至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

76. 調査結果

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 シオンをベッドに縛りつけた証人の次は、シーツをかえた宿の従業員だ。汚れてはいたが、血痕はなかったと証言した。
 三人目の証言者は、レフだ。ちょうど二人目が話し終える頃に、書類を抱えて入ってきた。
 主治医として診察したが、特に乱暴された痕はなかったと証言する。

「そもそも、マクレガー医師はディル様を診察していません。カルテを提出していただきたい」
「いいでしょう」

 マクレガーは、意外にもあっさりと受け入れた。レフの眉がわずかに寄る。

(なんでそんなに堂々としてるんですか?)

 診察されていないのは、僕が一番分かっているのに。
 傍聴席の領民達はざわつく。レフの言うことを信じたのか、マクレガーが診察していないという言葉に動揺したようだ。

「診察のでっちあげか?」
「王子だからって、なんでもしていいと思ってるの?」

 レイブン領の民のほうが正論なのに、アルフレッドは涼しい顔をしている。アカシアは焦りを見せて、アルフレッドのほうを一瞥した。

「証人は下がるように」

 ドナスが指示したが、レフは証言台から動かない。

「裁判官、別件について話したいのですが」
「今はディル・エル・サフィールの事件を扱っている」
「関係があるので、申し上げております」

 レフが主張すると、ドナスは補佐官を見た。彼が頷いたので、ドナスは話すように手ぶりで示した。

(たぶん、そっちの彼を裁判官にしたほうが良かったんじゃ……)

 僕は疑問を抱いたが、賢い者ならば、裁判官になって矢面に立ちたくないと思うはずだ。補佐でいるほうが安全かもしれない。タルボが許すかは別として。

「この事件のきっかけとなった、魔獣のスタンピードは人為的に引き起こされたものだと判明しました」
「ほう」

 ドナスは目を光らせる。まるで罠にかかったとでも言いたげだ。レフは気にせず続ける。

「〈黒い森〉を調査したところ、魔導具の破片が見つかったのです。これはゆゆしきことです。オメガの暗殺未遂と言っていい。レイブン卿の事件も含めて、高位の裁判所に移動させるべきです。王立裁判所で、公式裁判とまいりましょう」

 王立裁判所になると、王都で開かれる。王侯貴族だけでなく、神殿の上層部も口を出せる。こんなお粗末な裁判で、適当に終わらせることなどできない。

「暗殺未遂ならばなおさら、その男を処断しなくてはならない。責任をとらせる」

「ええ、もちろん。犯人に責任を取らせるべきでしょう。しかしそれは、レイブン卿ではありません。レイブン卿は我々とともに移動していました。自分が巻き込まれるのに、スタンピードを起こすと思えません。犯人は別にいます」

 ドナスは焦りと怒りで顔を真っ赤にした。
 何がなんでもシオンを有罪にするつもりでいたのだろう。自分が領主の後釜に座るために。

「そういえば、スタンピードが起きる三日前に、レイブン領の領境付近で、羊の大移動があったそうですね」
「ん? そうだな。この時期は、羊を放牧地ごとに移動させる。それがどうした?」
「領民に聞いてみると、毎年、同じルートを移動していくそうです」
「……だからどうした?」

 ドナスだけでなく、補佐官もけげんそうにしている。
 暗殺未遂の話をしていたのに、羊の大移動について話し始めたのは意味不明なんだろう。
 僕もレフの真意がつかめず、レフの動向を見守る。

「犯人はレイブン領のことをよく調べていたようです。そのことを知っていたのか、羊の群れにまぎれて侵入したようです。ただ、誤算があった。子羊にじゃれつかれたことです。当然、親羊は子羊に近づく不審なものを追い払おうとして、頭突きしました。その際、これを落としたようですね」

 レフはポケットに入るサイズの、小型の魔導具をかかげる。
 裏を見せた。

「王家の紋章入り。これは王宮の魔導具技師しか刻めないものです。使えるのも、王家の許可がなくてはいけません。爆発で粉になるから気にしなかったんでしょうか。お粗末なものですね」
「そんな……まさか」

 ドナスがあ然と息を飲み、アルフレッドを凝視する。

「タイミングの良い訪問。あなた以外に犯人がいますか、殿下」

 アルフレッドの顔から血の気が引いていく。

「そんなもので私に疑いをかけるとは! 不愉快だ。帰る」

 椅子を立ち、アルフレッドは憤然と法廷を出て行こうとする。もちろん、それを領民が放っておくわけがない。
 立ちふさがって邪魔をした。神官やネルヴィスの私兵も加わる。

「殿下、詳しいことは王立裁判所で聞きます」
「身柄を確保させていただきます」

 彼らはアルフレッドを丁重に捕縛した。

「アルを離せ!」

 これに慌てたのはアカシアだ。命令するが、誰も聞かない。
 僕は席を立ってアカシアに近づく。

「やめなさい、アカシア。見苦しい」
「お兄様! 彼を助けてください」
「そうだね。君が今後、僕にかかわらないと契約してくれるなら、構わないよ」

 僕がやり返すと、アカシアの顔は引きつり、涙目になる。

「僕はただ……お兄様と一緒にいたくて」
「こんなふうにさらしものにされて、どうして君を許すと思うの?」

 ものすごく不思議に思って問うと、アカシアは息をのむ。そこまで考えていなかったのかと思うと、本当に子どもだなと感じる。

「アカシア、神の使徒だからって、何もかも許されるわけじゃない。あきらめるんだ」

 アカシアはその場にへたりこんだ。


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 昨日はムーンのほうで、短編の「その騎士に花を」(※まだ途中)を書いていたので、更新お休みしました。
 6P程度の予定なので、完結したら、こちらにもまとめてアップするつもりです。
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