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本編 第二部(シオン・エンド編)
81. フェルナンド家
しおりを挟む商業都市といわれているだけあって、エフォザの中心部は商店がひしめいている。その中に広場があるのが不思議だ。
「どうしてここにもお店を建てないんです?」
「ここは月に二日ほど、一、二回だけ開かれる市のスペースです。だいたい月の終わりですね。ちょうどあなたがお帰りになる頃に、市がありますよ」
それは残念だ。
僕の気持ちが顔に出ていたようで、ネルヴィスはにこりと返す。
「別に、滞在を伸ばしても構わないんですよ」
「私の領ではご迷惑をおかけしましたし、ひいきとは申しませんよ」
僕が答える前に、シオンが助け舟を出した。僕がタルボを見ると、タルボは大きく頷く。
「ディル様のお好きなように」
「では、市を見てから帰ろうかと思います」
「喜んでご案内しますよ」
言葉通り、ネルヴィスはうれしそうに目元を緩めている。そうすると、普通に良い人に見えた。というのも、いつもは裏がありそうな笑顔のほうが多い。
馬車は広場を通り抜け、大きな建物が集まる場所にさしかかる。
「オペラ座、劇場などですよ。それから、当領地の目玉、魔導具通りですね」
劇場街の向こうは、いかにも高級そうな店が軒をつらねていた。だが、僕は劇場街手前にあったホテルのほうが気になる。
「ホテルが劇場の傍にあるんですか?」
「あのホテルは安い部屋ばかりですよ。見知らぬ者と相部屋になるような。広場前が、乗合馬車の駅舎になっているので」
ネルヴィスが説明してくれるが、どういうことなのか、僕にはよく分からない。
「乗合馬車と宿がどうしたんです?」
「庶民の多くは乗合馬車を使います。遠方から来て、ここで違う地方へ向かう便に乗り換えるんですね。早朝に出発する馬車に乗る人が、宿に泊まるんです。それから」
ネルヴィスは劇場のほうを示す。
「オペラや劇を見に、貴族や金持ちが毎晩集まっています。彼らの馬車がいっせいに帰るので、その時間は、この辺はかなり騒がしいんですよ。道も渋滞します」
「乗合馬車や観劇客の馬車がうるさいから、低いランクの宿ってことなんですね」
騒音がひどくても安い値段で泊まりたい客が使うのかと、僕は想像してみた。
「宿といえば、僕はこちらの神殿に?」
僕がタルボに問うと、ネルヴィスがすかさず口を挟む。
「レイブン卿の城に泊まったのに、私の屋敷に滞在しないつもりなんですか? 不公平です!」
「そんなに怒らなくても」
まあまあと、シオンがネルヴィスをなだめる。
「もちろん、フェルナンド家ですよ、ディル様。結婚後に生活できるかのチェックも兼ねていますから」
タルボの答えに、そうだったと僕は頷いた。タルボは笑みを浮かべる。
「心配しなくても、いくら富豪とはいえ、〈楽園〉に比べるとどうしてもかすみますよ」
「ちょ、ちょっと、タルボ……」
その言い方はない。僕が焦ってネルヴィスをうかがうと、シオンもそちらを注目している。
「失礼ですね。〈楽園〉と同レベルの生活を保障しますよ。あなたが望むなら、〈楽園〉とそっくりそのままの部屋を作ります」
「やめてください! 僕はフェルナンド領らしいものを見られれば結構ですから」
タルボがあおるから、ネルヴィスはすぐにも職人を呼びつけそうだ。
「そうそう、ディル様。庭に蓮を植えた池があるんですよ。後で散歩しましょうね」
ネルヴィスが思い出したように言うが、僕はいつまでも途切れない塀に目を奪われている。
「このやたら広い土地は何があるんですか?」
「もちろん、我がフェルナンド家の領主館ですよ」
ようやく流麗な鉄柵の門が現れた時、僕は息を飲んだ。
広々とした前庭の向こうに、王家の離宮のような城館が建っている。レイブン領の城のような実務的な無骨さではなく、白鳥のような優美さがあった。
(これが代々、有能な文官を輩出する名門の屋敷か……)
領主館というより、村一つ分はすっぽりおさまりそうだ。
僕だって、前世では名門の侯爵家で育ったが、田舎にある荘園ならともかく、都市部にこれだけ広い屋敷はさすがに所有していなかった。
「見事なものですね。ここなら馬で駆けまわっても問題なさそうだ。それから兵士の修練にも使えます」
「レイブン卿のような感想を言われたのは初めてですよ」
ネルヴィスは皮肉をつぶやくが、僕はシオンに同調する。
「シオンの言う通りですね。馬で散策したら楽しそう」
「ディル様がお望みなら、いくらでも馬で駆けまわってください」
ころりと態度を変え、ネルヴィスはにこやかに言った。
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