(シオン・エンド編)
99. おとり作戦スタート
しおりを挟むエフォザの街並みが、車窓の外を流れていく。
「なぜ大人しく守られていてくださらないんですか。言い出したら聞かないところはお変わりありませんね」
タルボが愚痴をこぼすので、僕は意識を車内に引き戻した。
ディルレクシアと似ているところがあるなんて認めたくないが、世界が違っても僕ならば、同じようなところがあるのかもしれない。
「僕も男なので、守るほうにも回りたくなるんですよ」
にっこり笑って返すと、タルボはぐっとうめく。
「そんな格好いいことを言われると、これ以上、説教できませんでしょう!」
「申し訳ありません」
タルボの反応が面白くて、謝りつつも笑ってしまう。僕とタルボの向かいには、シオンが座っており、彼もあきらめ顔で首を横に振った。
「ディル様、誘拐犯を捕まえて、居場所を吐かせるだけではいけないんですか」
「シオン、危険思想の彼らがいるなら、フェルナンド家はとっくに対処しているはずでしょう? 今回は上手く潜伏しているんですから、誘拐してもらってアジトを突き止めたほうが早いかと。仲間を速く助けてさしあげたいですからね」
「事を急いてはしそんじますよ」
「他に良策があれば聞きましょう」
「……頑固ですね」
シオンはため息をついた。
もしラファルエルを素早く助け出す策があるなら、僕の提案は通らなかったはずだ。僕は他の案がないことを分かっていて、わざわざ確認したのである。
「無茶も無謀も禁止です」
すでに言い合いを終えた後なので、シオンはこれ以上余計なことは言わなかった。
「もちろん、分かってますよ」
「フェルナンド卿も準備が整ったようですね」
窓の外を眺め、シオンがつぶやく。
「どうして分かるんです?」
「鏡の反射を使って合図をすると、伝達を受けておりますから」
シオンは答えると、背面の壁をコンコンと叩く。御者に適当に止めるようにという合図だ。ゆっくりと馬車が止まった。
「そうですか。では、釣りとまいりましょうか、シオン」
「まったく、ひどい方ですね。みすみす婚約者を奪われる、ぐずな騎士役を押し付けるとは」
「怪しまれない程度に手抜きしてくださいね」
「刃物を持ってるかもしれない相手に、手抜きなんてできませんよ」
タルボが自身を示す。
「ご安心ください。怪我をされても、治療してさしあげますよ」
「心強い言葉をどうも」
不機嫌なシオンは皮肉を言う。これでは作戦が台無しになりそうだと、僕はシオンの頬に口づけた。
シオンは目を丸くし、頬に赤みがさす。
「なっ」
「機嫌は直りました?」
悔しそうに眉を寄せたものの、シオンはこくりと頷く。
「しかたないですね……お手をどうぞ」
扉を開けて外に出ると、シオンは僕に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
にこっと礼を言って、僕も馬車を降りる。
「ああ、あの方を見ているようです。小悪魔みたいですよ」
後ろでタルボがぼそっと指摘したことを、僕は聞かなかったことにした。
作戦はこうだ。
人通りが多く、逃げ場がありそうな商店通りに、僕がわがままを言ってシオンとデートに来る。当然、オメガが誘拐された事件のせいで、周りは外出しないように言うが、騎士のシオンが一緒なら大丈夫だと説得して、わがままを通す。
ネルヴィスとのデートで、屋台のお菓子を食べたのは周りも知っていることだ。僕がシオンとも同じことをしたいとねだっても、不審に思われないはずである。
「シオン、あれはなんでしょうか」
僕は屋台を示して、身を乗り出す。無邪気さを装って、シオンの左腕にぎゅっと抱き着いた。思ったよりも太くてがっしりした腕なので、そうしながらドキッとする。
「木工細工のようですね」
シオンは屋台をちらっと見る。照れているのか、横顔に朱が走った。それを見て、僕までつられて顔を赤くする。
「あの……これくらいで照れないでください」
ひそっと文句を言うと、シオンは急に真顔になった。
「ディル様って、本当にお可愛らしいですね」
「な、なんですか、いきなり!」
僕はどうしていいか分からなくなって視線を横に逃がす。タルボと護衛騎士が深々と頷いているところを見てしまい、いたたまれなくなって屋台のほうに離れようとすると、シオンに右腕をとめられた。
「ディル様、今日はできるだけ離れない約束です。言ったでしょう、危険なんですから」
「分かりました、すみません」
これが演技か本音か分からないが、「わがままで外出しているオメガと、振り回されている婚約者候補」としては正しい状況だ。
それから屋台を見て回り、高級料理店で昼食をとる。
(なかなか釣れないな……。あちらも馬鹿じゃないから、警戒してるのかな)
ひそかにじりじりしていると、護衛騎士から報告を受けたタルボが少し迷いを見せた。
「タルボ、何かあったんですか?」
「ディル様のお耳にお入れするようなことでは……」
「必要だから連絡があったんでしょう?」
個室なので、遠慮なく問う。タルボはしぶしぶ教える。
「アカシア様のことです。あの方も失踪なさったそうで、神殿が必死に捜索されているようですよ」
「アカシアも?」
その名前を聞くと不吉さで胸が騒ぐが、それも数秒で、心配にとってかわった。
シオンが慎重に問う。
「どういうことですか、謹慎のために公爵領に参られるはずでは?」
「ええ。第三王子殿下と身内だけの静かな結婚式をした後、謹慎のため、護送も兼ねて王宮の騎士が付き従っていたそうです。そんな中、ホテルから姿を消したとか」
「あの方は結婚を嫌がってお逃げになったのですか?」
シオンの言葉を、僕は否定する。
「ありえません! 結婚は嫌かもしれませんが、アカシアは〈楽園〉に残りたがっていました。外に興味はないはずです」
「ディル様のおっしゃる通りですよ。実はその後から、その地の天候が荒れ始めたそうで、神の使徒の不安の表れだろうと……必死に捜索しているようです」
タルボの説明で、シオンは納得したようだ。
「なるほど、以前も嵐になっていました。あの方は情緒不安定になると、天候も荒れるようですね」
「アカシア様のことは、殿下も指揮をとっているようです。隣の領地とはいえ、距離もありますし、お任せするしかありませんね」
僕はタルボの言葉が気になった。
「隣?」
「ええ。王家の領地を一部分割しましたので、王都から近い辺りです。このエフォザは、北東から流れる川と、王都から流れている川がぶつかる合流地点ですよね。その王都からの川を挟んで北に行った所です」
川沿いに進んで、王都寄りのほうらしい。頭でおおよその距離を思い浮かべる。
「確かに遠いですね。今回の件もあるので、その注意のためですか?」
「いえ、アカシア様はあなた様に執着なさっていましたから、訪ねてくるかもしれないという警告です」
「そういうことならいいのですが……。この件もあるので心配になります」
アカシアは時に無鉄砲な真似をする、子どもっぽいところがある。思いつめて暴走したかもしれない。僕が表情を曇らせると、シオンが僕を呼んだ。
「ディル様」
「……はい」
顔を上げると、シオンが青い目に真剣な光を浮かべていた。
「いろいろとございました。ディル様は被害者です。これ以上、あの方のことで思い悩まれる必要はないかと」
「でも」
「あの方のことは、周りの方がどうにかなさいます。今は距離もありますし、あなた様が心配したところで、何もできません。どうしようもないことで、お心をわずらわせられませんように」
きっぱりとした物言いだが、シオンが僕を案じているのは、その目を見れば分かる。僕はふっと微笑んだ。
「ありがとうございます、シオン」
彼の優しさで、胸が温かくなる。
「この後はどうなさいますか?」
「え? そういえば、シオンはパフェを食べました?」
「いいえ、まだです」
「では、一緒にパフェを食べましょう! 今度は違う味にトライしてみたいです」
僕の提案に、シオンは大きく頷く。
「もちろんです、そうしましょう。しかし、デザートでしたら、今もお召し上がりのようですが?」
「食後の散歩をしてから食べましょう。楽しみですね」
シオンは甘党だから、きっと喜ぶ。
「タルボも食べましょうね」
「え? タルボ殿も甘味がお好きなんですか?」
「レイブン卿、私のことは気になさらず。ディル様」
タルボが浮かべた威圧的な笑みを見て、僕はすぐに謝った。
「すみません。内緒にします」
「よろしくお願いします」
それから午後も町を散策し、パフェだけでなく、菓子屋もめぐってお土産を買い込んだ。
空はすっかりオレンジ色に染まり、その頃になると、僕はすっかり作戦のことを片隅に置いていた。
「暗くなってきましたから、今日は帰りましょうか」
「そうですね」
シオンとのデートが楽しくて、あっという間に終わった。名残惜しい気分で、通りを眺める。
店じまいの人達で辺りは騒がしい。帰宅する者がどこからか現れ、通りは歩行者と馬車であふれ始めた。
「わあ、いったいどこにこんなに人がいたんでしょうか」
物珍しい光景に目を奪われる。
「すごいですね。王都も朝と夕方は混みますが、馬車の多さには驚きます」
シオンも一緒になって感想を呟く。
「あれが劇場に向かう馬車でしょうか?」
「恐らく。あの窓のない大型馬車が、乗合馬車の急行便ですね。駅舎のほうに向かう馬車で混雑しているようです」
「窓のない馬車?」
そんなものがあるとは知らず、僕は驚いて、シオンの示すほうを見た。黒塗りの馬車は、どことなく陰鬱だ。
「急行便は郵便馬車でもあるので、盗賊に狙われやすいんですよ。それで窓がないんです」
「郵便物狙いってことですか?」
「その通りです」
窓が無くて窮屈な思いをしながら、盗賊にもおびえないといけないとは。僕は想像して不憫になった。
その時、少し離れた屋台のほうで、ガランガランとけたたましい音がした。
驚いてそちらを見ると、店の主人が鉄製のバケツを誤って落としたようだった。
(びっくりした。今日はもう何もなさそうだし、帰ろう)
作戦のことを思い出し、ほっとする。怖くないといえば、嘘になる。
「ディル様」
馬車に着き、シオンが手を差し出す。それにつかまった瞬間、激しい音が鳴り響いた。
――パパパパン!
火花が飛んだかと思えば、馬がいなないて足を振り上げる。
「ヒヒーン!」
「うわ! 落ち着け!」
近くにいた護衛騎士が、とっさに馬の手綱を取って落ち着かせようと試みるが、破裂音を響かせる何かが次々に投げ込まれて、騒然となった。
「ディル様!」
「お下がりくださいっ」
シオンとタルボがすぐさま僕を背中に隠す。
「なんですか、これはっ」
破裂音にぎょっとして、僕は演技ではなく硬直していた。
「あれが爆竹です」
「これが!」
タルボが教えてくれたが、だからといってどうしようもない。
最悪なのが、渋滞している馬車のほうにも、爆竹が投げ込まれたことだった。あちこちで悲鳴が上がり、歩道にいた人たちがいっせいに逃げ出す。
人の群れには周りを囲んでいる護衛騎士達もかなわず、ちょっとずつ場が乱れ始める。
(こんな状況なら、確かに護衛失敗しますよ!)
この世界の人達は、人間の命を大事にするのだ。いくら貴人を守るためとはいえ、おびえている民衆に、うかつに手出しできない。
馬車の中に避難するのはもちろん、移動するのも危険だ。
じっと息をつめて様子を見ていると、爆竹がこちらに飛んできた。
「わあっ」
とっさに腕を上げて頭を守ろうとすると、シオンが鞘入りの剣ではたき落とす。シオンはそのまま振り返った。
「上だと!」
あちらこちらの商家の屋上に人影が見え、そこから爆竹が放り込まれている。
僕もそちらを見ると、ばれたことに気づいたのか、人影が舌打ちして、持っていた爆竹を全てばらまいた。
「きゃあああ」
「うわああっ」
「熱い! 痛い!」
「うわーっ、テントに火が!」
爆竹の火花のせいで、屋台の屋根にかかっている布に火がついた。さすがに火事は放置できず、フェルナンド家の騎士が飛び出していって、魔法で火を消し止める。
この隙に、ボロマントの男達が、短剣を手にして飛びかかってきた。
シオンは長剣を抜き、タルボも短剣で応戦する。護衛騎士達も奮闘するが、混乱した民衆が逃げようとしてぶつかったりして、ますます混乱におちいった。
「きゃああっ」
ボロマントの男に押し飛ばされ、近くに女性が転がる。
「大丈夫ですか!」
すぐ傍だった上、恐慌状態の人達に踏まれる恐れがあった。僕が駆け寄ると、女性は目に涙を浮かべ、手に持っていた小瓶をシュッと一吹きする。
「え?」
何か分からないが、強い酩酊感で世界が揺らぐ。ふらついたところを、女性にしてはがっしりした腕で抱きとめられた。
「確保! 撤収だ!」
そして、野太い声が号令をかける。
(え……? 何、つまり……)
僕は女性に担ぎ上げられ、困惑の極みでつぶやく。
「……男?」
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