至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

69. アカシアとの食事

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 それから僕はレフの診察を受けてから、ゲキマズ避妊薬を追加で渡された。
 がんばって飲み干した僕に、口直しの飴を渡すレフ。僕は飴を口に放り込んだ。りんご味の甘い味が、えぐみを緩和させる。

「レフは疑っていないんですか?」

 僕が勇気を出して質問すると、レフは平然と頷く。

「もしそうなら、あなたはまた窓から飛び降りようとするでしょう?」

 うぐっと固まる僕に、レフは「主治医なので、発情期のトラブルは聞いております」と付け足した。

「そんなに穏やかな被害者がいますか。ここが王都や〈楽園〉から離れているから、王子殿下は都合良く終わらせるつもりのようですね」
「契約と言っていたので、アカシアも関係あります」

「そうですね。あの方を牢から出したのは、このためかもしれません。はあ、まったく。〈楽園〉のオメガ同士の人間関係が、ここまでトラブルに発展したのは初めてです。アカシア様にこんな側面がおありとは……やれやれ」

 レフは痛みをこらえるように目をつむり、ため息をついた。

「僕は……」

 言いかけて、僕は黙り込む。
 アカシアの言う通りにすべきなのか? 結婚しようと思ったのが間違いだったのか? 
 疑問がわくが、僕は何も悪くない。アカシアに振り回されるほうがおかしい。

「あなたに我慢せよとは申しません。ただ、決着をつけるにしろ、アカシア様には打撃だろうと思っただけです」
「それでも、わがままが通らないこともあると、誰かの人生を侵害するのは悪だと、教えるべきですよ」

 僕は冷たいかもしれない。
 前世で抱いたアカシアへの嫌悪感が少しと、耳をふさいでいる子どものような彼へのあわれみを感じた。



 夜になって、アカシアが宿へやって来た。
 さすがにアルフレッドは入り口まで送るだけで済ませたようだ。僕への接近禁止令が出ており、レフが目を光らせているので。
 レフは治癒魔法の腕が良く、シーデスブリーク王国の〈楽園〉では、高位の神官なんだそうだ。傍仕え以外で、唯一オメガに触れられる存在である。
 アカシアと狭い部屋で二人きりになるなどごめんだったので、空き部屋に料理を用意しようとする使用人を止めて、一階の食堂に用意させた。

「どうしてこんな野暮ったい場所で食事をするの?」

 一目で気に入らなかったらしいアカシアが問う。給仕を呼ぼうとするのを、僕は止める。

「そのまま返しますよ。どうして君の指定する場所で食事しないといけないんですか?」

 僕の不機嫌さが伝わったのか、アカシアはたちまち雨に濡れた子犬のような風情になった。

「ごめんなさい、お兄様。こちらで構いません」

 アカシアが粗末な椅子に座る。給仕は料理をテーブルに並べると、台所に下がった。
 食堂には他に誰もおらず、警備は離れた場所にいた。
 こんな田舎の宿屋に魔導具があるわけもなく、火を灯したオイルランプを天井から吊り下げている。さほど明るくないおかげで、落ち着いた雰囲気になっていた。

 ノール神に祈りをささげてから、食事に手をつける。
 テーブルには、野花が小瓶に入れて飾られており、サラダと野菜スープ、牛肉のステーキ、パンが並んでいる。せめてと添えられているワインは、いかにもしぶそうだ。
 〈楽園〉にくらべれば貧相な食事なので、アカシアは数口食べると食器を置いた。

「食べないの?」

 少々噛みにくいが、素朴な味付けでおいしい。

「少し口に合わなくて。他のものを……」

 給仕を呼ぼうとするアカシアを、僕は止める。

「やめなさい。庶民の宿には料理は一種類だけのことが多いんです。気に入らないなら、王子のもとに戻ってから食べなさい」
「僕が空腹でも構わないんですか?」
「空腹なら、それを食べればいい。困った顔をすればどうにかしてくれるのは、〈楽園〉だったから。君はそこから自分で出てきたんです。外のルールに合わせなさい」
「いつものあなたなら、下げろと怒ってた」

 僕はため息をつく。
 いい加減、僕が前と違うことを察してもいいだろうに。
 しかりつけたくなるのを我慢して、僕は違うことを問う。

「どうしてこんなことをしたんですか?」

 僕はじっと見つめる。アカシアも視線を合わせたが、先にそらした。

「お兄様が心配だったんです」
「追いかけてきたことじゃない。シオンに冤罪を着せた理由ですよ」
「僕といるのに、あいつの名前を呼ばないで!」

 突然、アカシアが声を荒げた。

「なんで僕より婚約者候補を優先するの?」
「君だって、王子と結婚するなら、〈楽園〉を出ていくんでしょう?」
「出て行かない! 番にもならない。結婚して、王になれるように後見人として支えるだけで、僕の所にあちらが通うんだ」

「彼が王なら、君は王配でしょう。城にいなくてはいけません。政治も勉強しなくては」
「僕が幸せであることが大事なんだ。王配の仕事は最低限しかするつもりはありませんよ」

 アカシアはそっぽを向く。

「結婚するとは言ったけど、一緒に暮らすとは言ってない」

 まるで子どもだましな言い分に、僕は呆れた。

「アカシア、もう少し真面目に考えなさい」
「僕はお兄様と〈楽園〉で暮らせれば、それでいいんです。結婚する気はなかったけど、お兄様の目が覚めるなら、なんだってします」
「……そうですか」

 アカシアはこうと決めたらゆずらないようだ。

(なるほど。これを王子が知っているか、確認する必要がありますね)

 アカシアよりも、プライドの高いアルフレッドのほうが、いい感じに揺さぶれるだろう。身動きできないなら、心理戦に持ち込むしかない。
 とりあえずアカシアの言葉をそれ以上否定するのはやめて、旅の間のことなど、適当に聞き出すことにした。
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